第6話 なすべきこと


『ゲーム』を乗り越えると決めた以上、忘れてはいけないことがある。


 私は『主人公』ではない。

 大好きだったゲーム『クラティア戦記』の世界に生まれ変わったとはいえ、私の知る限りあのゲームの登場人物には『アリス・オーウェン』は存在しなかった。

 

 つまり、私には主人公補正は働かない。オーウェン伯爵家の養女、身元のわからない孤児、それが全てだ。もちろん頼もしいお兄様たちの協力を得ることができたのは心強いけれど、甘えてばかりはいられない。




「で、アリスは王都で何をするつもり?」


 王都へ向かう馬車に揺られながらニコラス兄様にさらりと核心を突かれ、私は数秒間固まってしまった。そう、私は『主人公』ではない。つまり『ゲーム』と同じようにこの国の歴史に干渉することは、普通に考えてなかなか困難だ。


「そう、です、ね…」


 兄様たちにあれやこれやを打ち明けるとは想定していなかったので、王都へ行って『私』は何をすべきなのか、何ができるのか、私なりにシミュレーションはしていた。


 ニコラス兄様とアーサー様が敵対しないこと、王子二人になるべく仲良くしてもらうこと、そして国の平和が保たれることが長期的目標。そのためには手段を選ばないつもりだったのだけど……兄たちが知ったら暴れ出しそうな方法も考えていたから、あまり多くを語らないほうが良いかも。


 ともあれ、この先物語を動かすことができそうな人物を、ひとりだけ知っている。だから、最初にするべきことはもう決まっていた。


「とにかく重要人物である『ノエル』に会いたいと思います」

「ああ、騎士団の新入り?」

「はい。彼・・・、か、彼女かはわかりませんが、『ゲーム』では、『ノエル』が物語の鍵を握っています。アーサー兄様の部下になる予定なら、最悪でも会うことくらいはできるかなって」

「うん、可能だろうね」

「それから、どんな手を使ってもエミリア王女の舞踏会に参加して、エミリア王女を守ります」

「なるほど、ムキになって鍛えていたのはそのためか」


 隣のアーサー様が唇を斜めにする。珍しくからかうような声の色に、私は思わず唇を尖らせた。

 ええ、今となっては無謀な考えだとわかります。わかるけど、私は本気だった。というか、今でも本気。いざとなったらこの身を盾にしても王子王女を守る覚悟……なんて言ったらお兄様たちが悲しむし、それは最後の手段。


「とにかく、エミリア王女の歓迎セレモニーを無事に終わらせることが大事なのです」


 歓迎の舞踏会でエミリア王女に万が一のことがあれば即リデルフィアと戦争、ほぼバッドエンドだ。この場合、私たちが逆転することはほぼ不可能になる。だから私の中ではエミリア王女を守ることが絶対的、必然的な第一目標なのだ。


 一方ユリウス王子が暗殺された場合は内乱ルートへまっしぐら、うまく行っても革命エンドで王侯貴族の大半は処刑されてしまう。これも絶対避けたい。暗殺未遂で済んでも王子二人の間に決定的な亀裂が入ることになる。これも駄目、ダメ。

 ただしこちらはうちの兄様たちと王子二人の好感度が最悪の場合、しかも実行犯は他ならぬニコラス兄様なので、実際に起こる可能性はありえない――ありえないですよね、ニコラス兄様?


 横目でそっと様子をうかがうと、何が嬉しいのかニコラス兄様がへにゃりと笑った。


「何かな、アリス」

「……いえ」


 うん、大丈夫そう。やっぱりエミリア王女だな。

 とにかく一連の歓迎セレモニー、特に舞踏会を無事乗り切れば、後の展開がずいぶん楽になる、はず。ゲームのフラグが現実に反映されるのかはわからないけど、やれることは全部やっておきたい。

 私の心を知ってか知らずか、アーサー様は小さく頷いた。


「おそらく警備の指揮は兄上が執ることになる」

「え、宰相では?」

「あの方は政治はできるが、実務はからきしだ」

「補佐官は山ほどいるんだから、別に私が行かなくても良いと思うんだよ」

「今回のように重要な行事では、兄上の力が必要だということでしょう」

「まあ、ニコラス兄様のお力が・・・?」


 てことは、ニコラス兄様ってやっぱりデキる補佐官なのね。一緒に暮らしているとすぐ忘れそうになるけど、『クラティア戦記』では腹黒キレ者設定ですもの。遠い(ゲームの)記憶では、宰相アンドラスの右腕として非情なまでの辣腕ぶりを発揮していたような気もしないでもない。


「買いかぶりだよ。それとも私のやる気を上げようとしているか」


 ニコラス兄様がさらりと受け流す。

 そういえば普段ニコラス兄様ってどんなお仕事をしてるのかしら。仕事の話になると、いつも今みたく流されちゃうから未だによくわからない。そんな疑問が顔に出ていたのか、目が合うと食えない長兄は少し困ったような笑みを浮かべた。


「そんな顔をしなくても、セレモニーの警護はちゃんと真面目に考えるよ、アリスのために」

「アリスが関係なくとも、仕事には真面目に取り組むべきです」


 すかさずアーサー様がツッコミを入れた。察するに、普段は色々手を抜いているのだろう。しかも上手に、周りには気付かれないように。ニコラス兄様は要領は良い、というか良すぎるので、アーサー様はしょっちゅうこの手の苦言を口にしている。

 流石のニコラス兄様も実の弟には手抜きがバレちゃうの、仲の良い証拠ですよね?


「リデルフィアは非常に重要な同盟国です。関係を損なえば、他国につけいられることになりかねない」


 アーサー様の言う『他国』はクラティアとリデルフィアの南方から勢力を伸ばしつつあるベルクハダル帝国のことだろう。『クラティア戦記』にも後半ちらっと出てきたけど、直接どうこうしてくるのはまだまだ先のこと。

 

 当面の問題はリデルフィア王国だ。


「今、リデルフィア王国は荒れてるからね。この時期に王女をクラティアに寄越したということは、相当逼迫している可能性が高い」

「我がクラティアとて安泰とは言えません。国王陛下の療養がこれ以上長引けば、王子二人の対立を煽る輩も出て来ましょう。下手をすれば内紛です」

「王族を差し置いて実権を握ってる宰相に不満を持つ貴族は大勢いるしねえ」

「その通りです」


 わかっているならなんとかしろと言わんばかりに、アーサー様はニコラス兄様を見据えている。とはいえ、どれほど優秀でもオーウェン家は所詮伯爵の身分、兄様たちのお力だけでなんとかなるとも思えない。


 やっぱりここは主人公じゃない?

 ゲームプレイヤーだった私と主人公が力を合わせれば、内乱フラグをへし折りまくることくらい、なんとかなるような気がしますわ!


 



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