第219話 魂
オレはネフィラと一緒に、アールの巨大な躯体へと歩いていく。
着地させたままの機体は、AIレイバーたちによって所定の位置に運ばれようとしている。
人間が介在する余地など、このAIの管理するベースにはほとんどないと言っていい。
歩きながらふと考えてみる。
アールの活動していた時代、AIに生活の全てを任せて、人間は一体何をしたのだろうか……
仕事はあっただろう、だが人間など及ばない作業効率で動くAIマシーンに対して、一緒に働く人間はただのお荷物だったのではないか。
そんな話はまだアールとはしていないし、エイミーにも聞いていない。
エイミーたちへの質問攻めを自重していたのは、オレが未だ見ぬ未来への詮索に繋がることを自発的に危惧する、つまらない枷のようなものだった。
世界線が違うかもしれない未来のことだ、聞いてみるくらいは許されるだろう。
オレが元の世界に戻るなどという可能性は、ほぼないのだから。
船体下部に着いたオレとネフィラは、淡い光に包まれたかと思うと、一瞬でアールの身体の中に入れられた。
瞬きする間すらない。
ここに入るのは、あの“魔換炉”のデモ依頼だな。
あの時、アンナやレイラたちと魔素を浴びながらはしゃいでいたミーコの姿が、ありありと浮かんできた。
オレは意図して、あの子を思い出さないようにしている。
その都度、リアルに胸が痛むのだ。
あの子が自分の中でどれほどの部分を占めていたか、これからも思い知らされ続けるのだろう。
以前魔換炉が置いてあった場所とは違う、より中心部に近い、ひんやりとした空間だった。
一本の巨大な柱が立ち、光の走査線が絶えず動いている。
まるで中にある何かを漏れ出さないよう、監視し続けているかのようだ。
“一洸、この中にミーコの魂が眠っている”
アールは唐突にしゃべり始めた。
オレはこの鹵獲戦艦が何を言ったのか、言葉の意味がしばらく頭に入ってこず、黙ったままでいるしかなかった。
ミーコ…… ミーコの魂…… この中に……
え?
“アールっ!”
“ここは…… この鉛の壁の向こう側は、量子の海、虚数空間なのだ。
先程の戦闘の最中、私は彼女の機体が質量破壊される寸前、量子テレポーテーションを行った。
彼女の身体は救えなかった、申し訳ない”
オレは頭が真っ白になった。
喜んでいいのか、泣いていいのか、どう自分の気持ちを表現していいのかわからない。
ネフィラがオレの手を握っている。
彼女から伝わる体温が、これを現実だとわからせてくれた。
「ネフィラさん、オレは……」
ネフィラはオレを抱きしめた。
いつもされているより、強く、暖かく、そして痛いほどに。
「彼女は今、眠っているような、夢を見ているような状態ね。
とても不安定で、儚くて…… それでいて、誰かと一緒にいたい、そんな気持ちが伝わってくるわ」
「わかるんですか、ミーコが今どうなってるか……
オレは、オレは……」
「一洸さん、落ち着いて。
ミーコちゃんはね、今とてもとても不安定なのよ。
危険だと言ってもいいわ。
私は完全に死んでから、幽体の状態であなたに、あなたの夢にアクセスできた。
それは、私があなたに逢いたいと思った気持ちが強くて…… そして、魔法を使えたのもあったかもしれない。
でも彼女は、私が幽体として存在する前の状態、魂が浮遊している、まだ立場が定まっていない段階なの。
普通の魂なら…… このまま然るべきところに昇っていくわ」
オレはやっと今置かれている状況が頭に入ってきた。
肉体は救えなかったが、魂は、心はまだこの世界にあるんだ。
“この特異空間の効用もあるかもしれない。
ミーコは確かに、私の申し出に応えてこの量子の海に導き入れられた。
私が制御しているこの空間、そこにはミーコと、もう一つの小さな魂が静かに眠っている。
ネフィラにこの事実を知らせた時、彼女も確かにミーコの存在を認知してくれた”
もうひとつの小さな魂?
そうか、プルだ。
いつもポケットにいれていたあのスライム。
気を取り直しながら、オレはマジマジと光の走査線が走り続ける量子の海が維持されている柱を見た。
オレの背中に再びネフィラが身体を合わせてくる。
「今はこうしていていいのよ、外の時間は止まったままなんだから。
少し休みましょう」
後ろから手を回して肩に手を当てているネフィラの手に、そっと手を重ねる。
この状態のまま、静かに深呼吸した。
アールの身体の中にある大気はオレの中に入り、今知らされた事実を肺に刻み付ける。
ネフィラの体温と柔らかさを背中に感じながら、オレは落ち着いていく自分を感じていた。
さて、この後どうしたものか。
展開としては、失ったミーコの身体を再生、もしくは別のアバターとなる身体に入れることになるか。
それがどのような方法になるのか、今のオレには想像もつかない。
「ミーコちゃんは見てないわ、他の誰もよ。
もう少し、このまま…… ね、いいでしょ」
黙っているアールの咳払いが聞こえてきそうだったが、それはないようだ。
オレはネフィラの申し出に従い、身を任せることにした。
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