観測者(3)

※ ※ ※


 斜め向かい側にいる三十代後半くらいかな? その男性が小学生向けの漫画雑誌で連載していた漫画を読んでいた。俺がちょうど小学生の時に流行っていたやつだ。

 その歳でそんな漫画を読んでいるなんて一体どういう趣味をしているのか。まだエロ漫画を読んでいた方が理解できる気がするな。

『おい、別にそんなの人の勝手だろう。こういう漫画でもな、子供だと面白さに気づけない、大人になってから読んでみて初めて理解できるギャグだってあってけっこう楽しめるんだぞ』

 えっ? 今のはなんだ……誰かの声が聞こえた。いや、聞こえたのは確かなんだけど、なんというか、胸へと入り込まれて話しかけられたような。

 まさか。俺はまた斜め向かい側の、あの男性をチラッと見た。

 す、すみません。まさか聞こえているなんて思わなくて。確かに何を読もうが人の勝手ですよね。本当にすみませんでした。……みたいな事をあの人に向かって念じて、送ってみた。

『大丈夫、大丈夫。こっちも他人がで悪口を言っているのを散々聞いてきてもう慣れているから。それにこの場合は聞こえている方がおかしいわけだし。ちなみに、実は君は俺の罠とでも言うべきものに引っ掛かったんだ。おっさんなのに、こうして不相応な漫画を敢えて大衆の前で読んで、もしも誰かが俺の事をバカにしていたら、こうして聞こえていますよって話しかけてびっくりさせているんだ』

 なるほど、そんな隠れた意図があったのか。歳だけ無駄に重ねていない、できる大人だったわけか。人を見た目で判断してはいけないとはよく言ったものだ。

『まっ、そういう事だ。俺がこうしてたまに注意するのもな、いくら声に出さなくても人の悪口を言うのはやめろよって伝えたいの。俺みたいに人だっているかもしれないわけだし。それより大事な事は自分の胸の中に憎悪とか妬みとか負のばかり溜め込んでいると、やがて胸の中が濁り汚くなってそれが外見にも表れ始め己を腐らせる。それを覚えておけ。まぁ君は見た感じ透明な心をブレずに持ち続けられそうだけどな。せっかく人間性なんだから是非、君には透明なままでいてほしい』

 そのやり取りを最後に俺は電車を降りた。なんとも不思議な体験だった。字面通りの体験、テレパシーとはまさにこの事なんだろう。電車の扉が閉まり次の駅へと走る電車を見送る。

 ……まて、このまま見逃してよかったのか? 今更ながら捕まえられたはずの未確認生物をみすみす逃してしまったかのように、もったいないという気持ちが溢れ出た。

 その力、本物なんですか? いつから使えるようになったのですか? 聞きたい事なんて考えればいくらでも思いつく。それをせずになぜ俺はあっさりと電車を降りてしまったのか!?

 いや、でもいきなりあんな超常現象を体験して、そこから冷静になって最善の行動に出るなんて無理だ。そんなできる人間ではない。

 あぁ、このモヤっとしたおもいどこにぶつければいいのか? トボトボと俺は歩く。誰かに話したところで信じてもらえそうにないが吐き出したい気持ちもある。

 改札を出た時だった。やや丸まっていた背中がピンと伸びて警戒してしまうくらいの何かが頭を突き抜けた。その衝撃が来たと思われる方向へと目を向ける。

 そのまま自分はじっと見てしまった。目が離せないという方が正しいか。つばがやや広い黒い帽子、黒いロングコートに黒いズボン、黒い靴。なにもかもが黒づくしの男。そんな男が右手をぴんと伸ばして手を広げている。その先にはうつ伏せに倒れている男がいた。その倒れている男の容態がどうのこうのよりも自分はこの黒い男を見て理由は分からないが見惚れてしまっていると言っていい感情を抱いた。なんだかもの凄い光景を目にしている、そう五感全てがざわめき、鳥肌が立った。

「……なんだ坊主、そんな眼で俺を見て。……まさか、お前、俺がやっている事を理解しているのか?」

 声をかけられた。首だけ振り向き自分を凝視されているのも気がつかず声をかけられてようやくハッと目を覚ましたように反応した。

 いえ、分かりません、そう答えるつもりであったが直前でその言葉が詰まったかのように出てこなかった。誰かが、自分ではない意志が急いで訂正したみたいに「もしかしたら、分かるかもしれません」という返事を用意した。

 これを言うべきなのか自分は迷う。またしばらくこの黒づくめの男をじっと見たまま黙ってしまうのであった。

「……なるほど。しきれてはいないようだな。こんな見るからに変質者にしか見えない俺をそんな興味深そうに見てきたのはお前が初めてなんだが、やっぱり同じるいは一種のをするのか?」

 この男は何を言っているのか? 意味不明とはならなかったのが怖かった。もちろん全てをちゃんと理解しているわけではないけど先ほどした体験の影響もあって、何か関連性があるかもしれないと思いたくもなる。

 まさかこんなにも早くまたがやって来るとは。きっとこれはタイミングといい運命なんだ。あれはいわば前振りだったか。

「どうだ。ちょっと俺と話しをしないか? 初めての巡り会いに乾杯といこうじゃねーか。とは言っても、まだ見るからに未成年か。じゃあ酒は飲めないな」

 向こうは友好的だった。きっと乗ってくれるだろうという自信もあるようでもう流れは決まりかけている。

 見たところ四十代前半といったところか。このくらいの大人とは学校の先生くらいしか関わりがないからどう接していいのか戸惑うけど、断るという選択肢はなかった。

 普通は初対面のおじさんにいきなりどこかで話をしようと言われたら逃げたくなるだろけどこのケースは普通ではない。

 今日、初めて会ったのは事実だ。だけどそれ以前にこの人と俺には家族、親戚という意味ではなくが流れているんだと思う。だから言うように共鳴をするのか。俺達二人は同じ種族とでも言うべきか。

 高校生だったらマックだろうというおじさんの固定されたイメージで駅前にあるマックに入った。俺は食事をする予定はなかったのでドリンクだけで済ませたが向こうはガッツリ食べるらしくセットで注文する。何やら一仕事終えた後はえらく腹が減るらしい。

 店内の隅、向かい合って座れる席についた。

「さて、じゃあ互いに内緒にしている事を打ち明けようじゃないか。と、その前に聞きたいのは……俺が何をしているように見えた?」

 ポテトを数本、勢いよく口に入れながら質問された。俺はなんて答えていいのか正直、分からなかったがあの時、思った事をそのまま述べた。

「何をしていたのか、具体的には分からないのですけど、なんと言うか、思わず立ち止まってそのまま動けなくなってしまう何かを感じたのは確かです。はたから見たら変な光景で関わらないでおこうってささっと立ち去るのが普通なんでしょうけど僕はそうは思わず、何かすごい事をしているって思いました」

「それだけか。まぁ、タネを明かすと俺はあの時、倒れている男のを吸収していた。なぜそんな事をするかって? それはその吸収したエネルギーを武器に使えるからさ」

「ぶ、武器? どんな武器になるのですか!」

「う〜んと、わかり易く説明できるかな……」

 想像よりも凄い力なのかもしれない。俺は次の言葉を身構えて待つ。



 

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