第10話 主人公登場


『護衛』の新米騎士様がアーサー様とともに屋敷を訪れたのは、あくる日の昼下がりだった。


「紹介しよう。本日から第一騎士団配属となったノエル・ダリューだ」


 私は座っていた椅子から立ち上がり、一歩二歩二人に近づく。

 澄ました顔をなんとか取り繕っていたけど、ワクワクが止まらない。だって、主人公よ、主人公。この国を救う可能性のある若者ですわよ! どんな人物か色々想像しちゃって昨日はなかなか寝付けなかった。


 ちなみに私の作った主人公は周回ごとに違ったので、まったく参考にはならない。なにしろキャラメイクで見た目幼女からおっさんまで作れたんだもの、本当に自由度高くて面白かったなあ、『クラティア戦記』。けれど、ゲームではなく現実となると、面白いどころかけっこうシビア……ていうか無理ゲー?

 いやいや、弱気は良くない。ファイト、私!


「ごきげんよう、ノエル様。このたびは私のためにご足労いただきありがとうございます」


 アーサー兄様の隣に立つ赤毛の青年に膝を折って挨拶をする。


「お目にかかれて光栄です。アリス・オーウェン嬢」


 おお、主人公。

 ノエルはいわゆる『デフォルト』の主人公そのものだった。背の高い赤毛の青年で、緊張しているのか表情は硬い。うん、それはそうとして、どうして顔に絆創膏を3つも貼っているのかしら。一歩近づくと湿布に使う薬草の匂いもする。

 ただごととは思えなかったので、私は素直に疑問を口にした。


「あのう、お怪我をなさってますの?」

「いえ、これは別に」


 はぐらかしたつもりかもしれないけれど、面白いくらいすいすいと目が泳いでいる。何か私に言い難いことを隠しているのは間違い無い。なんとなーく予想はつくのでアーサー様をじっと見上げたけれど、常に冷静沈着な次兄は悪びれもせずに答えをくれた。


「入隊試験だ、アリス」

「入隊試験?」


 それはもう受かっているのでは? 

 今日は配属日だったのですよね?

 ひとつ瞬きをしてまた無言で見つめると。アーサー様はようやく小さく息をついた。


「ついでに、アリスの護衛に相応しいかどうか、俺が直接実力を見せてもらった」

「まあ」


 じゃあ、この怪我はアーサー様と手合わせを?


「アーサー兄様がじきじきに……少し厳し過ぎではないでしょうか」

「他ならぬお前の護衛だ、相応の実力がなければ任せられないだろう」


 さも当然だと言わんばかりの口調に、思わず頷いてしまう。さすがアーサー様、ニコラス兄様とは説得力が違いますわ。いえ、言っていることはあまり変わらないのだけど、重みが違いますよね!


 けど、その上でここに来ているということは、ノエルは合格ということだろう。つまり厳しい次兄のお眼鏡にかなったということになる。


「ノエル様、厳しい兄で申し訳ございません。お怪我は痛みませんか?」

「いえ、なんでもありません! むしろ副隊長に直接ご指導いただけて、光栄であります!」


 元気いいなあ、いかにも主人公って感じ。

 思わずずいと近づいて下から顔を覗き込むと、直立不動だったノエルがわずかに上体を逸らした。目が合うと日に焼けた顔が瞬く間に赤くなる。


「アリス」

「あら、失礼いたしました」


 おっといけない、距離感間違えた。

 アーサー様の渋い顔に、私は笑顔を作って取り繕った。


「心配性の兄のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません。入団早々退屈な任務で申し訳ありませんが、しばらくの間よろしくお願いします」

「は、はあ……、いえ、光栄であります!」

「ではノエル、くれぐれも妹のことを頼む」

「はっ!」

「いざという時は、その身を盾にして守れ」

「はっ!」


 ええ、それって『はっ!』で大丈夫?

 アーサー様、真顔のまま軽率にそういうことを言うのはやめて下さい。ノエルが本気にするでしょう?


「お兄様、過保護すぎますわ」

「それが我々の仕事だ。アリス、お前も無理を言ってノエルを困らせないように」

「はい、それはもちろん。承知していますわ」


 にっこり笑ってみせると、アーサー様は仏頂面のまま小さく頷いた。まだまだ何か言いたげだけど、言わない。アーサー様だもの。ニコラス兄様がいたら長い話が続くだろうから、今日はお仕事で本当によかった。


「では、俺は城に戻る」

「お兄様、無事のお帰りをお待ちしております」

「ああ」


 アーサー様は、もう一度ノエルに鋭い視線を送ってから部屋を出ていった。ノエル君は直立不動で見送っている。なんだか可愛い。


「あの、ノエル様?」


 呼びかけると、主人公ことノエル君は慌てたように首を横に振った。


「様はやめてください、お嬢様」

「では私のことも、どうぞアリスと呼んで下さい。私、自分の名前が好きなの」

「は、はい…、じゃあ、アリス様、で良いですか?」

「『様』も必要ないけど」

「いえっ!それはさすがに、副隊長に殺さ……、叱られるんで。俺のことは『様』無しのノエルでお願いします、アリス様」


 一息にそう言うと、ノエルはやっと緊張を解いたのか人懐こい笑顔を浮かべた。


 年齢はたぶん同い年くらいかな?

 日に焼けた肌に、鈍い赤色の髪、とび色の瞳。ちょっと悪ガキみたいにくしゃっと笑う。

 周囲にはいない、珍しいタイプでなんか新鮮。第一印象はもちろん悪くないけど、ものすごい美形ってわけでもないし、剣の腕もアーサー様には全然及ばないんだよね。現時点では田舎から出てきたばかりの新米騎士見習い。


 でも、私は知っている。

 ノエル、あなたはものすごい可能性を秘めてるんだよ? 国を動かす英雄にもなれちゃうんだから。

 そのためにはまずレベル上げをしなくちゃ…、でも、私の護衛に就いてしまったからその分訓練の時間は減るよね……うーん、どうやって経験値を貯めればいいのかしら。



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