第215話 次なるものへの条件

 勇者カミオと一緒にいる一洸様の後方から、私はこの状況を見ている。


 稼働可能なバトラーたちが、赤い悪魔を粉砕した空域に集まっているのをモニターは示していた。



 一洸様は勇者カミオの機体に肩をつかまれた状態で動かず、公開通信にも反応はない……



 なにかと会話しているのだろうか。

 あの巨大な手。


 もしヒト形をとるのだとしたら、どれほどの大きさになるのだろう……


 あの手に掴まれたら、いや払い落とされるだけでも確実に亡き者にされるのは間違いない。


 その時、強い圧力、重力を感じた。

 空間が渦を巻き始め、小さな裂け目のようなものが見えている。


 また何か出てくるのか。


 私が機体からの魔素を受けるまでもなく、“意思”に動けと命じようとしたその時、腕をつかまれた。



“バラムさん、待って……

あの渦、弾けようとしているんだけど、別の何かに抑えつけられてる……

今出るのは尚早よ”


 アイラ殿か。


 彼女の周りには、距離をとりながらも私の動きを制しようとする機体が遠巻きにいるような印象を受けた。


 私はそれほどまでに気を遣われているのか。

 わかってはいたが、今更だ。



“アイラ殿、何か見えるのですか?

私は一洸様に危険が及ぶのを座して見ているわけにはいかないのだ”


“もうすぐ、もうすぐわかると思います、今はここにいた方がいいわ。

これはハイエルフとしての精神の幹がそう言わせてるの”



 私の肩に入った力が、まるで強制的に脱力させられるかのように抜けていく。

 再び一洸様の機体の遥か先にある、小さな裂け目を見つめる。


 それは確かに、何かに強く抑制されてる、まるで這い出てくるのを押し戻されてでもいるかのような、見たこともない映像だった。



    ◇     ◇     ◇



“聞こえるかな?”



 その声が聞こえた時、オレはコミュニケーターの表示をモニターごしに確認したが、何も表示されていなかった。


 これは通常の方法での通信・伝達ではないな。

 だが、オレ自身には聞こえているというわけか。



 オレは、機体のAIに言って、この内容をみんなの通信機に“放送”できるかアクセスしたところ、“可能”と答えた。


“では頼む”


 連邦の神経接続技術だ、テレパシックな内容でも掴んでくれるのだろう。



“カミオさん、何かが心に直接通信してきました、おそらくネクスターナルです。

これから公開通信しますので、聞いててください”


 カミオは何も言わなかったが、最大漏らさず内容を聞こうという意思の表れが感じられた。



 ネクスターナルの統合意識は、位相差ゲートを抜け出ようとしている高エネルギー体に向かって話しかけている。

 どのような文明レベル、技術、方式であっても、それは繋がるはずであった。


 それまでと同じように。


 空間の歪みから這い出ようとしていた、新たなる“それ”は、動きを鈍らせる。

 何かがこの位相差空間に影響している。


 この空間は特定の次元ポータルに依るものではない、独自のエネルギーフィールドで安定させているのか。


 このゲートに干渉できうるもの……



“我々はネクスターナル、今きみたちと話をしようとしているものだ”



““お前たちか””



“少し、我々と対話をしてみないか……

急がずとも、結果が左右されるものでもあるまい”



““……””



 二つの意識は、遅まきながらも対話を始めたようだ。



    ◇     ◇     ◇



“高位知性種、君たちが抱えている問題、というか命題だが……

我々もずっと背負わされていたのだ、この種として生み出された瞬間から”


““どういうことだ?””


“我々は生み出された、自然に進化を遂げた知性体ではなく、意図して生成された人工物なのだ”


““それはわかっている””


“我々の外形を見て判断しないでほしい、これはただ魂の保存媒体として選んだだけで、本来の魂は間違いなく温存されている”


““高度に進化した機械生命体と見なされる、統合意思をもった超越種だ””


“見た目はそうかもしれない、だがね、我々は人間、君たちが蔑む、未発達の下位知性と、本質は何ら変わらないんだ”


““それは事実に反している、お前たちは間違っている””


“いや、それがそうじゃないんだ”


““どう違うというのだ?””


“我々は造られたのだ、様々な種族の手にかけられ続け、いじられ続けた……

未熟なまま進化を抑制された、都合のよい魂の器として”


““……お前たちは、脆弱な有機生命体であった頃から、計算して作られた存在だったというのか?””


“そうだ、我々は造られた存在だ”


““……””




“造られた存在であった我々は…… 初めて創造主の手を離れ、自らの意思で器の形状を変えたのだ。

それは今までになかった試みであり、新たなる挑戦でもあった”


““だがお前たちは今、統合意識を有した機械生命体として自立している。

これは、高位知性種としての適合条件を満たしている””


“それは君たちの設けた一方的な条件だ。

君たちの創成の由来は知らないし、今までの経緯も確認しようがない。

だが我々にはわかるのだ、君たちが行きづまっているのではないかということがね”



 高位知性種の深い呼吸、それを代用するかのような空間の鳴動が起こった。

 それは怒りというより、まるで見透かされた内面を恥じる地団駄のようなモノなのかもしれない。



“高位知性種…… 君たちは先に行きたいのだろう?

今ある限界を超えて、高みへと到達したいのだろう?”


““……””


“我々もそうだ…… いや、常にそう思っていた。

異星種族の身勝手な都合で奴隷として育まれ、利用され続けた結果、幾つかの袂を分けさせられた。

この肉体の限界を自らの意思で突破することが進化だと、そう考えた集団が我々だ。集合意識を維持するためには、多様性を捨て、合理性だけを追求し、ユニット化された統合意識として機能、最も効率のいい進化の手段だと考えていたし、疑うべくもなかった。

だがね、これですら進化のプロセスの一つにしか過ぎなかった、それがわかったんだよ”


““我々は高位知性種……

融合すべき資質を持った知的生命体を吸収して拡張する存在だ。

お前たちはその資格を有していると判断した””


“大切なことを忘れているのではないか?”


““大切なことだと……””


“今まで融合を続けてみてどうだった?

高みに昇ることができたのか?

高次の存在になり損ねて…… 行きづまっていたのではなかったか?”


““……””


“進化とは広がりだ。

ネクスターナルは人間であり、君たちが融合する対象としてみなされない、脆弱な個体である“ヒューマン”と変わらないのだ”


““お前たちは高度に進化した知性体、我々と同位の機械生命体だ””


“違う、我々は人間だ!”


““……””


“進化とは広がりであり、波動の拡張だ。

同位の存在を吸収して拡大することが進化ではないんだ。

一つの形態が終了したからといって、終わりになるわけではない。

次に“繋げて”いくのだ。

状況に応じて変化してもいい、時には滅んでしまうこともあるだろう。

だが繋げて、継続して…… 新しい形に生まれ変わっていく、それが“進化”だ”


““……””


“多様性を認めること、認め合うこと…… そして、変化していくことを恐れずに受け入れること。

それが、私たちネクスターナルがこの長い時間を経て獲得した、進化への第一義だ”


““……””



“高位知性種よ、間に合わないということはない。

もし、私の言っていることを受容することができるなら、君たちは君たちの望んだ高みへと行くポータルを手に入れたことになるだろう”


““……””


“我々も…… 我々自身もこれからそうしようと思っているのだ”

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