エネルギー吸収→解析→(4)

 そもそもあの時、自分は飲料を選びながらあの女性は想いを馳せている人を見つめているとなぜだか瞬時に理解して、決めつけていた。その視線の先を確認することなく。

 なんだかスーッと何かが注入されるようにやがて全身を駆け巡り鮮やかにその背景が展開された。

(……これも妄想だったりするの?)

 いや、たまたまコンビニで遭遇した、もう二度と会う事もないかもしれない人に向かってそんなを膨らませるほど趣味にはしていない。なら……。

(もしも、さっきのが本当の事だったら私……もしかして、人の心が読めるようになったってこと!)

 人の心が読める。小学生の時に読んだ漫画にそんな能力を持った美女が出てくる作品があった。そんな特別な能力を持った人が現れるだけでワクワクしたものである。その能力が今、自分に備わっているかもしれないと思うと心が慌ただしくもなる。本当か? その真偽を確かめたくてしょうがない。

 ここだと立ち止まらずにささっとどこかへ行ってしまう人が多い通りなので古谷は大学行きのバス停まで行きそこで試してみようと決めた。意気揚々としながら向かう古谷。

 見慣れたとはいえいつもだったらこの長い行列にうんざりする。その原因は主に大学へ向かう自分たちなのだが。が今日は違う。古谷からしてみれば実験台がウヨウヨいるように見えている。

 こういう人が良いなどのこだわりはなかったので隣の青年を焦点を絞るように集中しながらチラ見してみた。

(……)

 何も感じられない。おかしい、さっきはものの数秒で一気にあらゆる情報が頭に入ってきたのに。無表情でスマホを片手に下を向いている青年は今、何を考えているのか覗き見る事はできなかった。

(やっぱり私の勘違い……? ううん、きっとコツが掴めていないだけかも)

とはいってもそのコツとやらは何なのか皆目見当もつかない。上手くできたあの瞬間を思い出してみても、自分から何かをしたという意識はない。むしろ向こうから望んでもないのに進んでやって来たのではないかとも思う。

(う〜ん、分からない。どういうこと?)

声には出せずしかめ面でこの疑問を表現する。と、その時——

「おはよう、里英!」

後ろから肩を叩かれた。角岡だ。「ちょっとすみませ〜ん」と申し訳程度の詫びを入れてスペースを空けてもらう。古谷の前に立つ。

 あれから調子はどう? などと話しながら自分は最初からここに居たと言わんばかりに溶け込んだ。こうなると古谷は後ろの方を見る事ができない。

(ひっ!)

 早速その後ろから苛立ち、不満を募らせる者の抗議の念が伝わって来たような気がする。ここは友人として注意するべきなのだろうが何を今更と思われそうだし、言ってしまえば些細な事、深い付き合いをしている角岡との関係を優先するべきなのではという葛藤をしている内にその注意する機会を逸する。

 バスが来て列が動く。その頃にはあのピリピリとしたは消え失せていてほっとした。

 私のようにもっと自分だけを考えて生きてみたらと昨日、言われたが逆に角岡にはもっと他人の事を考えて生きてみたらどうかと言ってやりたかった。

 なぜ何も悪くない私がここまで気に病む必要があるのか、損な役回りだなと思いこんなのはやはり馬鹿らしいと嫌気がさす。そう、こんなの馬鹿らしい、これも角岡の言葉であった。

 昼休み。次の講義がある部屋は開放されていたのでそこで一人、過ごす古谷。今日はどの講義でも仲の良い友達はいない日だと思えば特に寂しいとは思わなかったが角岡がわざわざやって来た。

「やっぱり今日も本、読んでいる。なに読んでいるの?」

「多分、ゆいは知らない作家さんの本かな。何か用?」

「実はさぁ、もう一人の推しのシンくんが小説家デビューするっていうのよ」

「へぇ〜。なんか最近のアイドルも色々やるよね」

「で私、生まれてこのかた本なんてまともに読んだ事なくて、でもファンとしては買っておくべきじゃん。そこで発売する前に少しでも本の面白さを理解しておこうと思って、里英に助けをいに来たわけですよ。要は何か私でも読める本、教えてっ!」

「う〜ん、ちなみに今まではどんな本読んできたの?」

「え〜っと、国語の授業で扱った走れメロスとか、羅生門は記憶にあるんだけど……なにかあったかな」

 真っ先に出てきたのが学校の授業で取り扱った作品だとおそらくその後は、無いという返事が返ってきそうだと予想した古谷。そんな読書という行為が馴染んでいない人でも面白いと思える作品とはなにか、考えてみるものの今すぐに思いつきそうになかった。

 せっかく本に興味を持ってくれたのに何も提案できないのは悔しかった古谷はもっと深く掘り下げるように、腕を組み思案した。

「とりあえず、里英が面白いと思った作品、貸してくれるかな?」

 こちらが答える前に角岡がこう言ってきた。先ずはそこからでもいいかと思ったのだが、「まって。里英って高校の時は文芸部ってやつだったんだよね」なぜここで文芸部だったことを確認してくるのか、不意打ちをくらうようで頷く事しかできなかった。

「だったら里英が私のために物語を書いてよ」

「えぇっ、なにそれ?」

「いいじゃん。そういう事やっていたんでしょ? いきなりプロの崇高な文章に触れるよりも、同い年で趣味も同じ子が書いた文の方が取っ付きやすくて良いかもしれないし。何より親友の里英が書いたってだけでこっちもニヤニヤしながら読めるだろうしね」

 容赦なく、しかし純粋な瞳でこちらに負担を迫る事ができるこの性格、自分には無理だと思った。断るにしての上手い理由が思いつかない。

「そうだよ、どういう人物が書いたのか知っているとそれだけで、読もうって気になれるよね」

「だったら別に事前に本に慣れなくても読めるんじゃないの?」

そういう事なら私が書く必要はない。正直、面倒だからなんとか断れないか、それが最優先事項になっていた古谷は角岡の発言の穴を突く。

「いや、だからこそ里英がどういうお話を書くのか知りたくなったんじゃん。是非、私にも読ませて!」

 一度出たアイディアは没にせずにやろうと圧がかかる。自分は何も苦労しないからからそんな楽しそうでいられるのだろうとこの決まりかけている流れにため息の一つは吐きたくなったが、どこかで悪い気もしないでいた。

 好きであるのは間違いない、読むだけでなく書く事も。彼女を文字だけで面白いと言わせる、その課せられたミッションに静かに燃えている自分がいるかもしれない、そんな気がしたから——

「分かった、いいよ。ただ期限は設けないで。もちろんあんまり待たせる事もしないけど」

「ありがとう! うん全然いいよ。まだ本の発売まで二ヶ月はあるし。ゆっくり書いて」

 二ヶ月以内、十分に時間はあるようで場合によっては短いとも言える何とも言えない期間。が、古谷は今日の午前中、久しぶりに何か面白いものが書けるるかもしれないというインスピレーションを得ている気がしていた。それを上手く活用できればこの急な頼み事にも応えられる、そう見立てているから引き受けたのであった。


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