第213話 微かな断末魔
あれ、何?
虚空の中にあって、さらに濃い“闇”を纏い、まるで邪悪をを引き裂くために現れた、さらなる邪悪とでもいうべき近寄るべきでないモノ……
アイラ、しっかりしなさい。
あなた、姉さまの大切な人を、あの人が初めて感じさせた自分の未来、その一部を担おうとしている人を守るために、今助けるためにここにいるのよ。
でも、私じゃ近づけない……
あの姿は、古より伝え聞いた邪神……
悪しき神を倒すため、神と同じ力を持った神を別の世界から呼ばなければならなかった、救いようのない世界の終末に現れた、神を殺すための神……
姉さま、わたし、どうすればいいかわからない……
◇ ◇ ◇
一洸さん、お願い、もういいから……
わたしは、ミーコちゃんのいなくなった空間に佇んでいた。
赤い渦から出てきた虫のような大きなモノは、光る鉄粉をまき散らしながら、私たちに向かって襲い掛かってくる。
それぞれ戦える機体は戦闘に入って。
もちろん私も。
でも一洸さん、あなたの乗る機体……
今見えるのは、私の知っているそれじゃなかった。
頭をポンポンとしながら、私の頭を優しく抱いて、涙を受けてくれたあなたを私は失いたくない。
“レイラ、気を使わなくていいんだよ”
そう言ってくれるあなたが、すごく好きです。
何になってしまったの。
まるで黒い魔王、いや、もっと邪悪なもの……
一洸さんは狩りを楽しむ破壊神のように、虫たちをなぎ倒して飛び回っている。
彼から離れたところで、物凄い閃光……
リロメラかカミオさん、多分。
アイラさんかもしれない。
一洸さん、私じゃミーコちゃんの代わりにはならないかもしれない、でも、あなたがあなたじゃなくなってしまうのを見せられるのは…… 私堪えられない。
帰ってきて一洸さん……
これ以上先にいってはだめ。
“一洸さん!”
私は彼の機体に向かって叫んだ、けど、一洸さんは目もくれずに殺戮に憑りつかれている。
あれは敵、今倒すべき敵、それはわかってます。
このまま行ってしまったら、その先に行ったら…… もう、私の知ってるあなたじゃない、そんな気がします。
そうなったら、私はどうすればいいの……
◇ ◇ ◇
オレはアールの製作したラウンドバトラーの扱い方を、今日初めて知ったような気がした。
これは乗り手の思い次第でどのようにもなるもののようだ。
“走る凶器”などと、一部の人間から呼ばれた、人間生活に欠かすことのできない自動車。
車も扱う者次第でどうにでもなる。
オレは、あの虫のような高位知性種のデバイスを薙ぎ裂いて周ることに、何のためらいもない。
この“鎌”は、特段意識したものではなかった。
オレの内なる心、深い深い淵の、さらに下にある“意思”が、これを生み出したのだろう。
そうとしか思えない。
鎌はオレにあの赤い虫を、餓えた獣が死肉を貪るように、“敵”ならぬ“適”である獲物を求めて飛び回らせた。
鎌に操られずとも、オレはこのまま一匹残らず狩り尽くす、一体どのくらい湧き出てくるのか、いや何匹でてこようともオレは狩りつくす、お前たちが死に絶えるまで。
こうしている間は、少なくとも思い出さずにすむ。
もっと、もっとよこせ…… お前たちを殺している間は、オレは……
◇ ◇ ◇
狂った悪魔、いやあれこそまさに死神だ……
やはりそうなるか。
ぼくは一洸の機体が、あの赤い渦に向かって突き進んでいるのを見た。
ダメだ、あれはこの世界のものじゃない。
あの赤い渦、その中に入ったとしたらいくら君でも恐らくは……
ぼくは一洸の機体に背後から近づき、両腕を抑えた。
“もういい…… 戻ってくるんだ一洸”
一洸の機体に手をかけたその時だった。
突如、虚空を裂いて現れた巨大な、あまりにも大きな何かが、ぼくと一洸の機体に迫った。
ぶちまけられた水のように、直中にいるぼくと一洸の機体は、避けることも逃げることもできない。
違ったようだ。
巨大なるものは、ぼくと一洸をまるで路傍の石を避けるように通り過ぎ、その先にある赤き渦めがけ、空間を突き進む。
赤き渦を包み込むかのように掴んだ“手”は、それをあっさりと握りつぶす。
音も衝撃も全くない。
断末魔のような、波長に乗って響いてくるような苦悶が、わずかに聞こえたような気がした。
“危なかったな一洸……”
ぼくは確かに彼にそう言ったが、一洸に聞こえていたかどうかはわからない。
一洸の機体は、凍り付いたように動きを止めている。
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