観測者(7)

 公園のベンチに安原と先ほど声をかけた一人の女性が座っている。安原は思わず大きな声を上げて立ち上がってしまった。

「そのおじさんの一言でわかったんです! 僕は誰が超能力を持っているのか見抜く力があると」

 安原のテンションが象徴しているようにここが話の中で一つのピークであったがそれを聞いている女性の方は表情を変えず、いや最初の頃よりもやつれた顔になっているかもしれない。ついていけていないのか、安原は一人だけ盛り上がっているのが恥ずかしくなり静かにまたベンチに座るが必死に訴える事は止めなかった。

「ただ、おそらくその能力を使時じゃないと強く反応しないみたいなんですけど。平常時のままだとよくてこの人、もしかして? くらいにしか思わなくて最悪、気づきもしません。だから、見抜くというか超能力が近くで使われた時、それを察知して観測ができると言うのが今のところ適切かもしれません。でも、もしかしたらいつかその精度が上がるという期待もあります、このおじさんがそうであったように……すみませんね、なんか。さっきからずっと僕だけが喋っていて。それを立ち去ろうともせずただ黙って聞いてくれているのには感謝しています。ここで聞きますが、僕のここまでの話、信じてくれます? 僕の勘違いでなければあなたは今さっき何かの能力を使っていたし、それで間違いなければ何かしら引っかかる部分がさっきの話であったと思うのですが」

「同じかもしれません」

 女性はいちいち一文字、一文字じっくり味わうように声を発した。

「えっ?」

「私と、その黒づくめの男性が持っている力、同じかもしれません」

 このことを告白すると女性の方は涙ぐんでしまった。両手で口を覆う。

「えぇ、マジですか!? 同じ能力を持っている? おじさんと!」

「さっきから話を聞いていて、私がここ最近になって体験した事をそのまま話していて声も出ず固まってしまいました。他人が何を考えているのかわかってしまうとか、その条件がエネルギーを出している人に対して有効だとか……」

「そうだったのですか、なんという偶然。でも、なんでそんな泣いているのですか……そんなショックでし……あっ」

 安原はある事に気がついた。この女性が泣いている理由はこれだと。

「もしかして、使い方によっては人を殺してしまえるっていう所を聞いて……」

女性は頷く。やはりそうであった。

「私の場合は、先ずは他人が何を考えているのかわかってしまうってところに気がついたのです。さらにその先の背景まで。心の中に映し出されている映像が見えたり声が聞こえるというか……でも、まさかそれを利用して他人を不幸にできるって聞いた時はゾッとしました。そこまでは知らなかったので」

「……だ、大丈夫ですよ。本人にその気がなければそんな事は起きません。ここで知る事ができて良かったじゃないですか!」

「はい、そうだと思います。もしもこのまま知らないで私も万が一、使をしてしまったらと思うと恐ろしいです。今日、あなたに出会えて良かったのかもしれませんね」

 安原はこの何気ない一言に理性はもってかれた。理由はどうであれ女性からあなたに出会えて良かったなど言われてしまったらわかっていても勘違いの一つもしたくなる。

「そんな、それはちょっと大袈裟ですよ、へへっへへ」

ニヤニヤ笑いが止まらなくなっていた。この能力を持った事にここまで感謝したくなったのは初めてだった。

 ここまで女性と二人っきりで会話できたのも『超能力』という共通点があったからだ。もしも自分が女性と付き合う事ができる日が来るのなら『超能力』を持つ者かもしれない。

 『僕の彼女は超能力者』小説や映画のタイトルか。だがあの男も言っていたが理解してくれる人がいるというのは精神的にかなり楽になるらしい。特にこんな人外な力を持つ者の理解者など相当に限られてくる。それと巡り会えた時の気持ちはいかほどのものか。この女性の様子を見れば想像以上なのかもしれない。

「そういえばお名前はなんて言うのですか。ずっとあなたと言うのも不便ですし。私は古谷里英と言います」

 名前を教えてくれた。今日、初めて会っていきなり話しかけてきた男に。これは本当にここから交際スタートの道はあるのではないかといよいよ思えてきた安原。

「僕は、安原駿輔と申します。あの、宜しければ連絡先を教えて頂けませんか?」

 これには別の意図もあった。さっきも電車の中でそんな能力を持っていると思われる人と出会ったと男に教えると、思ったより超能力者は身近に点在しているのかもしれないという結論に至った。しかもテレパシーと言える能力で会話したと教えると「やっぱりそんなオーソドックスな能力を持っている人もいるんだな!」とハイテンションになってしまう。

 そこでもしもまた能力を持つ者と出会えたら声をかけてなんとか連絡先を教えてもらえと頼まれてしまった。どんどんその輪を広げていって『超能力者の会』なるものを結成しようと計画を思いついたようであった。それには安原の働きは非常に重要である。安原は出来る範囲でやってみると一応引き受けた。

 その訳を話すと古谷は快く了承してくれた。古谷もこのなかなか打ち明けられない事を話せる場ができるのなら良いかもしれないと肯定的だった。

「これですね。友達追加しておきます。よし、この調子でもう一人……」

「もう一人? まだいるんですか」

「はい。実はもう一人あてがある人がいるんです。その人にもなんとか話してみて、どんどんが増えるといいですね」

「仲間、良い響きですね。なんか凄い集団ができそう」

「そうですね。RPGで仲間をどんどん増やしていく感覚みたいで楽しくなってきたかもしれません! 僕の行動範囲だと首都圏がおもなんですけど、いずれは別の地域にまで広がりませんかね〜」

 その言葉に笑う古谷。互いに明るい笑顔を向けた。

 ここまで女性とまさに向かい合って関係を深められた安原は一つ自信がついたかもしれない。

「では、またの機会にお会いましょう。新しい仲間が増えた時も教えてくれると嬉しいです」

 手を振り公園の出入り口で別れた。古谷の背中を見えなくなるまで見送る。彼女の言う通りそう遠くない日にまた会えるだろうと予感していた。

 何よりを見つけたかもしれない。あの同窓会の場で落胆した安原は息を吹き返したように力がみなぎっていた。誰かに頼られているとはこんなにも気持ち良いものなのか。

 夕焼け空を見上げる。運動もしていないのに胸は高鳴り、今にも息切れしそうであった。呼吸を整える。

 はどんな力を持っているのか? この世界で埋もれていたものを掘り起こす事が自分にはできる。それに何の意味があるのか今は分からなかったがこれが使命のような気がしていた。

 宇佐美には何と切り出さそう、そんな事を頭で考えながら古谷とは逆方向へ歩き始めた。

「あっ、そういえば……」

 早くも振り返ってしまう安原。古谷の持つ能力を考えれば自分の気持ちはもうバレているとみていい、そう気づいてしまうとその場でしゃがみ込み両手を顔で覆った。顔が熱くなり耳まで赤くなっていそうであった。

「でも、嫌な顔はしていなかったよな」

 スッと顔を上げてそう言う。希望はあるのか?


(了)


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