音を鳴らす者(3)

 夏、といえば怖い話や肝試しである。思えばあんな深夜帯に学校のチャイムが鳴ったというのはもしもその場に人が居た場合はまさに恐怖体験である。悲鳴を上げてその場から走って逃げ去るか、或いは金縛りにあったように動けなくなるのは避けられないだろう。そして次の日の昼間にでも友達などに取り乱しながら話す、あの学校はヤバイかもしれないと。

 悪戯心か、ちょっと他人を驚かせてみたくなった三橋。

「あぁーそういう事か。あそこから中に入れるのね」

 と、同時に須田と携帯電話で話をしている。あと数分で日付けが変わろうとしている。なにやら今プレイしているゲームソフトでネットの攻略サイトを見ても分からない事があるらしく須田はどうなのかと早急に聞きたくなってしまったのだ。

「あの画面だと背景かって勘違いしてスルーしてたわ。だからどのサイトでも詳しく書かれてなかったのか」

先に進めなかったのはしょうもない理由で約一時間、右往左往していたのがバカみたいだとしかめっ面になりながら言う。問題も解決してそろそろ会話が終わりそうなので急いで部屋の中から窓の外を見る。

 須田とは同じマンションに住んでいる。そして駐車場、自転車置き場を挟んでちょうど向かい合っている棟、同じ最上階に須田の住む部屋がある。ここからはその部屋の窓が見える。カーテンが閉まっているが部屋の明かりが漏れているあの先に今、三橋と話す須田が居るはずである。

 適当に雑談をしてまだ電話を切らさないようにしながら鍵を外して窓を開けた。先日、須田の部屋へ遊びに行った時、目にしたテレビ台の上に置いてある目覚まし時計。あれをイメージしながら……時間はちょうど深夜0時を回った、時間的にもタイミングが良いかもしれないと思う。

(いけっ)

 いつの間にか慣れてきて、いつもの要領で念じるも須田は平然と話している。上手くいっていればいきなり鳴った目覚まし時計に驚いているようなリアクションをしてもいいはずだが。

(あれ。おかしいな……あっ間違えた。須田の部屋はあそこじゃない。もう一つ隣だ)

 どうやら念じる場所を間違えたようだ。もう一度、気を取り直して念じる。今度は中途半端な時間に鳴った方が不自然で困惑して、いや恐怖さえわいてくるのではないかと考えて完全に他人をいたぶる事に快感を覚えていた。

 うわっという声が聞こえた。そしてそこから沈黙する須田。おかげで目覚まし時計が鳴っている音であろうピピピっという高い音も微かに聞こえてくる。これは上手くいったと確信した三橋。

「うん? どうした」

何気なく質問する三橋。

『……いや、急に目覚まし時計が鳴って……おかしいな、なんでこんな時間に鳴るんだろう』

 ガサガサという雑音、そして目覚まし時計の音が聞こえなくなった。須田が移動して止めたのだろう。

「こんな夜に設定したの?」

『いや、そんな覚えはないよ。そもそもこの時計も今じゃ飾りみたいなもんで使ってないし』

「なんかあれを思い出すな。学校でいきなりチャイムが鳴った時のこと」

 あえてこの話をする事でより恐怖が増すのではないかと考えて三橋は口にした。それも全て自分が原因と分かっていればこちらは相手の反応を楽しむだけである。

『やめろよ、また思い出しちゃったじゃないか』

須田は三橋が意外に思うほど怖がっていた。逆になぜそんな過剰に反応をするのか理解できず結局、三橋までもが不安になってくる。

「そんな怖がらなくてもいいんじゃない」

『ごめん、俺が思い出したっていうのはまた違う事なんだ』

「えっ、どういうこと?」

『実は……』

 須田は今年から地元の大学に進学した兄から聞いた事を話す。

『二週間くらい前に兄ちゃんの大学の友達何人かが深夜まで遊んでいて周辺をバイクでドライブしてたんだけどその途中で第三小、近くの自動販売機でジュース買ってそのまま休憩して喋ってたんだって。そしたら第三小のチャイムが鳴ったらしい……時間も時間で周りも静かだから聞き間違いようがないくらいはっきり聞こえてもうみんなビビって固まっちゃったんだけど一人が急にパニクって、逃げた方がいいぞって叫びながら慌ててバイクに乗って走り去って行った。その流れでその日は解散になったんだけど、その最初に走り去った人が……』

「えっ、まさか……」

『……ごめん、特に何事もなく無事なんだけど』

「なんだよ、びっくりさせるなよ」

『でも、近くにコンビニあるじゃん。そこのコンビニって兄ちゃんと同じ大学の人も何人かバイトしているんだけど、たまたまチャイムが鳴った時間にゴミを捨てに店員が外に出ていたらしく、その店員も聞いたらしいんだよね。それでその事を他のアルバイトの人に話して、いつの間にか全従業員の耳に入って……そういうのもあってもう大学内でもどこの学年、学部にもそれなりに広まってちょっとした話題になったらしいよ』

「そうなんだ……」

『さすがにコンビニの店員も聞いたって証言してたら身内を怖がらせるための嘘じゃないんだろうし、俺も話したよ。さっき言ったうちの学校も変な時間にチャイム鳴った事』

「それ聞くと確かに怖くなってくるな。うちらの場合はたまたま授業中だったからそうでもなかったけど、同じ事が他の学校でも起きたってなったらまた話が違ってくる」

『そう、だから俺も兄ちゃんもこの街中の学校とかでその怪奇現象が起きているんじゃないかって想像しちゃって……おまけに今もこの時計が鳴るし俺、今日は眠るのが怖くなったよ』

「まぁ、気持ちは分かるけど」

『兄ちゃんが言っていたんだけど、こうなったら他にも近くで奇妙な現象が起きていないかネットの掲示板でも書き込んで情報を集める事を本気でやろうかって思っている』

「そこまでやる必要あるか?」

『俺も最初はそう思ったけど、さすがに周辺でここまで頻発して起きると気になってくるじゃん』

「そう。じゃあ、いつか結果を教えてくれよ」

『うん、わかった』

 通話を終える三橋。顔全体が熱でも出たように熱くなっているとわかる。何か悪い事でもしたような胸騒ぎも一緒に付いてきて。

「あーあーっ」

何か声を出さずにはいられない言わんばかりに大きめな声を出した。そのまま大の字でベッドに沈む。

 思ったよりも自分のやった事が他に波紋している。まさか本当にあの時、近くに人が居たとは。しかも期待通りのリアクションと早速、友達にそれを話して瞬く間に大学全体にまで広まったらしい。

 あんな時間帯だから誰も聞いていないだろうという見込みもかなり甘かった。きっと他にも学校近くに住む人が眠れないなどの理由でたまたま耳にした人がいる可能性は高い。

 その人達がそれを余計な想像をつけ加えて話し、やがてそこからどんどん思わぬ発展をしていき大事おおごとになっていくことも有り得る……。

 そんなさまを見せつけられた三橋は、これも全て自分に原因があるという重荷が意識を遠のかせる。

「あぁ、駄目だ、疲れた。今日はもう休もう」

 テレビ画面はプレイを中断したままのゲームソフトの映像が映し出されている。このままでは電気代がもったいないとなんとか起き上がり電源を切る。そのまま部屋の電気も消して室内を暗くする。身を隠せたようで幾分か気分が落ち着く。

「今度こそ、もう封印するべきかもしれない」

そう言いながら目を閉じ横になる。悪戯で使うのはもう止めようという誓いの言葉だった。

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