第231話 記憶のままに

 オレは惑星軌道上のポータルに転移した。


 宇宙空間の裂け目から這い出るようにでた古のものの腕が、掴むものを探すかのように漂っている。

 何もない空間から強いプラズマが発生し、小惑星のような腕に影響を与えているようだ。



“アール、古のものの動きだが、予想はできそうか?”


“今彼らの間で、やりとりはしているようだ。

見えている映像からするに、動くのは次のフェイズに入ってからだと思う。

古のものの返答次第というところか”



 オレは思念を集中して、自分の微弱なテレパシーがどこまで通用するのか試してみた。



 ダメだ、オレの力では……



“一洸さん、それじゃだめ…… もっと力を抜いて”



 アイラさん。



“アイラさん、オレのやっていることがわかるんですか?”


“ええ、ここまであなたの思念が飛んできているわ…… 私と姉様が額を合わせていたのを見てたわよね?

あんな感じで触れあった時のことを思い出してみて、全身の力を抜いて、感覚に任せるの”



 触れあった時の感触……

 阿頼耶識の海に身を浸す大地に触れた時、“∞”を手で描いたあの感触か。



 オレはアイラの言う通り、記憶のままに身を任せてみた。



“……お前たち  ……いや  ……お迎え”



 まるで感度の悪いラジオのような、途切れ途切れの思念の断片が頭に流れ込んできた。

 高位知性種と古のものが対話している、それをオレは盗み聞いているのだ。



 だが話の内容までは伝わってこない。

 更に心を静めて、オレは集中する。



“……おにいちゃん、そのままにしてて…… あたしだよ”



 ミーコなのか?



“おにいちゃんが心の深い部分まで降りてくれると、こうやって話せるみたい。

逢いたいよ…… すごーく逢いたい”


“……ミーコ、辛くはないのか? 痛いとか”



 オレはこんな時に何と言っていいのかわからず、ただ思いついたことを言葉にするしかない。



“大丈夫だよ、すごく暖かいところだし、プルもいるし、アールも話してくれるし”



 そうなのか。



“よかったミーコ、オレは……”


“おにいちゃん、あたしたちまたきっと逢える、それがすごくわかるんだ!

だから心配しないでね!”



 また逢える……



“あ、そうそう、あの手の人がもうすぐ話しかけてくるよ、だからそのままにしててね!”



 手の人、古のものか。



“ミーコ、それは……”


“あんまし長く話せないみたい…… おにいちゃん、大好……”



 そこでミーコの感覚は途切れた。

 手を伸ばせばすぐに体温が感じられるほどの距離感、ミーコが近くにいる時にいつも感じていた、愛する者に縋られている安心感。


 ミーコ……


 オレは自分で抑えきれない苛立ちを覚え始めていた。

 これは必ず終わらせる、どういう形にしろだ。



 コックピットの空を見上げたオレは、少し声を荒げて言った。



“アール、動きはどうだ?”



 作業中だったのだろう、一瞬の間をとられる。



“あの後から意味のある内容を掴むには至っていない。

高位知性種との対話は、完全な双方向ではない。

こちらからの通信を読み取った彼らが、部分的に返してくるというものだ。

古のものに至っては、知性種の通信の断片から読み取るしかない……”



 やはりオレがあの重力地獄に降りていけば、あるいは会話に加わることも可能かもしれない。



 かまうものか。

 死ぬ寸前までなら、どうということはない。


 ミーコが話しかけてくると言われたその前に、先手を取って阿頼耶識に降下するため、オレは“∞”を呼び出した。



    ◇     ◇     ◇



 激しい地震、揺らぐ大地、崩れ落ちる城郭。


 私がこの空間にやってきて、あまりにも長い時間が過ぎた。



 元いた地上世界の時間にすると、人の時間で言えば幾世代ものそれが流れ過ぎている。



 それにしても、なんと愚かなことをしたものだ……

 あれがどういう存在か、知らぬものでもあるまい。



 さて、この私の仕事ももうすぐ終わる。



 ここにいた時間は、とても感慨深いものだった。

 静かな時間経過、深い思索、人の世の栄枯盛衰をただ見守りながら、僅かな世界線のズレまでつぶさに感じることができた。



 今ここから選べる世界線、新しい魔元帥はどう選択していくのだろう……



 しかし、今この時でさえ信じ難い現実だ。

 本当に見つけたのだな…… 私が生きている間に見られようとは。




 魔王は外界から完全に隔絶された空間から、大いなる時の変遷を感じ取っていた。

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