第217話 思念の海のほとりで
赤き悪魔の去った後の空間、一洸の機体の周りに全てのラウンドバトラーが集まってくる。
呼びかけに応答しない一洸、ぼくが一洸の機体のハッチを開けるべく、アールに提言する。
アールは一洸の意識の確認をしているが、反応がないようだ。
ぼくがアールと通信をしていると、サーラとバラムの機体が近づいてくる。
“これはこうやって開けるのよ”
一洸機に接合したサーラが、一洸機のハッチの前に浮かんでいる。
その動きを阻むかのようなバラム、まるで一洸の身を案じるかのように、サーラの一挙手一動を厳しい目で見守っている。
バラムの鋭い眼光をまるで気にしていないかのように、サーラが何かの術式を展開して、ハッチの前で手を動かすとハッチは開いた。
プラグスーツごしに見る一洸は、まるで焦心しきった抜け殻のようにうなだれている。
サーラより先にバラムがコックピットに入り、一洸の安否を触れて確認しているようだ。
まるでサーラに介助させまいとするかのようであった。
ぼくの肩越しにやってきたアンナとレイラがその様子を見守っている。
レイラが泣いているのが、プラグスーツの上からわかった。
アンナは…… 彼女の表情はわからない。
なぜそんなことを気にしているのだろうか。
まるで自分でない何かが、彼の周囲にいるこの子たちの気持ちを確認してほしい、そんな意思を感じずにはいられない。
リロメラは保管域の中だ。
光魔法の術者は…… ここにはアイラと自分しかいない、今はもう。
だが現在の彼の状態、彼を癒すことができるのは、はたしてぼくの魔法なのだろうか。
彼は一点を見つめたまま、まるで心神喪失者のように、茫然としたまま正気を戻さない。
その時、重力の圧迫を感じた。
“私は連邦軍のエイミー少尉です、一洸と連絡がとれなくなったので、かけつけました”
あれは、エイミー少尉の声……
連邦の船か。
間近で見るのは初めてだが、何という大きさだろう…… アールの持つ形状とは随分違うようだ。
“私は一洸の協力者のカミオです、彼は現在心神耗弱の状態にあり、救助要請をお願いしたい”
“了解しました。
彼を一時収容します、皆さんの機体も収容可能ですので、しばし待機をお願いします”
ぼくは再び一洸を見た。
心理的な外傷か。
光による治癒術では難しいかもしれない。
バラムとサーラに付き添われるようにしている一洸は、まだ戻ってくる気配を見せない。
◇ ◇ ◇
声がした。
あの声、古のもの。
“お前の存在がよりはっきりと感じらえる。
さきほどまでのお前ではないようだな”
彼、と呼んでいいのだろうか、その存在はオレに語りかける。
“そうですか……
確かに今の自分は、自分自身を支えることすら難しい状態かもしれません”
オレはこの場所を、再び見つめ直してみる。
真っ暗な海だろうか、海原の先はうっすらとしたものが漂っているせいか、水平線はかろうじて判別できる。
だが自分が佇むここが大地であるのか、それともただの岩礁のような場所なのかさえ判別できず、ただ周囲は無限の大洋が広がり、自分一人が存在を許されているだろうことは認識できた。
“ここは…… ここがどこだかわかりますか?
私の今いる場所です”
“お前に話しかけている私がわかっているのは、お前が先ほどの状態とは違って、まるで私に近いかのような感覚をうけているということだ”
私に近い?
オレは星の守護者のいる場所、というか、存在している状態に近いところにいるというのか。
“私は…… 大切な人を失いました。
現実を受け入れられなくて、おそらくこうして内面にある、心の深い部分を彷徨っているのかもしれません”
“そうだな、お前は今精神だけの存在だ、だから私も話しやすい”
オレは聞いてみることにした。
“ここは、その、あなたの中では何と呼んでいるのですか?”
“……呼び名か。
そんなことを考えたことはなかった。
ここはここだ”
やはりそんな答えか。
不思議な空間だ。
先ほど、恐らくは現実世界で感じていた心の重荷、そこから逃げようとしていた自分の肉体の負荷を全く感じない。
ミーコを失った悲しみも、まるで他人事のようにさえ感じられる。
そうだろうな。
意識をつかさどる存在、肉体のしがらみがない場所、意識の深い深い奥底、ここがあの“阿頼耶識”の入り口か。
オレはこんな状況に置かれていても、それこそ無意識に深呼吸をした。
今のオレは、心の深淵にいるオレは、ネフィラのような状態なのではないか。
オレは試してみることにした。
以前、睡眠中に夢の中で打った、“魂意鋲”。
ここに打てるだろうか。
周りを見回すと、岩になるようなものも、それらしき対象になるようなものは一切ない。
だが足場はあった。
地面、そこに手で“∞”の印を軽く掘ってみる。
それは確かに手ごたえがあった。
まさか、やれるのだろうか。
声がした。
古のものではない声……
誰かがオレを揺さぶっている、暖かい皮膚の感触、頬に触れる暖かい水……
起こされようとしてるのか。
オレは急いで“魂意鋲”を打った。
すぐさま猛烈な吐き気と、全身に感じられる痛みと重み、そして重圧感。
阿頼耶識に魂意鋲を打ったのだ、そんなことをした人間は恐らく今までいなかったのではないか。
オレは無意識の底で気を失った。
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