第198話 嘘の限界

 オレはどうしても聞きたいことがあったので、エイミーが視線をこちらに向けるのを待った。


 彼女の顔は硬い印象のままだったが、オレの表情を見て少し解きほぐしてくれたようだ。



「地球の混乱の歴史なんて、語りたくないでしょうね……

その異星人から資質を認められた人たち、認められなかった人たち、争いがあったのはわかりました。

エイミーさんたちは、どちら側だったんですか?」


「どちらでもないわ、元々分裂する必要なんてない、同じ人間だったわけだし」


「でも異星人からの招へい、というか、異星人社会への参加資格が得られたんですよね?」


「ええ、確かにあったわ。

その人たちはその人たちで、次代の担い手として生きてもらった。

でも大多数の人たちは、そのままの人たちだった。

私の両親もそうだし、この船に乗っている人たちもそうよ」



 そうだろうな。


 突然遺伝子を改変されまくり続けた、お前たちの中から素質のある者だけを召し上げる、なんて言われても“は?”だろう。


 オレは元の世界でそのタイミングに出くわしても、間違いなく“素質のない普通の人間たち”の中の一人だったはずだ。


 エイミーはしばらく黙っていたが、再び話始めた。

 まだ話していない、話すことが躊躇われる事実があるな。



「これは…… 話すべきなのかわからないけど、あなたのいた世界の未来じゃない可能性もある、別の世界線かもしれない前提で聞いてね」



 オレは息を止めて聞き入る。



「私たちの地球…… 地上で生活していたけど、人間は地上に住む人たちだけじゃなかったのよ」



 そうきたか。


 この世界に転移させられて、驚くための神経が麻痺しているのはわかったが、ここまでオカルトじみてくるともう何でも来い状態だ。



「それは、遺伝子改変された人類だけではない、ということ?」


 エイミーは、自分が学んだ史実を正確に伝えるべく、脳内記憶を整理しているように見える。



「私も…… あんまり得意な分野じゃなかったから、かいつまんで話すわね。

過去に様々な文明があって、栄枯盛衰を繰り返してきたじゃない?

一番古いと言われるシュメールから始まって、メソポタミア…… あとは…… そう、レムリアとかアトランティスは知ってるわよね?

その文明の発達を促してきたのが異星人たちで、人間は文明ごとに改変を加えられてきたみたいなの」



 完全にオカルト、SFだな。


 今オレがいるこの瞬間以上にSFを感じさせてくれる彼女に、尊敬を増さずにはいられなかった。



「でもその人たちは滅んでしまったんですよね?」


「そうじゃなかったのよ……

そういった文明はほとんど戦争で滅んだのだけど、全ての人間が滅んだわけではなかったの。

彼らの一部は世代ごと、文明ごとに地下に潜ったわ……

“地底人”としてね」



 オレはその時、自分がどんな顔をしているのか想像もせずに、ただエイミーの口元を見つめていた。


 彼女はそんなオレの意識の所在を確認するように、オレの肘を握る。



「……一洸、大丈夫?

こんな話って、あなたの時代の人は受け入れられるのかしら。

私も歴史として知っているだけで、現場を見たわけじゃないから、そのつもりで聞いてね」



 オレは強く瞬きをして、外観デッキに立つ“一洸”に戻った。



「すいません、あまりにもSFチックな話なんで…… 少々驚いているだけです」


「そうよね、大混乱の元凶ともいえる要因だもの。

異星人たちからの意識改革の申し出があった時、地下に住んでいた地底人たち……各世代ごとに7つの文明があったわ。

その人たちの同盟の代表が、地上人にコンタクトしてきたのよ。

“騙されるな”ってね」



 騙されるな、か。



「地上人を操作したり、時に捕食していた一部の悪種、私たち人間から見れば、捕食・養殖していた異星人たちの存在を知っていた地底人たちは、そんな事情を知ってか、そそのかされるなって警告してきたのよ」


「捕食? それが事実なら、無理もないでしょうね」


「地球で活動していた異星人たちは、様々な種族がいたようね。

地上人に意識でコンタクトしてきた異星人グループは、“自分たちは君たちの成長を待っていた、その時がきたので申し出ている”と言ったけど、彼らの言葉をそのまま許容するのは愚かだ、って」


「その“捕食”って、よく人がいなくなったりした事件がありましたけど、そんな原因だったんですか?」


「もちろんそれもあるわ……

でも、人類を捕食していた異星人たちは、もっと巧妙で悪質だったみたいなの。

彼ら爬虫類系種族、レプティリアンはね、人間と混血していたの。

その混血種は、社会の上層部から人間社会を操作して、人間を捕食し続けていたわ、何千年もよ」



 オレはそんな事実を知らされる前の時代、全く知る由もない世界の人間。

 自分の知らない世界の裏側、あまりにも衝撃的な内容だ。



「地上社会に巣食ったレプティリアンを根絶させるため、地上は大混乱になった。

彼らは完璧に“擬態”できるので、一挙に全滅は難しかったんだけど、地底人が判別技術を渡してくれて、浄化は進んだ。

地底人は言うの、“人間を食い物にしてきた者たちを信用する時代は終わった”ってね。

でも、レプティリアンたちが支配していた貨幣経済に依存する特権階級の人間たちが抵抗を続けたわ」



 オレはここまで聞いて、彼女にもわかるほどに深呼吸せざるを得なかった。



 オレの教えられてきた世界史は、人類の歴史は、全くの嘘だったわけだ。

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