第228話 楔
ゴーテナスのポータルから現場についたオレ、リロメラ、アンナ、レイラたち。
ポータルからの飛行中、その異常は感じられた。
何かが転移してくる。
特別な能力を持っていなくとも感じられる、異常なほどの磁力圧。
ネクロノイドが蠢くはるか上空の空間の歪み、裂け目は遠方からもはっきりとわかった。
あれはミーコの命を奪った、赤黒いデバイスが出てきたときのもの……
身体から汗が噴き出てくるのが分かった。
みんなが危ない。
言うまでもなく、あのあまりにも巨大なデバイスが落下しようとしているネクロノイドの大地、掃討を続けているカミオたちが。
“カミオさん、みんなも聞いてください。
あの空にあるものは高位知性種のものです、最大限の距離をすぐにとって!”
音はそれほどしない。
空間を引き裂くような軋みは、耳に響くというより、高周波の波動となって魂を揺さぶる。
その波動は直接、恐怖という感情になる。
墜ちてこようとしている、ネクロノイドの大地、その中心に……
大地に辿り着こうとしている、小さな星ほどもあるリベット。
オレの声を聞いたバトラー戦士たちは、巨大な赤い悪魔から一斉に離れ散る。
“一洸、ぼくやサーラ、他のみんなでも抑えきれない規模は見ての通りだ……
それと、現在イリーナが戦列を離れている”
イリーナさん。
“アール、イリーナさんの状態は?”
間髪を入れず、アールは返してきた。
“心配はない…… 恐らくは重力制御の連続使用、魔素の供給過剰で食傷気味になっているようだ。
ここからわかる生理的な部分で問題はない”
供給され続ける魔素…… やはり肉体で受けるには限界があるのか。
“イリーナさん、今はゆっくり休んでいてください”
“……一洸さん、ごめんなさい、私……”
彼女から伝わってきた感覚は、阿頼耶識の重力から解放された時に、オレ自身が感じたものに近かった。
まさかとは思うが、重力制御を行使する度に相応の負荷を受けていたのか。
あの人のことだ、その際に受ける部分を言わなかったとしてもおかしくはない。
行使できる人間が少ない理由はそれか。
“一洸、形は違うが、ありゃミーコを殺った蟲やろうの親玉と同じだぜ……”
リロメラは強い戦意をたぎらせながら言った。
殺り合いたくて仕方ない、それが何者か自分で掴みたい、今はあの殺戮天使を抑えるのが第一義かもしれない。
“リロメラ、もう少し様子を見よう。
どうもあの楔、オレたちに向かっているようには見えないんだ”
これは直感も含まれている。
もしも、この惑星上の生物を根絶やしにするのなら、こんな回りくどいやり方はせず、一瞬で殲滅するだろう。
ついこの間、矛を合わせた自分の感覚でそう理解していた。
だがこの“楔”は、ネクロノイドそのものに照準を合わせて、自らを突き刺そうとしているかのようだ。
自分たちが屠られたその仕返し?
オレがそう思っていたその時、アールが伝えてきた。
“一洸、あの高位知性種と思われるデバイスから、ネクロノイドに向かって通信を試みているのが掴めた……
私にも不明な通信方法なので何を言っているのかはわからない。
今後の流れ、予想が多岐にわたっている、くれぐれも気を付けてくれ”
アールにも解読不能な通信方法を高位知性種がネクロノイドに向かってやっているというのか。
“一洸さん…… お話中だった?
さっきから、すごく悪寒がするんです……
しばらく収まっていたんだけど、ネクロノイドの被害が出る前あたりに、時々あった感じのやつ……”
アンナ。
そういえばミーコもそんなことを言っていた。
“……一洸さん、あの、私もなんです、しばらくなかったんですけど……”
公開通信にしてたままだったか。
レイラ、きみもなんだ。
“一洸さん、アイラよ。
あれは心を振動させて伝達してるの。
多分だけど、私たちエルフには古くからある意思疎通方法”
“その、アイラさんなら内容はわかりますか?”
オレはダメ元でお願いしてみる。
“詳細な部分は掴めないかもしれないけど、伝えたい思いくらいなら感じられるかもしれません。
なぜなら、あれはテレパシーそのものだから”
テレパシー。
この翻訳魔法がそう訳したのだ、そのままいわゆる精神感応だと理解しよう。
“魔元帥、気をつけろ。
交渉は決裂したようだ、何かでてくる”
サーラ。
そうだった、君はエルフみたいな力を使えるんだったな。
彼女がそう言うやいなや、巨大な赤黒い楔の継ぎ目から、まるで地獄から吹き上がる黒い血のように、邪悪な蟲たちが沸き出てきた。
“みんな下がって! 絶対に近寄っちゃいけない!”
オレは公開通信のままに精一杯叫ぶと、自然と湧き上ってきた闇の力を纏わせ始める。
黒い闇の力、オレそのものに力が注がれているのがわかった。
おかしい。
蟲のデバイスはオレたちバトラーには目もくれず、大地のネクロノイドにこぼれた水のように広がっていく。
オレは生成されつつあった黒い死神の鎌の手ごたえを感じる前に、深く深く深呼吸をした。
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