第216話 引き戻される現実

 「範囲攻撃レベルの量子爆発確認…… 惑星の地表から72000キロ離れた空間の軌道上です……

多数の機体反応アリ……」



 警報とともに、オペレーターの報告が上がってきた。

 スクリーンには直接の映像は出ないが、光点の反応が多数明滅している。


 私は“おじさん”の方を向いた。

 今の彼は完璧なまでの連邦軍人、ホワイト大佐だった。



 「警戒態勢を上げる、各員戦闘配置……

オペレーター、座標から安全な距離を策定…… ジャンプの準備だ」


 大佐の指示が出るのと同時にスクリーンは警戒態勢“2”の表示になり、全艦隊の動向が一目でわかるものに変わった。



 はじまるのね。



 私がラウンドバトラーデッキに向かおうとした時、オペレーターの声が動きを止めさせた。



「ネクスターナル…… いえ、一洸さんの鹵獲戦艦から、傍受した通信のモニター音声が届いています……」


「繋げ、そのまま流してくれ」



 私は先に走り出していたメンバーの後ろ姿を追うことなく、司令室に留まった。



“我々はネクスターナル、今きみたちと話を……”



 ネクスターナルが、何かに話しかけている。

 この星の守護者? もちろん一洸たちじゃないわ…… だとしたら。



 私は一洸がいつもそうするように、深く深く息を吸い込み、静かに吐き出した。



 話がはじまったようだ。



    ◇     ◇     ◇



 ネクスターナルと高位知性種の会話は、オレをはじめとして、ここの空間にいるバトラー乗員、アールたちも聞いている。


 意図して流したわけではないが、恐らくは“星の守護者”たるものも……

 この二つの意識の邂逅を聞き逃すまい、オレの心情としてはその辺りだ。



“この声の主は…… お前たちと同一のものなのか?”



 古のものが、唐突に話しかけてきた。


 同一のもの……


 そう問われると、果たしてその通りだと答えるべきかどうか。

 むしろ、オレの身上から説明を始めてみるのもいいかもしれない。


 少なくともこれはチャンスだと思った。



“元、同一だった存在といえばいいのでしょうか……

先ほどの話にあった、異星種族に遺伝子をいじられ、奴隷として育まれた種族の、袂を分けた一つの方です。

私の側でない、機械に知性を移植した集団へ、組織融合を図ってきた別の集団との対話になりますかね”



 果たして、この説明が通じるだろうか……

 出来るだけかいつまんで説明したつもりだったが、これから受ける質問には丁寧に答えてみよう、オレはそう自分に命じた。



 古のものはしばらく沈黙していたが、静かに話始める。



“あれは…… もう昔のことだが、あの声は私の寝床にやってきて、交換条件を持ち出してきた連中に似ている。

その連中は、私のことをお前が呼ぶように呼んでいたのを思い出した。


様々なものを、私の寝床に置いて行った。


“いずれ、あなたの役に立つ”


そんなことを言っていた。

私にはどうでもいいことだったので、そのまま眠りについた。


昔のことだ”



 様々なもの、寝床……



 あの魔換炉、この機体に内蔵しているマナジェネレータ―、その源をこの星にもたらしたのは、やはりこの高位知性種なのか。


 その時、歪んでいた空間の裂け目が閉じ始めたかと思うと、あっという間に重力の帳が消え去り、何もない通常空間の様相に戻った。



“オールドシーズ一洸、彼らは位相差ゲートを閉じて、自分たちの次元に戻ったようだ”



 ネクスターナルの声が、再びオレの心に響いてくる。


 その時、公開通信に繋がれていたバトラーの乗員たち全員の深いため息、緊張を張り終えた瞬間の安堵感が、一斉に流れ込んできた。



 終わったのか。



 だがオレの心は、何かを思い出したくない気持ちで震えている。

 そうだ、オレは現実に戻りたくないのだ。



“ネクスターナル、力添えをいただきありがとうございました。

その……”


“君の仲間を救うことができなかった、位相差ゲートの安定した場を維持することが難しかった…… 力が足りなかった、本当に申し訳ない……”



 ミーコが…… ミーコが死んだんだ。



 その事実は深く、静かに、オレの全身を逡巡しはじめる。

 怖かったのだ、この瞬間が。



 自覚を始めたオレの肉体は、まるで通電を外された家電製品のように、突然稼働を停止した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る