観測者(5)
「今の俺を見ると信じられないかもしれないが、こう見えて俺がガキの頃は無口でおとなしい奴だったんだがそれも今思うとこの能力の片鱗がもう出ていたからなんだろうな。どういうことかというと俺は昔から他人がすぐそばに居るだけでその相手が何を考えているのかなんとなくでも察しがついていたんだ。だから俺はいつも機嫌を損ねないようにそれに合わせた言動を取っていた」
「相手が何を考えているのかも分かるのですか!?」
「そりゃあそうだ。他人のエネルギーを吸収するという事は、そのエネルギーがどういう性質のものなのかも分かってしまうんだ。そのエネルギーの成分、大まかに喜怒哀楽のどれかは必ず入っているのは間違いない」
「なるほど、そうか」
「そういうのが感じれてしまうものだから無意識に自分のことは置いておいていつも相手ばかりを気遣ってしまっていた。それで優しい子っていうイメージが付いてくれたが、そういう奴はいじめのターゲットにもなりやすい。なんでも言う事に従ってくれそうだという事でいつも俺は好き放題に弄られていたりしていた」
「申し訳ないですけど本当に今のおじさんを見るとそんな幼少期だったなんて信じられませんね」
「ははっ、だろう。それで一時期、不登校になってもおかしくないくらいにいじめられていた時期があった。小学校三、四年生くらいの時かな? 俺も人間だ。さすがに表には出さなくても腹の底に怒りという感情が間違いなく生成されていた。それをじっと我慢して、でもその怒りは着実に溜め込んでいたら遂に爆発したんだ」
「爆発? どういう意味ですか」
「爆発というか、いよいよ覚醒したのかもしれない。ある日、俺はいつものように校庭でいじめられていた。バレーボールを頭とかにぶつけられて。もう我慢の限界が来ていた俺はとっさに精一杯の抵抗でそいつを睨めつけた。自分でもこんな恐ろしい顔になるのかってくらいだったと思う。そしたらそいつは
「黒い、影……」
「その胸騒ぎの答えは直ぐに返ってきた。そいつはサッカーが学年で一番上手くてどこかのクラブチームに所属していたんだが、その練習の帰りに車に轢かれたんだ。命に別状はなかったが足を骨折したらしく、残酷な事にここまで積み上げたものがリセットされたようにもう怪我をする前のプレーができなくなってしまった。そのショックから立ち直れなくて、それでサッカーは止めてしまったんだ。これが一人目の被害者だ。被害者って言うのも変か。いつか何かしらのしっぺ返しがきて当然の事をやったんだからな」
「一人目? ってことは他にもまだ……」
「そりゃあ、そうさ。さすがにこの一回きりだったら俺はこの能力に気づいていなかった。こんな事が立て続けに、例外なく起きたから俺もこれらの原因は自分にあるかもしれないって考えに行き着くんだろう。ちなみに怪我したそいつはそれ以降、俺にはめっぽう優しくなった。他に俺をいじめる奴を見たらいつも助けてくれた。きっと怪我をしたのは俺をいじめた天罰だとでも思って改心したのかもな。おかげで俺はもういじめられる事は無くなった」
「そうなんですね。それはそれで良かったかもしれませんね。僕はてっきりその子は引きこもって廃人にでもなったんだと思っちゃいましたよ」
「まだ人生、何も決まっていない小学生だぞ。そうなるには早いって。いくら学年で一番上手いって言っても、じゃあ将来プロになれたかって言ったらそうじゃなかったんだろうしな、そんな甘い世界じゃないだろう。まぁ、俺の勝手な予想だけど。それにあいつの性格からしてそんないつまでも落ち込んでいるような奴でもないよ。だからサッカーの事は忘れて切り替えた、そんなところだろうよ」
「もう一人というのは? それも聞かせてください」
「もう一人は一つ進学して俺が中学生の時だ。基本的な流れは同じだけど、さっきはまだ小学生って言ったけど、歳を重ねれば重ねるほど挫折っていうのはこたえるかもな。あいつのその後はどうなったのか思い出す度に少し心配にはなる」
「えっ、でもいうてもまだ中学生ですよね? そんな大きな報復だったんですか?」
「報復、その言葉もしっくりこないな。俺はそんなつもりではやっていないし。中学生って言えば高校受験だろう。先に結果を言うとそいつは受験に失敗したんだ。第一志望の高校には落ちて、併願で受けたそれよりランク的に劣る私立校になってしまった。私立だから学費も跳ね上がって親からしてみても何一つ良い事はない結果だ。そいつは性格に難があったのは事実だけど休み時間も机に座って英単語を覚えていて、めちゃくちゃ勉強していたのは誰が見ても明らかだった。その三年間の努力が最後の一番肝心なところで報われなかったんだ。相当ショックはでかいだろうよ」
「おじさんに何をしたんですか? そいつ」
「三年生に進級して初めてそいつと同じクラスになったんだが……俺は勉強ができなかった。それを知ってた上でなのか、はたまた知らなかったのかはっきりしないんだが、テスト期間が近づくとテストの点数どっちが高いか勝負しようぜなんて話してきて、俺を不快にさせた。そんなところだ」
「……それだけですか?」
「それだけってよほど自信がないとテストの点数なんて教えたくないだろう。断ってもしつこかったんだよ。じゃあハンデでそっちは最初から五十点あげるからそれならいいでしょとか言ってきて。おそらく気軽に話せる相手がいなかったんだろうな。俺はそいつを最初の頃はそんな嫌な奴でもなさそうだし受け入れたつもりだが、少しそう思わせると直ぐにこんなこと言って調子に乗る。友達が少ないのも納得だよ」
「なんか、おじさんの機嫌を悪くしたらアウトっていう風に聞こえるんですけど、それって別の能力になっていません?」
「いや、そうでもない。一番手間がかからないのは自分のエネルギーを使う事だからな」
「あぁ、そっか。じゃあ中学生までは他人のエネルギーを吸収できるっていう能力には気づいてなかったんですね?」
「そういうことだな。だがここで俺はもしや……と思い始める。嫌だな、苦手だなとかマイナスのイメージを持っている人の中でも特に『死ね』とか『消えてほしい』とかまで思わせた奴は俺の目の前で裁きが下っているという事実。それでもまださすがに確信は持てなかったが」
「どこで確信に変わったのですか?」
「俺がこの能力に完全に気がついたのは……一つ飛んで高校卒業後だ。ちなみに高校生の時もそんな例はあった。バイト先に自転車で向かっている途中、一時停止を守らなかった車とぶつかった、で……」
「だ、大丈夫だったんですか!?」
「あぁ、厳密に言えば停まったんだが、停まった場所が明らかに停まるべき位置からはみ出ていてぶつかったって感じだな。だから怪我も一時、脇腹が痛かった程度だが接触事故には変わりないだろう。けどその眼鏡をかけた運転手のおっさんは『どこも怪我していないんでしょ? じゃあ大丈夫だよね』と早口で言いながら確認もせず決めつけて、逃げるように走り去った。後ろには奥さんと小さい男の子もいて、特に子供の方はすごい困った顔をしていたのを覚えている」
「その家族がどうなったっていうんですか?」
「俺は一家の大黒柱になった大人がろくに謝りもせず、逃げた事がずっと許せないでいた。なんで車のナンバーを覚えておかなかったんだと悔しかった。車の特徴は覚えていたからな。俺はずーっと一年くらいはこの晴らせない悔しさを抱えながら過ごした。これはひき逃げでもしも大切な人を亡くしたらこんな怒りでは済まされないだろうって少し被害者の気持ちも理解できたよ。けど、しっかりと報告してくれたよ」
「報告?」
「その家族のうち、運転手のおっさんと奥さんは亡くなった。子供を残して」
「えぇ!? 亡くなった……」
「さすがに血の気が引いた。いくら怒りに震えていたとはいえ亡くなるまでいくと……」
「なんでそんなこと知ったのですか? 原因は?」
「テレビニュースで報じられた。車一台がアクセルとブレーキを踏み間違えてスーパーの立体駐車場四階から柵を壊し転落して夫婦二人が死亡、子供は奇跡的に軽症で済んだ。映像で逆さまになった車を見た時、あの車だと思った。事故現場も俺の家から近かったし。なにより、ご丁寧に教えてくれたみたいなんだ。あのニュースをテレビで見たと同時にドクン、という音が鳴って『やってやったぞ』って誰かが囁く声が聞こえた」
「いきなり誰かが亡くなるなんて、そんな。なんでいきなりそんなひどい結末になったんですか?」
「ずっともがき苦しみながら考えたさ。高校生にもなれば世の中というものも見えてくる。ろくな世の中じゃないなって思うよな。普段から高い給料貰っているいいご身分の政治家やお偉いさんがさらに犯罪にも手を染めて金をむしり取ろうとしているような世界だと。あの怒りは今までと質が違った。個人の怒りからさらに発展して世の中全体、社会にまで目を向けてしまった。それがこちらも予期しなかった結果を招いたのかもな。その亡くなった夫婦も、後から調べてどうやらおっさんの方が誇らしい肩書きが付いている人だったみたいだし。なんだったかは忘れたが。それくらいしか思いつかなかったな。子供は生き残ったのはきっとあの子は俺の事をかわいそうだって心配してくれたからかもしれない。逆にあの夫婦はむしろ私達は悪くない、むこうがあんなスピードで走ってきたのが悪いって開き直っていたのかもな。根拠はないがそんな気がする」
「聞いてみると恐ろしい能力ですね。そんな気に入らないと思えば次から次へとその人を不幸にする、そんな能力あっていいんですか!」
「その通りだ。そんな都合が良いはずはない、代償はある」
「代償?」
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