第214話 初めての対話

 巨大なる“手”は、赤い悪魔を握りつぶし、拳を握ったままになっている。


 今まで感じたことのない、永遠の数秒のような気がした。



 オレの機体に手をかけたままのカミオは何か言っていたようだが、今彼の言葉はオレの意識に入ってこない。


 サーラ、バラム、アンナ、レイラ、そしてアイラ、その後に続く機体が、この空間に集まっているのを、モニターは示している。


 “手”が動き出すのが、予感でわかった。


 オレの機体に手をかけたままのカミオの警戒心が跳ね上がるのがわかる。



 これは“振動”なのか…… 特定の周波数のようなものだろうか、自分にそんな力があるとは思っていなかったが、今確かにオレは“振動”を察知して、動きを読むことができる。


 “手”は、握りつぶした赤い悪魔の残骸を開放した。


 広げられたそれは、破壊されたデバイスが、ただ一方的に圧壊させられた事実を見せつけている。

 もし、あれに掴まれたら死以外の結果はもたらされないだろう。


 オレは人間以上の、いや、あらゆる生命の頂点に立つであろう存在に話しかけた。




 “ありがとうございました…… おかげで悪魔を退けることができました”




 何といえばいいのだろう、などと考えるまでもなく、直観に従ってオレはセリフを吐き出してみる。




“いいかげんにしろ…… 何故私の眠りを妨げる?”




 “手”、今はまだ見えない、その主たる存在は直接精神に応答するように、言葉を伝えてくる。


 これはもちろん、コミュニケーターによるものではないし、ここにいる存在全てが聞いているだろうことはわかった。


 軽く深呼吸し、そのまま続ける。



“妨げたつもりはないんです、この星にふりかかる災禍を振り払っただけですよ”



“いずれにしろ許しがたい……”



 やっと話らしきものができるようになった。

 ここまで長い道のりだったが、少なくとも意思の疎通はできた。


 記念すべき瞬間だ。


 “許しがたい”か。


 これまでのように、ここで機嫌を損ねて消えられては元も子もない。

 まずはその忌避感と迷惑を労っておくか。



“本当にご迷惑をおかけしました……

その、あなたはこの星の守護者、管理者存在なんですよね?”



 この聞き方がよかったどうか、それはわからない。

 以前ネフィラに相談した時、問いかけの内容は軽く精査してあったが、このタイミングで接近遭遇を迎えるとは思ってもいなかった。



“守護者? 私は私だ…… 守護者とはなんだ?”



“星の守護者…… 古のものとも呼ばれています”



 しばしの沈黙があった。

 何か考えてくれているようだ、これはいい兆候なのだろう。


 少なくとも、一方的に無視されるわけではない。



“お前…… そうだ、お前たちだったな。

今の煩わしいものは、お前たちが呼んだのか?”



 オレはしばし固まった。

 そう言われれば、そうだとしか言えないかもな。



“呼び込んだというわけではありません、しいて言えば因縁をつけられ、迷惑をかけられたのです。

私は一洸と申します、あなたのことは何と呼べばいいですか?”



 また一瞬の沈黙があった。

 言いにくいことなのだろうか……



“私は…… 私だ”



 すごい返答だな。

 ここからじゃ時間停止…… そうか、戻って時間を止めてしまえば、この対話の対策もたてられるか。


 だが、オレはこのまま話を続けようと思った。



 オレの中にある巨大な空洞、毟られてしまった心のその部分を思い出したくない、そんな気持ちが今のオレを占めている。



    ◇     ◇     ◇



 一洸さん、やっと話ができたわね……


 私は4Dスクリーンが映し出す映像を見ながら、まるで少女のように手を合わせて胸の上に置いている。


 この気持ちは何?


 まるであの人に逢って、彼が失った心のかけらを埋めたくて仕方ない、そんな気持ちなの?

 こんな心の動き、もちろん初めてだし、私はどうしていいのかすらわからない。


 古のものとの対話……


 史実になかったそれを、あなたは今やっているのよ一洸さん。



“アール、俺のバトラー、どんな具合だ?”


“今対応している…… あともう少し時間が必要だ”



 リロメラ、あなた出る気なのね。

 そうよね、極めて危険なこの状況…… あなたならそうしたいはず。



“ネフィラ、あの声よぉ、あれがこの星の神なのか?”


“そう、少なくともその役目を担ってきたであろう存在かもね”



 私がそう言ったのを咀嚼して安心するように、リロメラはスクリーンに目をやった。


 もう出たくて仕方ない、異世界の存在が放つピリピリとした波動を、生きていない私の身体は感じている。

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