音を鳴らす者(2)

 テレビにクイズ番組が映っている。近年、似たような番組が増えたなと思いながらもその内容を興味深くみているわけではなく、ラジオのように聴こえてくる音声だけは耳になんとなく入れて夕飯を食べている三橋。出演者の笑い声やツッコミ、ナレーションも挟まれる。それを聴いて思わず視線を画面へと移してしまう事は殆どなかったが、あることを思いつき茶碗に向いていた視線を上げてその画面の方へ向ける。

 スタジオの背景と化しているセット、小道具を端から順に見つめる。今までこんな目線で番組をみた事はなかったので、これはこれでまた新鮮な気持ちでみる事ができた。そういう視点で見ればやはり何かしらの、番組の雰囲気に合わせたこだわりというものがうかがえた。

 音が鳴りそうなものはなかった。しかし番組によっては一つくらいあってもおかしくはないはずだ、そう思うと別のチャンネルに変えてみたくもなったが「なに、チャンネル変えるの? 私みているんだけど」テレビのリモコンを持ったところで母親から止められる。ここは諦めて夕飯を食べ終える事にした。

 自分の部屋へと戻る。やはりこういうのは誰にも邪魔されない自室でやるに限ると判断した。テレビを点ける。ここ数年はほぼテレビゲームをする時にしか点けないのでゲームの映像を映すための入力になっており切り替える必要があった。真っ黒な画面から飛び出るように音声が流れ、映像が映る。一通りチャンネルを回すが、これならというものは放送されていない。

「まてよ」

三橋はまたある事に気がついた。今、放送されている番組は殆どが事前に収録されたものではないのか。映し出されているのは『過去』だ。その映像に向かっていくら念じてみても無理に決まっている。早めに気がついて良かったと大袈裟にホッと胸を撫で下ろす。危うく無駄な労力をかけるところであった。

「となると……九時か十時の時間帯にやっているニュース番組か」

それなら生放送であるはずだと記憶している。

 画面越しからでもこの力は働くのか? 上手くいけばそれすなわち近くはもちろん、たとえ遥か遠く離れていていようが距離は関係なく発揮できると言っていいのではないか。

 とはいえさすがにこれは無理のような気はしているのだが、思いついた事は全て試してみる、そのつもりでいた。幸いにも、もう直ぐ夏休み。時間はたっぷりこれからできる。自由研究には持ってこいのテーマではないかと思うがそういう宿題はない。が、面白そうなのは間違いないとウキウキしていた。

 最初はネガティブに捉えていたところから一転、楽しんでみようという心意気に変わっていた。誰もできない事ができる、その優越感が芽生えてきている。


「駄目だ、ない」

ため息混じりにそう呟く。見込みは甘くチェックしたニュース番組に目ぼしい物は見つからなかった。よく考えてみれば生放送中に音が出る物というのはトラブルの元である。そんな物がポツンと置かれているはずはないかと諦める事にした。

 いきなり難易度が高いものに挑戦しようとしていたかもしれない、ならもっと手軽にできるものからと方針転換しようと次なる試みを人差し指で唇を触りながら練りだす。

「う〜ん、そもそも音が出る物ってだけじゃあ、ちょっと対象が曖昧だよな」

まだこの力の全容を把握しきれていないとそこまで立ち戻った。

 音が出る物を鳴らす事が出来る、その『物』とは今のところ電子機器、機械仕掛けを想定してるとはっきりさせた。

 厳密に言ってしまえばどんな物でも音は出る。音は物体が振動した時に空気などを介して伝わる、そう理科の授業で教わった。部屋にある机だって手であったりで叩けば音が出るが。

「それだと……」

なかなか対象範囲が広くなりなんだか想像している力と違うような気がしてきたが今、先ほどまでずっと目を凝らして見ていたテレビ、これも音が出るといえば出るものであるが「電源をオフの状態からテレビを点けて音を出す……それってなんか音を出すというかボタンを動かすって感覚なんじゃないかな」

テレビの音を鳴らす、どうもしっくりこない響き。そして指で力を加えて電源ボタンを押す、それをせずにテレビを点ける、そうなってくると音を出すというよりも、物を動かすと言う方が正しいのではないか、つまり電源が入っていない物には通用しない?

「あぁ〜もうわかんね〜」

 久しぶりにテスト勉強では使わないような頭をフル回転させて考えたためパンクしそうになる。一旦、休もうと壁に寄りかかった。こうなってくると面倒臭くなってきたとか、もういいかなど投げやりになってくる。

 実際のところこの力は一体なんなのか、それを理解するには今日、一日だけでは無理そうであった。


 目を覚ます三橋。部屋の中は真夜中の暗さで満たされている。日の出までにはまだ時間がかかりそうだと思った。喉が渇いた、体が水分を欲している。数分後にようやく起き上がる気になり部屋を出て真っ暗の廊下を壁に掌を当てながらゆっくり歩く。リビングのドアノブを慎重に回して中に入り冷蔵庫を開ける。できればオレンジ、ぶどうといった果物系のジュースが飲みたかったがお目当ての飲料はない。仕方がなくヨーグルトで我慢した。

 コップに半分ほど入れただけで勢いよく飲み干す。まだ足りないともう一杯飲んだ。よほど喉が渇いていたとここで自覚した。普段は好んで飲まないヨーグルトをここまで美味いと思った事はない。三杯飲んで満足する。ヨーグルトを冷蔵庫へしまい、部屋へ戻ろうとするが不意に窓の外を見た。光の粒がポツン、ポツンと灯されている。三橋の住むマンションは高台にあるうえに最上階の部屋であるためベランダから下の町が見下ろせる。

 何かを思い立った三橋は玄関からサンダルを持ってきてベランダへと出た。静まりかえっている町、車やバイクの音すら聞こえてこない。家の明かりは見渡す限り全て消えていて街灯の光だけが町を照らす。その中には三橋がかつて通っていた小学校もあった。影のようにうっすらとしか見えないその姿が今日は不気味に感じてしまうのはなぜか? それは……。

 鉄柵まで歩み寄り手を掛ける。ひんやりとして咄嗟に手を離したくなったが、あえてぎゅっと強く掴んだ、温めるように。それでもそのまだ冷たい鉄のかたまりで、震えてしまっていると勘違いするほどに胸がブルっと震えた。そう、あの震えという事だ。今までの中で一番遠い対象物だからか光線を放つように意識をあそこまで届くように飛ばした。

 キーン、コーン……。

「……」

全ての音は聞き取れなかったが周囲が静かだから耳を澄ませば確かに鳴っていると確認できた。眠っている両親を起こしてしまわないためにも声を上げて驚く事は出来なかった。

「この距離ならオッケーなのか」

小声でそう言った。ここから直線距離でも一キロはなくても数百メートルはある。

 三橋は五分ほど動かずじっと立ったままあの小学校を見つめていた。首が疲れてきたので上に動かす。そのままの流れで夜空を見上げた。星が点々と光っている。この広大な空のように三橋の見える世界が広がっていった。

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