第230話 毟りとられしもの

 だめだ、ここで古のものを起こそうだなんて……

 オレがそう独り言ちた瞬間、それは一方的にオレへ話しかけてきた。



“この星の生命に危害を及ぼさないよう配慮はしている”



 なに?

 

 あの傲慢な声音はまさか高位知性種…… 赤黒い楔から話しかけてきているというのか……


 オレの考え、思い、それらが全て当たり前のように読まれている、理解されている、今までのものも全て読まれていると思っていいのかもしれない。



 だがここで本体を起こすなどと…… なんて勝手な奴らなんだ。



 地表で古のもの本体が活動を始めたら、この星は終わる。

 配慮と言っていたな。


 オレはこの思考さえも注意すべきだと自覚した。



 唯一悟られない場所、保管域しかあるまい。

 あそこでの会話が読まれていないのは、アールでないオレでも分かる。



“一洸、気をつけろ!”



 叫ぶようにアールが伝えてくる。

 オレは反射的にバトラーのみんなへ、心のまま叫んだ。



“みんな離れるんだ、もっともっと、この化け物が見えなくなるくらいっ!”



 安全な距離といいながらも、周囲を囲むように展開していたラウンドバトラーは、さらに円周を広げるように広がった。



 一番遠い機体はすでに、地平線の先だろう……

 激しく揺れ始める大地、まるで苦しみの中から何かを生み出そうとしているかのようだ。


 磁力圧が増している。

 蟲デバイス、間隔を維持しながら更に投下するエネルギー量を増やしているのがわかった。



 大地が爆散する。

 地上に現れる巨大な山…… いやあれは指…… 手だ。


 もう何度も見た手は、圧倒的な力で蠢く高位知性種のデバイスを薙ぎ払い、リベットを鷲掴みにして握り潰そうと体動する。



 動作とともに吹き荒れる砂と磁気の嵐……



 蟲デバイスたちは一斉にまとまり始めた。

 餓えた蟻が飴に群がるように、大地を突き破って鏃に向かう、山ほどもある手に向かって細かく蠢動してる。



 その様は、ただ見ているだけで体が痒くなり総毛だつような気味の悪さ……



 この邪悪なステージを広く取り囲んでいるラウンドバトラーたちは、指示通りに距離を保ったままだ。



 細かい蟲デバイスなど気にもせず、小惑星を握りしめようとしている“手”は、自分が完全に蟲たちに覆われようとしていることに気づいていないかのようだった。



 あれは…… 釣りか。



 それはまるで釣り針に向かってつかもうとする水中生物の触手が、大地を突き破って延びているかのように見える。



 突然始まった。



 蟲デバイスが一斉にプラズマを発生させる。

 雷の網は、蠢いていた蟲デバイスを一斉に電磁ネットの継ぎ目とさせ、強力な拘束力となった。


 一瞬、大地の爆発で視界が完全に塞がれる。



“各機体、異常はない……

惑星の全体質量の一部が消失した。

一洸、あの存在は今この惑星から離れている”



 アールが伝えてきた内容を完全に咀嚼するのに、しばし時間がかかってしまった。

 古のもの、この星から毟り取ったというのか。


 磁気嵐とともに吹き荒れる砂ぼこりと連続した空間振動は、反射的にコンソールを握る力が強められた。


 オレは今こうして惑星上に存在している。

 スクリーンのゲージは全ての機体が正常動作していることを示し、確かに生きている。


 磁気嵐が収まった後、大地に開いた巨大な崖……


 いや、崖が繋がっているのは抉り取った大地の断片でしかない。

 これが円を形作ってこの先まで続いているのか……



“一洸、空間転移だ…… 古のものが、大気圏外で半身を晒している”



 アールが、軌道上のポータルから望遠で掴んだ映像を流したきた。


 惑星から離れた大気圏外、巨大な光球が発生し、まるで太陽がもう一つできあがったかのような眩しさ……


 惑星の地下深く根付いている古のものの本体にまで纏わりついた電磁エネルギーネット、火山の大爆破のように地表を爆散させ、古のものをとらえたまま、電磁ネットごとワープさせたのだ。


 この映像は、全ての戦士たちが観ている。

 この後どういう展開になるか瞬時で予想したオレは、深く息を吸い込んだ。



“一洸、一人で行くなんて言うなよな”



 リロメラが伝えてきた。



“一洸様、せめて私だけでもお供させてください……

蟲が放つ雷、私の力で抗うことができます”



 バラムさん、引く気がないようだな。



“……あの、一洸さん、調子大分戻りましたんで、大丈夫です”



 イリーナさん、ありがとう……


 オレは、みんなが先を争って同行する意思を伝える嵐が始まる前に宣言した。



“みんなは、ここを守ってください…… あれは、オレが片を付けてきます”

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