観測者(1)
そのまま自分はじっと見てしまった。目が離せないという方が正しいか。つばがやや広い黒い帽子、黒いロングコートに黒いズボン、黒い革靴。なにもかもが黒づくしの男。そんな男が右手をぴんと伸ばして手を広げている。その先にはうつ伏せに倒れている男がいた。その倒れている男の容態がどうのこうのよりも自分はこの黒い男を見て理由は分からないが見惚れてしまっていると言っていい感情を抱いた。なんだかもの凄い光景を目にしている、そう五感全てがざわめき、鳥肌が立った。
「……なんだ坊主、そんな眼で俺を見て。……まさか、お前、俺がやっている事を理解しているのか?」
声をかけられた。首だけ振り向き自分を凝視されているのも気がつかず声をかけられてようやくハッと目を覚ましたように反応した。
いえ、分かりません、そう答えるつもりであったが直前でその言葉が詰まったかのように出てこなかった。誰かが、自分ではない意志が急いで訂正したみたいに「分かるかもしれません」という返事を用意した。
これを言うべきなのか自分は迷う。またしばらくこの黒づくめの男をじっと見たまま黙ってしまうのであった。
※ ※ ※
ここへ来る事に乗り気ではあった。約一ヶ月前、小学生の時から仲が深かった友人の一人から久々に連絡が来た。どうやらH小学校六年二組の同窓会を企画している人がいるらしくそのクラスだった人達にこの企画を伝え回っているそうだがクラス全員の連絡先は流石に知らないので、このお知らせをもらった人で主催者が知らない人の連絡先を知っている人がいたら代わりに教えてほしいという事で安原にもこうして巡って来た。
中学校卒業時のクラスではなくさらに遡り小学校のクラスというのが面白いと思った。主催者の名前を見てあいつだったらクラスのリーダー的存在だったしこういう企画を立ててもおかしくはない。
そして安原もここまでの学生生活でどのクラスに一番愛着があったかと言われたら間違いなく小学校、最後のクラスと答える。
その先の中学、高校ではなかった団結感があのクラスにはあった。担任の先生もまとめるのが上手くどの学校行事にも全力で取り組ませた。そんなクラスだったから卒業式の時はクラスみんなが泣いた。誰もがこのクラスがバラバラになるのは嫌だと口々に言う。
そんなクラスがまた集まる。これは顔を出してみていいかもしれないと安原は参加する旨を伝えた。
そしてやって来た同窓会、当日。場所は地元にある区民センターの一室を借りて行われる。あえてこんな場所を選んだのはかつてここは地元の小学生であれば誰もが待ち合わせ場所として、備えられてある体育館で遊んだりしてお世話になったであろうというのが理由だ。小学校時代の友人が集まる同窓会らしく場所にもこだわりがみられる。
卒業後も引き続き、一部の私立中学へ進学した者を除きほとんどが一緒の中学校に進学したが今はもう今年から大学生になっている歳。そこからさらにどんな風にみんなが変わって成長しているのか楽しみだと思いながら安原は指定された部屋へと入るが……。
本日この同窓会の参加者には単純に安原と当時、仲の良かった友人は一人も参加していなかった。安原にこの同窓会の事を教えてくれた友人も結局、顔は出さず。あの時は前向きな返事が返ってきたのに裏切りやがってと憎くもなる。
いわゆるパーティ・ピープル、略してパリピな人達が大半を占めていた。確かに自分がこういう場で騒ぐのは好きか? と聞かれたら普段はスマホゲームに夢中になり休日の大半を家の中で過ごしている自分である。腕を組み首を傾げて否定的な答えを言うだろう。それでも久しぶりに仲の良かった友達に会えると思って来たのに、自分以外はそう思わなかったから来なかったという事ならそれほど悲しい事はなかった。女子の方は参加率が高かったので羨ましく映る。
会が始まり最初に「おっ、安原? 久しぶり」「あぁ〜安原くん久しぶりだね〜」と声をかけられたものの、場が温まってくると次第にそれぞれのグループが自然と出来てきてその中で話が盛り上がる。安原はどこのグループにも入る事ができなかったというわけだ。どこか入れそうな所はないかと探すも、既にある程度の関係が出来上がっているだけにたちが悪い。女子のグループでアニメ好きという共通点があるあのグループならなんとか入れ込めるかと思うが、安原は異性と話すのは未だに慣れていなかった。これだったらお互い初めましての人達が集まる会の方がまだチャンスはあったように思う。
そういえばそういうオフ会の参加を見送ってこちらに来ていた事をここで思い出した。こんな事になるならそっちに行った方がはるかに有意義な時間を過ごせたのではないかと余計に悔やむ。
安原、一人が居なくなったところで誰も気がつかない空気さえあった。参加費も払ってあるし無言で帰っても問題ないであろうと判断した安原は静かに扉を開けて部屋を後にする。
扉を閉めて大きく息を吐く。髪型が凝っていたり、染めていたり、アクセサリー等も身に付けてオシャレもしていかにもみな大学生という風貌であった。密かに恋心を抱いていて、クラスで一番可愛いと言われていた子もいたが、いま改めて見るとそうでもないという感想を持つ。卒業間近、勇気を出して告白しようと考えたがしなくて正解だった。
一通り思う事を脳内で整理して、本当に帰っていいのかもう一度、己に問うがやはりあのメンバーでは溶け込む事は出来ないと諦める。
「あれ、もしかして安原くん? もう帰るの」
階段を降りて出入り口前、自動ドアが先に開き背が低い赤いフレームの眼鏡をかけた一人の女性が入って来て声をかけられる。
「あっ、もしかして宇佐美さん?」
「そうそう。久しぶり。私、遅れて来たんだけどまだやっているよね?」
「うん、大丈夫だよ。俺は元々、そんな長く居られないんだ……」
安原にとってはタイミング悪く
「そうなんだ。せっかく久しぶりに会えたのにもうお別れなんて残念」
「まっ、別にいいじゃん。どうせ俺達そんな仲良くなかったし、話す事なんてないでしょ」
そんなお世辞はいらないと少し冷たい言葉を吐いてしまうが、安原はここに来て察知した。彼女の顔を初めてまともに見た時。
「そうかもね。じゃあまた次の機会があれば……」
無理やり笑い顔を作ったかのように言い横切る宇佐美。安原は逃してはならないという一心で「ちょっとまって!」と自分でもびっくりするくらいの大声で宇佐美を止めてしまう。
「な、なに?」
ただならぬ大声に宇佐美は動揺する。ここまでの流れで安原がなぜここまでの声を発して呼び止めるのか全く理解できない様子だ。
「あ、あのさぁ、何か最近、変わった事なかった?」
「か、変わった事? 例えば?」
「例えば……変な現象に遭遇したとか、見たとか」
「変な現象って……もう少し具体的に教えてくれないかな」
「いや、パッと直ぐに思いつかないならいいんだ」
「そう。ならもう行ってもいい?」
「うん、ごめん。変な事聞いて」
自身のコミュニケーション能力の低さを嘆いた。ただでさえ久しぶりに会った知人に対してつい心ない一言を言ってしまった後。あまりしつこく質問する事は気が進まなかった。
ここに来たもう一つの目的。それはもしかしたら成し遂げられそうだったのにいま目の前で逃したかもしれない悔しさ。安原は歯と歯をギシギシ擦る。
あの感覚は、あの時と近いものがある。宇佐美はどんな力を持っているのか、気になって仕方がなくなってしまった。
「今日のところは一旦……」
宇佐美の言った通り次の機会を伺う事にして区民センターを去る安原。後日、宇佐美の連絡先をこの同窓会の幹事にでも聞いてまたコンタクトを試みようと思う。
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