最終章 爽酷清編

第212話 デスサイズ

 サーラが一洸の機体に接合した。


 彼女の機体は、損傷こそ受けていないが、相当なエネルギー発散量だったはず。

 すぐに機体が補完するとはいえ、サーラが今まで経験したことのない魔素エネルギー交換と代謝を経験したはずだ。


“カミオさん、わたしたち…… どうしましょう”


 ぼくのチームのメンバーが通信してきた。

 そうだよな、しっかりしないと。



“行動可能な各機、操縦不能者及び行動不能機体を至近のポータルまで曳航”


 ぼくは今とるべき対策をとった。


 虚空に漂っている、一洸の機体。

 サーラに続くように、他の機体も集まっている。



 バラムの機体が弱々しく移動している。


 バラム……



 彼女の魔素転換量も、それまでのものとは桁違いだったはずだ。

 状況をみたが、今の時点では……


 いや……


 そう思っていた時だった。


 虚空が歪み、何かが無理やり、空間から這い出てこようとしている。

 見たこともない、赤い光の渦。


 宇宙空間の視覚映像が、まるでハリケーンのように渦を巻きながら、何かを押し出そうとしている。



 何という大きさだろう……



    ◇     ◇     ◇



 オレは活動を停止した機械のように、ただ空間を漂っていた。


 思考がこの肉体を支配することを拒絶している。

 精神の活動は、今は…… 頼む、オレを、オレの自我を呼び起こさないでくれ。


 思い出したくない、自分が自分であったことを。


 何があったのか、何を想っていたのか…… 何をすべきだったのか、そして、何を失ったのか……


 やめろ、オレを起こすな。




“一洸さん…… 一洸さん!”


 サーラの呼びかけに、やっと応答するオレ。

 彼女が再びオレの機内に入り、彼女と接見する。


 オレは彼女が入ってくる様子を、まるでスクリーンの映像でも見ているかのように眺めていた。


“一洸さん!”


 サーラがオレの両肩をつかんだ。


 それでも反応しない…… いや、反応することのできないオレのフェイスシールドをオープンし、直にオレの目を見つめて言った。


 まるでデジャヴのような映像……



「しっかりしろ杉本一洸…… 私が、私と戦うまで、あんたは…… あんたは生きなきゃいけない! 強く、立って、戦わなくちゃいけない! あんたを倒すのは…… 倒すのは」


 サーラがおれの唇に…… おれにキスしてきた。


 オレは……




 オレは自分が何をされているか、その時まるで思い出すかのように、全身に電撃が走って目醒める。


 機体の外、アンナが機体から出てそれを見ている。


 アンナと目があった。


“ちょっと!”


 アンナがコックピットから飛び出してきて、サーラとオレの間に割って入ろうとする


 アンナ、サーラをオレから引きはがしながら、


“一洸さん…… みんなを、みんなを導いて…… 私たちは、あなたについてきたのよっ!”



 オレは我にかえった。


 それは心のない、肉体だけの条件反射のように、そうすべき何かに導かれるように。




 赤い渦から這い出てきたもの、今まで見せられたどのデバイスよりも巨大で、禍々しい意思をもった“悪魔”であった。


 悪魔から出てきた虫のような機体が、オレと悪魔の周りに散らばったラウンドバトラーに襲いかかる。



 各個撃破しはじめているラウンドバトラー戦士、負傷者や戦闘不能者はポータルに集められていて、戦闘可能なものが戦っている。



 起き上がったオレに、一瞥をくれるように自分の機体に戻るサーラ。

 それを横目で睨みながら、下唇を噛んでオレを見つめるアンナ。



 拳を握っている。


 いいよアンナ、オレを思いっきり殴ってくれ。

 だが彼女はオレの意図を汲むことはなく、オレを抱きしめた。


 ミーコやレイラより小柄な彼女は、下から首を抱き寄せるように、両腕を首にまわしながら、しっかりとオレに抱き着く。



「一洸さん…… あなたは、あなたはわたしなんかいなくても生きていけるし、強くやっていける人……

そう思っていたし、今も思ってる。

だから、ずっとそう思わせてよ……

あたしなんかいなくたって生きていけるって、頑張っていけるって、見せてよ……

でないとわたし……」



 アンナは泣いている。


 アンナ。


 きみがそんなことを言うなんて、思いもしなかった。




“一洸、高位知性種のデバイスだ、内部からかなりの数が出てきている……”


 いつものアールの抑揚のない声ではない。


 高位知性種……


 きさまたちは許さない、絶対にだ。




 オレとアールの通信を横で聞いていたアンナは、涙を拭いながらオレから離れる。


 離れる時もまるで名残惜しいかのように、プラグスーツごしに触れた手をゆっくりと離しながら、自分のマシンに戻っていった。


 ありがとうアンナ。


 オレは、君の気持ちに応えられるような、応えてあげられるような資格のある人間じゃない。




 オレは、今目の前にある敵を倒す。



    ◇     ◇     ◇



 一洸様、申し訳ありません……

 私の力がもっとあれば、ミーコ殿を、あの子の光を守り切る力があれば……



 一洸様の機体に接合している赤い機体と青い機体。

 あれはサーラ、それにアンナ殿の機体か。


 2つの機体がゆっくり離れるのが見えた。


 他のラウンドバトラーは、あの赤い渦から出てきた、今まで見たことないほどの大きさの化け物から出てきた、虫のようなものと戦っている。


 一洸様、私はあなたを守らなければならない。


 そう思っていた時だ。


 サーラとアンナ殿が離れた途端、一洸様の機体から黒い闇が溢れ出てきた。


 まるで内部から、どす黒い思念が湧き出て、それを身に纏わせるかのように、一洸様の機体は、その実体を確認することができなくなってしまうほど、濃い闇を纏わせている。



 闇が形をとっている。



 それはまるで死神のデスサイズのように、機体と同じほどの大きさの“鎌”に形を変えはじめていた。


 そういう使い方もできるのか。


 その姿は、往年より伝えられていた、正に“魔王”……


 いや、死神か。


 死神は黒い影を纏わせながら、巨大な鎌を振りかざして、虫のような機体を蹂躙しはじめた。


 死神が鎌を一振りすると、空間に黒い波動がふりまかれ、横なぎに全てが飲まれていく……



 虫を振り払いながら、蹂躙と殲滅の化身となった一洸様……



 なんという恐ろしい姿だろう。

 私たち魔族の頭は、あれほどまでの恐怖の化身だったというのか……


 その死神が進もうとしている後を、白く眩い機体が追っている。



 勇者カミオだ。



    ◇     ◇     ◇



 あの子が光魔法を放ち続けて、そして高エネルギー体の制御下に入った瞬間、その周囲の時間が停止していた。


 私は量子テレポートで、自分の作ったデバイスに転移、そこで何が起こっていたのかを見た、いや感じた。



 エネルギーの源である存在は、デバイスの制御支柱である“意識”をとらえようとしている。


 あれは…… そうか、彼らも知ろうとしていたのか。



 私は意識に語り掛けた。


“聞こえるかい?”


 意識は自分が今、どういう状態かをわかっていないようだ。

 まるで周りをみまわすように、注意を巡らせている。



“これに触れてごらん…… 大丈夫、触れるだけでいいから”


“あなた誰? 聞いたことない声……”


“この声はぼくの本当の声、人間だったころのものだから、きみがきくのは初めてだよ”



 彼女は驚いているようだったが、すぐに私の“手”に触れてきた。

 その時彼女の傍らにいた、小さな小さな意識も一緒に、触れてくる。


 そうか、きみも一緒に連れていこう。


 二つの小さな魂を、私の中にある量子の海に誘い、私は量子テレポーテーションを終了した。




 その二つの心は、今確かに私の中にある。

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