第232話 最初で最後の試み
“では、どうしても無理だと……”
高位知性種と古のものが話を続けている。
オレは筋肉の節々に重荷を課し続ける阿頼耶識の重力と戦いながら、彼らの会話を伺う。
“お前たちは私の眠りを妨げた……
この星に身を浸していた私は、もうあの安逸に戻ることはないだろう”
“その安逸、我々が再びお作りしましょう。
あなたは本来のお姿に戻るべきです、その役割を果たすべきです”
“私の役割?
お前たちが私の役割を知っているというのか。
眠りを妨げたお前たちは、すでに私の目的を破壊している”
目的と言ったな。
古のものの目的…… 奴は“邪魔をするな”と言っていたのを思い出す。
オレは黙って成り行きを見つめた。
高位知性種は、自分たちのテリトリーに誘いこもうとしているのか。
古のものの意思、ただ静かに時間を経過させたい、自分の存在を気にせず邪魔立てをしてほしくない。
そんな感じだった。
今のオレの立場、古のものがこの星から出ていってくれて喜んでいる側か。
今回、高位知性種は古のものを始祖として扱い、惑星の内部から剥ぎ取った。
自分で考えながら気づいたが、阿頼耶識には未だに古のものの身体が浸されており、オレは重力に抗いながらも地に足をつけられている。
あの存在、本体はまだ星にあり、プラズマで剥ぎ取られたのは……
もしここで本格的に始まったら、オレは彼らを止めることが出来るのだろうか。
ここは宇宙空間、惑星の軌道上であり、すぐ近くには命溢れる大地がある。
双方が全開で戦闘を行った場合の被害は計り知れない、いや今度こそ本当に終わる……
対話の成り行きに下手に入り込んで収拾がつかなくなる可能性もあるし、自分に取りまとめる力などありようもない。
頭に軽い痛みが走った。
これは…… この感じはバルバルス?
“一洸…… 私の声が聞こえると思う。
君の心を通して、知性種と古のものの話を聞かせてもらっている”
そこで一旦、話が途切れた。
まるでこれから言おうとする内容のために、心を落ち着けているかのようである。
“君の身体を借りるよ、古と話すために……
これから起こることは、恐らく後にも先にもこれ一度きりだ”
バルバルスはそう言って、オレの身体と心を入れ換えた。
これが彼の固有能力、その最大のものの一つか。
今、オレは杉本一洸でありながら、大魔王バルバルスでもあった。
彼単体として存在しているわけではない。
だが身体を用いて感じられる感覚は、十分に感じることができた。
流れ込んでくる、様々な意識が…… そして以前バルバルスが言ったように、自分の考えを纏めた“種”を、目的の対象に植え付けることもできる、それが確実な達成感とともに感じられた。
なんという権能、というか固有能力だろう。
この種族、もちろん人間ではないし、あの星の存在でもない。
つまりは……
“私はバルバルス、この星の守護者である古のものの眠りを見守ってきたものだ”
“……我々は、始祖を探し求めて、自らを高みに至らせるべく生きてきた。
あなたが始祖を守る存在だと?”
“であると同時に、君たちの祖先の一つでもあるがね、高位知性種”
“……”
祖先?
まさかとは思っていたが、これでパズルが合ったわけだ。
あの魔換炉、高位知性種のデバイスの中にあった小型マナジェネレータ―の原型は、魔元帥に移譲物の中にあったものと源を同じにするもの。
バルバルスは、彼はやはり全ての元凶なのか。
“祖先とは、どういう意味で?”
“正確には、別の世界線での祖先というべきかな。
きみたち高位知性種の魔素変換装置、あれを使って惑星の原型を作らせた”
“なぜ魔素変換装置を?”
“君たちが戦っていた人間や他の種族たちは、命の源である星の守護者を育むための活力源だったんだ。
だが君たち高位知性種はその存在を起こしてしまった。
眠りを壊して、命の継続を断ってしまった……
私バルバルスは今こうして“いにしえ”と君たちとの対話に割り込んでいる”
“……”
“……お前たちは、お前たちは私を何だと思っている”
古のものの声だ。
阿頼耶識が鳴動している……
強い波動は、次元の閾を超えて巨大な空間を震わせていた。
その感情は、まさに怒り。
だめだ、それだけは、呼び起こさせてはいけないもの……
なんてことをしてくれたのだろう。
阿頼耶識の波、今のオレはそれを見ることができた。
黒いタールのような水面が、まるで恐怖に震えるかのように波打っている……
もしかしてこの阿頼耶識も、生き物なのか?
阿頼耶識からゆっくりと身体を起こし始めた古のもの。
この後胴体から足でも出てくるのか?
違った。
これは…… 蛇だ。
しかし最後の部分までは見ることができない。
あまりの巨大さに、この阿頼耶識の海ですら全体像を見せることができないでいる。
古のものはまるで空間を押し破るように、ここから出ようとしているのか。
空間の歪みと悲鳴、それは明らかに“ヤメロ!”と言っている。
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