第205話 誰かのための

 連邦へ一つ目の衛星を軌道上に乗せる協力依頼をした後、特異点センサー衛星の配置は順調に進んだ。


 あれから惑星時間でほぼ丸一日、エネルギー光弾の続弾はない。


 アールが作った192個の衛星、オレは休み休みであったが、一つ一つに“魂意鋲”を打ち、Satelliteの“S-000”で始まる番号を打ち続けた。



「一洸さん…… その、星の外に窓を繋げられるって、みんなに説明してませんよね?」


 そうだ。


 アンナたちといる状況と、バトラー要員に与えられているものは違うのだ。

 うっかりしていたが、拡張された転移能力で、今まで秘匿する必要があった、ぐらいの説明でいいだろう。


 多分……



 配置作業にはバトラー全搭乗員が総出であたり、“一号機”を起点に、惑星をとりまくように帯状に展開、配置完了後に随時搭乗機を回収し、保管域より次の衛星を持ち出して配置するという手法をとった。


 ラウンドバトラーの機体性能のおかげか、配置作業は6時間程で終了、惑星の外周を監視し、目的地点の近くまで転移するための移動ポータルネットワークが完成した。


 これで、この星に迫りくる脅威は衛星に感知できうる範囲で対処可能となる。



“これはなかなかの防御機構だ。

最短のポータルから目的ポイントまでの時間は、おおよそ数分、現状この惑星の監視体制としては申し分ないだろう”



 アールには突貫作業で、衛星をレプリケートしてもらった。

 192個の特異点センサーを付けた移動ポータル衛星の準備がこの短時間で済んだのだ、確かに驚異的だろう。


 オレ自身の作業としては、192個の衛星に、“魂意鋲”を打っただけだ。


 192個である。


 この保管域だから可能であり、魔素補完のない地上では絶対不可能だった。


 それでも休み休みで打ったので、それなりの負担だったのは否めない。



 ミーコは珍しく落ち着いた表情をしたままだ。

 信じてくれているのだろう、そう思いたい。


 アンナはこの絵を説明した後からずっと、硬い表情のままだった。

 この子のことだ、何かもっと合理的な方法が思いついたのかもしれないが、口を差しはさむようなことはなかった。


 レイラは、ただ動向を見守ってくれている。



 三人娘たちは、それぞれにポータルの配置で効率よくさばいてくれたので、配置の段階で、オレは惑星を外観する4Dスクリーンを見守りながら、ネットワークが出来上がっていくのを見ていただけだった。




 オレは、ネクスターナルに現在の状況を説明した。


“最初の光弾から、相当の時間が経っている。

これは予想だが、あの初弾はテストであった可能性がある。

光弾の規模、速度等は、初弾を遥に超えたものになる可能性があり、我々も軌道上に展開しているが、次の流れが読み切れない、くれぐれも用心しておいてほしい”


“ありがとうございます、可能な限りこちらで対処できるよう努めます”


 そうは言ったが、果たしてアールの言う通り、威力がけた外れだった場合は……



 オレが死ねばいいだけだ。


 だが、この保管域に準備してくれている人たちを、そのまま無限時間の虜囚としてしまうことになる、その方が問題だろう。



 オレは死ねない、失敗するわけにはいかない。



 作業を終えて、寛いでいるバトラーのパイロットたち。



 負けることは、この人たちの笑顔を否定することに、裏切ることになる。


 オレにとっても、この星は第二の故郷になろうとしている…… いや、おそらくそうなるだろう。




 アンナが何か言いたそうだ。


 彼女はまるで怒っているかのように軽く睨みつけている。



「一洸さん、外宇宙に出る時って…… やっぱり、一洸さん本人がでるんですか?」


「……ん? そうだよ」


「以前の戦闘の時、“影”をうまく使ってやりましたよね、あれ、出来ないんですか?」


「閾影鏡に限らずだけど、影に魔法を行使させた場合、本体ほどの力が発揮できないんだ。

光弾の威力が想定を超えたものだった場合、閾影鏡の展開は、全力で行う必要がある。

“影”でカバーするのは…… 無理があるんだ」



 アンナは珍しくオレの手を握ってきた。


「もし、もしよ、一洸さんにもしものことがあったら…… って、考えてほしいんです。

今のあなたはもう、自分のことだけを考えていい存在じゃないはず、この計画はあまりいいものじゃないと思います」



 アンナがオレの手を握る力が強くなった。


 眼鏡の奥からキッと見つめる強い視線、本意なのだろう。

 彼女の言うことはもっともだ、オレはもうオレだけのことを考えていればいいわけではない。


 ミーコのことも…… この子たちのことも。



「……その、すまない。

アンナの言うことはもっともだよ。

オレはみんなが出来るだけ危険を背負わない方法を考えてきたけど、オレが死んでしまったら、きみたちも困るもんね」


「違うのよ…… 困るとかそんなことじゃなくて…… あなたは何もわかってない……」


 アンナはさらに力を強くしてきた。

 はっきり言って痛い。



「私も出ます、一洸さんが外宇宙に出た時に展開した閾影鏡から、一緒に撃ちます」


 オレはその要望を否定しようとしたが、いつの間にか後ろにいたレイラに遮られた。


「……あ、あの、私も、一緒に出ます、それで、撃ちます。

わたし、一洸さんに何かあった時…… 多分、わたしじゃ頼りないけど…… いないよりはいい、きっと、何か出来ます」


 レイラは手こそ握っていなかったが、視線をそらすことなくしっかりと向けてきている。



 何も言えないな。


 今のオレが、この子たちに言えること……

 素直に頼ってみよう。



「ありがとう…… その時は一緒にいてほしい」


 アンナのオレを握る手の力が、少し優しくなった。

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