第227話 起き上がりしモノの前に

 時間外停止、いつもの動作をしようとしたその時だった。



“魔元帥…… 一洸、私の声が聞こえる?”



 サーラか。

 オレに連絡するということは、余程のことだろう。



“一洸だ、繋がってるよ”



 しばしの間があった。

 何とも言えない息遣いまでもが伝わってくる。


 彼女が今対峙している荒々しい状況、いつものようにコミュニケーターは伝えてくれるようだ。



“同時多発的にネクロノイドが沸いてきた……

私とカミオたちであたっているが、広すぎて手に負えそうにない。

今、特に広範囲に出現したアルデローン帝国領内にいて掃討を手伝っている、周囲の戦士たちにも応援を頼んでいるところよ”



 一足遅かったか……



 アールに状況を確認してもらう。

 地上世界、ネクロノイドの大規模活動が再開され始めているようだ。



“アール、この範囲で同時出現した場合だけど……

各地のバトラー隊の数で対処できそうかな?”


“地表上の機体数は減っていないし、活動停止のものもいない。

かろうじて対処はできているようだ。

特に大きいものが、今連絡のあったサーラたちが対処している場所だ。

下手な範囲攻撃は出来ないかもしれない、量子魚雷を拡張魔法で処理しようとした場合、大陸の何割かは消失してしまう可能性もある”



 リロメラが天使専用の白い機体に翼を広げて降り立とうとしている。



“一洸、何も一度に片付けようとしなくてもいいんじゃねぇか?”



 そんなリロメラを横目に、アンナとレイラは既にスタンバイOKなようだ。

 それもそうだ、大量破壊兵器にばかり頼っていては今後が思いやられる。


 バトラーのパイロットたちは、沸き上がってくる化け物を丁寧に虱潰ししているのだ。



 オレは一瞬固まる。


 ここで外界時間停止をしてもいいのではないか。



 だがその時は出るべきだと直感で感じたので、それに従うことにした。




“サーラ、了解した。

オレもみんなとすぐ出る、何とか持ちこたえてくれ”



 サーラからの返事はなく、そのまま通信は切れた。

 アンナとレイラは、オレのすぐ後ろにいて既に動こうとしている。



“アール、みんなとすぐに出る。後を頼む”



    ◇     ◇     ◇



 ガイアス議長は、警護隊員たちの動かす魔動車で、広がったネクロノイドを見渡せる丘の頂にきていた。


 ゴーテナスの国土を跨ぎ、隣国アルデローン帝国を広く覆い尽くす、赤らみた石灰色の海。


 この海が、元は緑に覆われた森林であったと、誰が想像しえようか。



「これが、ネクロノイド…… あの映像のものなのか」



 魔道スクリーンに映される映像でしか見たことのない、大地を覆い尽くす悪魔を前に、彼はただ立ちすくむしかなかった。



 両手で四角を作っている警護隊員たち。

 ガイアスはそれに倣って、自らも魔道望遠視を行う。


 普段は使わない魔法であっただけに、最初に現れた映像は霞んだものであった。


 しかし、徐々にそれが鮮明になってくる。



 あれは…… あれがラウンドバトラー



 小さな虫のようなヒト型のものは、光と焔をまき散らしながら、地表を消し炭にし続けている。


 その攻撃は確かに有効であるようにみえたが、以前見た映像とは違っていた。



 理由はあきらかだ、あまりにも範囲が広すぎるのだ。

 消しても消しても沸き上がってくる、粘体の悪魔……



 前に見せられた、あの光の玉をもし浴びせたとしよう。

 だがそれでは、この大地そのものを消すことになってしまう、だから威勢を削いでいるというのか。



「ぎ、議長…… 南西の方角を見てください!」



 ガイアスが魔道望遠視を見ていたその時だ、警護隊員の一人が震えながら伝えてきた。


 彼が魔道望遠視の方向を変えると、空間が大きく歪んでいるのが伺えた。



 あれはなんだ。



 あれは…… まるで何かがそこから生まれ出でようとしているかのようであった。


 歪みの中心部分から漏れでる微かな光、それが一瞬で爆発するように閃光したたため、ガイアスは両手で目を覆うしかなかった。



 彼が目から手を離した時、魔道望遠視を作らずともはっきりと見えた。



 巨大な、あまりに巨大な楔が、ゴーテナスとアルデローンの大地に打ちつけられようとしてる。



 星…… 楔形の星が落ちてくるのか、この大地に。



「伏せてっ、伏せてください!」




 ガイアス議長の耳には、警護隊員の声は届いていないようであった。

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