第220話 可能性と独占欲
ネフィラの体温を感じながら、オレは考えをまとめる。
ホワイト大佐に相談しなければならない。
これは可能性だ。
あの医療ベッド、テロメアの再生が可能と言っていた。
もしかして、細胞があればクローンの製造も可能かも……
倫理的にどうなのか、という問題を出される可能性もある。
それと、ネフィラには魔法でホムンクルスを作ることもまだ聞いていない。
何故その話にならなかったかというと、単純に事案がなかったからだ。
ある個人にそっくりの生体人形をつくったとしても、魂がなければ意味がないだろう。
今回はその魂がある。
ホムンクルスでもクローンでも、その身体に魂を入れ込む作業、はたしてうまくいくのだろうか……
魂の確保が確認できた時点で、もし可能ならネフィラが提案してくるはずだが……
それはなかった。
今身体を押し付けながら全身で感情を表しているこの魔導士がそうしなかった理由、きっとそれは……
聞いてみるしかないだろう、大魔導士である彼女に、女でもあるネフィラに。
可能性を試すことへの障壁、今のオレには何の問題にもならない。
ネフィラを受け入れるままに、オレの眼はずっと先を見ている。
彼女の熱を感じながらも、まるで別の誰かを想い描いている。
そんな心ここにあらずで抱擁に身を任せきらないオレに気づいたように、ネフィラが耳元で囁く。
「もしも私がこの状態を維持できなくなっても、あなたは今みたいに上の空になってくれるのかしら……
私の心も、この身体の熱も、ここではみんな実体のあるものなのよ」
ネフィラはそう言って、さらに胸を強く押し付けてくる。
「悔しいわ一洸さん……
わたしも女なの、我儘も言うし、嫉妬心も人一倍あるわ……」
「その、ネフィラさん、オレは……」
ネフィラは後ろから頬に頬を重ねて、しっかりとオレをホールドする。
「魂を呼び出せて復活させる、伝わっているものとしては……
具体的な方法は伝説とされていたわ。
今はそれがあるの、あのネクロノミコンの中に」
読むのではなく、感じて理解する本か。
「ミーコちゃんは今眠ってるの……
あの子が静かに寝ている間、あなたの目の前の私を見て」
ネフィラはオレをくるりと回すと、正面から唇を重ねてくる。
それはまるで奪い取るような、強い意思を含んだもので、オレは抗うことができなかった。
腕に込めた力、唇の圧力、吸引力、心の中にまでしっかりと根を張ろうとするような、締め付けるような愛情……
オレは静かに、そしてしっかりと、その気持ちに応えるように、ネフィラを抱きしめ返した。
彼女の細くしなやかな体から紡ぎだされる力は、オレの抱擁に負けまいと更に力をこめて、全身で独占欲を表現する。
前の世界ならこのまま男女の関わりになっているのだろう……
ネフィラに愛を告げられて拒否できる男は、どこの世界にも恐らくはいない。
ここでそうしない、そうしなかった理由、か。
ミーコ……
オレはアールの身体の中で、眠っているミーコの目の前で、ネフィラの愛に応え続けた。
◇ ◇ ◇
ゴーテナス帝国議長ガイアスは、秘書からの伝言を受け取ると、巨人でも出入りするのかと思うほどの巨大な執務室の扉を閉めさせた。
「いいぞ、出ろ」
解き放った“影”の一人が、まるで陽炎が実体化するかの如く、人の姿になる。
「最新の情報です、先ほどの津波の一件に関わるもので……
件の魔族の魔元帥が、空の上で原因と思しきものを撃退した様子が収められております」
軽く呼吸を整えるガイアスは、もう何を見せられても狼狽えるものか、しばらく前に自分に命じた気概を呼び起こした。
“影”は術式を作り、ガイアスの前に巨大な魔導スクリーンを展開する。
さらに術式を掛け合わせ、その映像は始まった。
何もない真っ黒な空間が広がり、そこに縦に裂けるようにして蠢く赤い渦のようなもの。
何かがそこから出てこようとしている。
だがそれをはっきりと視認させない、さらに別の何かの力が働いているのが分かった。
画面が変わり、赤い渦から生まれ出る、光の塊……
夜空に流れる帯を引いた星のような、いや、もっと大きな、禍々しいなにか。
光の塊はまるで生きているかのように、形を変えながら画面をみるガイアスに迫ってくるかのようであった。
だがガイアスは怯むわけにはいかない、その姿をこの“影”にみせるわけにもいかない。
もう驚かない、何を見せられても、だ。
巨大な赤い渦、ラウンドバトラーから放たれる光の杖、雷を纏わせた強く抗う剣のような光によって、二つに分断される。
周りが漆黒の空間だからだろうか、以前見せられた太陽が地上で破裂する映像より比較にならないほど強大な力の拮抗なのは、彼でも理解はできた。
ガイアスは、映像の内容に対して口を差しはさむことができない。
今まで見せられた映像とは次元が違う、自分の理解力など遠く及ばないが故だ。
映像が変わり、眩い光がしばらく映った後、突然死神が現れる。
巨大な鎌を持った史実にある死神、いやもっと忌まわしい、認知することを本能が拒絶するような邪悪な存在……
その死神は、赤い渦から這い出る蟲のような存在を全て鎌で薙ぎ払う。
それは殺戮というより、掃除であった。
火焔魔法で森を焼き払う様子を思い起こさせられる。
後には何も残らない、残ることを許されない、そんな様相だ。
分断された光、突然現れた霞のようなもやを纏った巨大な“手”に、握り潰される。
その様は、決して抗うことを許されない存在に歯向かった、愚かな小獣にしか見えない。
映像はそこで終わった。
「届いた内容は以上です。
どのようにしてこうなったのか等、詳細は一切確認できていません。
すぐにお見せすべきと考え、編集もおこなっておりません」
体が小刻みに震えている、それを抑えることができない。
ガイアスは、どこから何を聞くべきなのか、全く整理がつかない状態であった。
空間に佇む、禍つ神となった魔元帥の機体。
もし、もしもこの力を手に入れたとしよう。
自分の管理のもとに運用できればいい、がその手を一瞬でも離れ、誰かの手にわたったらどうなるのか。
自分たちの、この世界の命運はその瞬間終わる。
「これは、間諜からの声です。
暴走を始めた、鎌を持った魔元帥を止めることは…… 誰にもできなかったそうです。
あの勇者カミオでさえ、後ろから羽交い絞めにして、やっと動きを止められたと」
ガイアスは、ただただ冷たい汗を拭うしかなかった。
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