第221話 それに必要なもの
オレとネフィラはアールから出ると、一緒に権能の移譲物が置いてあるスペースに向かった。
ネフィラと歩いているところをアンナやレイラが遠目で見ているのが分かったが、彼女たちの視線は全く気にならない。
今、オレには重要なことがある。
アーティファクトと思しき品々のなかの一角に、その書物は静かに佇んでいた。
皮のようなものに細かく記された判読不明の書物、ネクロノミコン。
それを手にとるネフィラ。
「“読んで”みるわ。
ここに書いてある内容が、どこまで可能なのかも含めてはっきりさせてみる」
ネフィラのオレへの想いを否定することになるかもしれない。
アールの中で感じた彼女の残り香と体温が、オレにそう思わせた。
だが、ネフィラはやってくれるようだ。
もし、もしもだ。
ミーコが肉体を取り戻すことなく、魂のあるべき場所に還ったとしよう。
それがネフィラの本懐を遂げる一助となるのは間違いない。
ネフィラが方法を見つけながら、方策を示さない可能性もある。
それが彼女の“本意”ならば、オレは敢えて受け入れよう。
個々人の思いは往々にして叶えられないし、互いの想いが合致することなどほぼない。
オレは、今オレの出来うる可能性を突き詰めていくだけだ。
「高位知性種をひねり潰した古のものですが……
あの存在と意思疎通しました。
中継できなかったのは、ネクスターナルの使ったテレパシーとは違った方法だったからだと思います」
ネフィラがネクロノミコンを検分する動きが止まった。
彼女は顔を上げて、オレを見つめる。
古の存在との対話、確認できなかった部分。
彼女にとっての興味深さは、ネクロノミコンより大きいということか。
「ミーコの死に直面して…… 意識が飛んだ状態だった時です。
古のものが話しかけてきました。
“彼”曰く、今のお前は精神だけの存在なので話しやすい、と」
ネフィラは凍ったようにオレを凝視する。
この流れが、大魔導士でありオレを強く想ってくれている女性に強いる何かがあるのだろうか。
「テレパシー、つまり私たちエルフが魂同士で繋がる念波でもないとすると……」
「ある特定の“場所”でしたね。
ネフィラさんが、オレの夢に現れてくれたような、でもあそこほどぼんやりとしてるわけではなく、とてつもない広がりを感じさせる……
この保管域のようなところでした」
ネフィラの唇が、小刻みに震えているのが分かった。
自分が口を差しはさんで、オレの口から語られる事実を狭小化させまいと自制しているかのように。
彼女の口がほんの少し動く。
オレは、自分の考えている可能性を話すことにした。
「多分あそこが、話に聞いていた“阿頼耶識”の入り口のようなところだと思います」
「一洸さん、あなた……」
ネフィラのことだ、オレがその場所を自覚できたのなら、何をやったのかすぐ想像できるだろう。
胸が上下するので、彼女が息を吸い込むのがわかった。
「ええ、ご想像通り魂意鋲は打てました」
ネフィラは本を片手にしながら、もうひとつの手で口元を覆ってしまう。
そんな仕草は、オレの見知った世界の女性と変わらない。
しばらく言葉を発しないネフィラ。
「私…… そうね、そうよね、あの場所って、魔法関連の熟達者よりもむしろ……
バルバルス、あの人に聞くといいわ」
オレはバルバルスのところへ行く前にエイミーに話をすべく、内容を整理してみる。
いきなりホワイト大佐に申し出たとしても、無駄足になる可能性が高い。
魂があって、それを容れるアバターとなるクローンを生成する……
ミーコの細胞が要るのではないか。
そんな話になるだろう。
だが、あの子の細胞って……
爪切りだ。
もしミーコの爪の破片でも残っていたら、あるいは……
いつも使用後は、トラップを外してきれいに吹き飛ばしていたが……
オレの目のつかないところであの子が使って、残っていたとしたら。
荷物の中になる爪切りを探し、オレは破片が吹き飛ばないように、慎重に紙に広げてみる。
あった!
恐らくこれはミーコの爪だ、間違いない。
硬く、少し尖った形状……
オレのものかどうかは、判別してもらえばわかるだろう。
“一洸…… ミーコの魂だが、器となるものは必ずしも生体有機物である必要はない”
アールがタイミングよく話しかけてくる。
話の後のオレの動きを追っていた、アールなら当然の成り行きだな。
鹵獲戦艦ももちろん、ミーコの今後が気がかりなのは手に取るようだ。
“私がそうであるように、チップに収めることも視野にいれられる”
そうか、ミーコが機械の中であっても生き続けられるなら、それもアリか……
アールはいつもと違い、言葉と言葉の間隔をしっかり開けながらオレに伝えてくる。
ふと頭によぎる思いがあった。
アールはアールで、そうしてほしいのではないかと。
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