第211話 ミーコ

 オレは外界時間停止を解いた。


“ミーコ…… 聞こえるかい?”


“おにいちゃん…… よく聞こえるよ”



 ミーコの泣き出しそうな声が、胸の奥まで響いてくる。

 時間の許す限り労いたい、もっと声を聞いていたい、素直にそう思ってしまう自分がいた。


 オレはミーコにやってもらう作戦を話す。



“いずれにしろ、あまり時間がない…… 今そこにいるミーコにしか頼めないんだ。

危険が伴うけど、頼む”


“いまさらおかしいよおにいちゃん…… 危険なんて、当たり前じゃん”


“……そうだな”



 オレはもっと気の利いたことを言いたかったし、なによりそんな言葉を持っていない自分に苛立ちを覚える。


“これ終わったらさ…… あたし……”



 オレはミーコの願いを聞いてあげよう、許される限りを超えて、この子の望みを叶えよう、きちんと自分の思っていることを言おう、そう思った。


 ミーコの話は、アールの強制暗号通信で中断される。


 そう、あとでな。



 こんな、フラグじみた話にもっていくつもりはなかったのだが、今はその時間もない。



“ミーコ、オレはさ……”


 言葉にならないそれを、声にならない気持ちを、オレは自分自身に話し続けた。




 アールの暗号通信は、これから行う作戦の概要を手早く認知させるものだった。


 稼働可能な機体は、停止したバトラーを曳航してポータルまで運び、彗星から距離をとっている。


 アンナ、レイラ、カミオ、アイラ、バラムらは、彗星から距離をとりながらも、オレの機体から一定の距離を持って待機している。




 サーラは準備ができたようだ。


 ポータルから先にでたサーラ、巨大な柱状の焔の帯を回しながら、彗星に向けて放ち始める。



“思い込むことが大切よ、余計な思念は奴らの付け入る隙になる”



 サーラは焔攻撃に集中し、ネフィラの言った、精神感知を防ぐ自己防御を忠実に守っている。



 これはタイミングが大切だ。



 彗星が大気圏に最も近づくポイント、その至近にあるポータルへ転移すると同時に閾影鏡展開、アールの量子魚雷グレード3を放つと同時に、ミーコの光魔法を纏わせて奴にぶつける。



 時が来た。



 サーラの陽動攻撃に気を取られている彗星は、突然現れたオレの機体に怯んだように見える。



“閾影鏡発動!”



 オレは素早い動作で発動、アールが放った量子魚雷の光にオレの機体は包まれる。



“いまだミーコっ!”



 ミーコの光魔法は、アールが放った光の暴威を、さらに光で包み始める。

 宇宙空間が振動し、この空域そのものが鳴動するように軋んでいるのがわかった。


 今、この術式を壊されれば全てが終わる。

 光弾彗星は惑星へと降下し、多くの命と財産が失われるだろう。


 コミュニケーターから、ミーコの苦しむ声が聞こえたような気がした。

 オレは展開している術式を維持することに集中する。


 継続して放たれるアールの量子魚雷。


 熱も圧力も感じないが、閾影鏡を維持するための魔素流量は膨大であり、瞬時に補完されたとしても、その負担は相当なものだ。


 ミーコも同じ負荷に耐え続け、量子光は魔法光に纏われ、導かれて彗星に直撃し続けている。


 彗星が動きを止めた。


 巨大な光の暴力がぶつかり合い、泣き叫んでいるような空間の鳴動が続く。

 奴が何をしようとしているのかわかった。


 飲み込むつもりだ。


 核を使って、自分ごと葬り去る、最後の力をそれに使うために。


 負けるものか。



 ミーコ…… たとえきみが、きみの魔法が解かれても、おれはこれを止めない、飲まれるのはオレだけでいい。


 彗星が、オレの少し前にいるミーコを、オレごと飲み込むべくまさに目の前に迫っている。

 力は大分拡散されたはずだ、だがその核はまだ生きている。


 電磁攻撃だ。


 電磁波が当たる前に躍り出たのはバラム。

 バラムは全身をプラズマで覆い、オレのすぐ下方に位置して核から放たれる電磁波を分散させてくれている。


“バラムさん、危険だ、離れて!”


 バラムは聞こえているはずだが、オレの指示を無視してプラズマを放ち続けている。

 プラズマの勢いが増し、まるで放電の濁流が光に纏わりつくように踊っている。


 なんという威勢だろうか……


 ミーコの放つ光魔法の覆いは、バラムのプラズマをさらに押し広げるように拡大していった。

 彼女の魔法光は、それまで見たどの光魔法より強大で眩く、とてつもない強制力をもって、量子光を誘導して悪魔へ叩きつけている。


 これが、ミーコの持つ力……


 閾影鏡を展開するオレの前方に位置し、量子光を纏め上げるミーコ。

 そのミーコの機体へ、まるで襲い掛かるように、悪魔の彗星は最後の力を発揮しようとしていた。


 だめだ、ミーコが飲まれる……


 ミーコっ!



“……おにいちゃん、閾影鏡を壊しちゃだめ!

あたし…… あたし絶対このまま、このまま光を守るから……”



 ミーコ、だめだ、もういい……


 オレは言葉にしようとしたが、心の中にある何かが言わせなかった。

 まるでもう一人の自分が、“今お前のやるべきことをしろ”と言わんばかりに。


 そうだ、オレは、オレはミーコを守らなくちゃいけない。

 オレがすべきことは、あの子を、あの子と……



“おにいちゃん、あたし、おにいちゃんに逢えて幸せだったよ、本当に、本当に、今までありがとう……”


 ミーコはできるだけ感情を抑えながら、コミュニケーターに話しかけている、それが痛いほどわかった。



“ミーコっ!!!”



 オレは、情けないほどの声で叫んだ。


“おにいちゃん、もっと、ずっと、おにいちゃんといたかった、あたし、おにいちゃんといられるだけでよかったんだ”


 ミーコは、泣き声になるのを必死で抑えている。

 違う、オレは、オレはそんなことを言わせたいんじゃない、違う!



“おにいちゃん、あたしのこと、たまに思い出してね……

あたしは、あたしは、どうなっても忘れない、死んでもおにいちゃんのこと、絶対忘れない”


 オレは声にならない声を上げる、与えられたこの運命をただひたすら呪った。


 こんな、こんな最後のために頑張ったんじゃない、ミーコがいなくなった未来なんて見たくない、そんなものが欲しかったんじゃない、絶対にいやだ、オレは、


“大好きだよ…… 一洸、ずっと……”


 ミーコは、初めてオレの名前を呼んだ。

 いくらお願いしてもおにいちゃんとしか言わなかったミーコ。



 ミーコ……


 ……




 眩しい光、最後にオレが見せられたもの。

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