第196話 深い決意

 久しぶりに馬酔木館の大部屋でお風呂に入ってるあたしとレイラちゃんとアンナちゃん。


 レイラちゃんは最近元気がなかったけど、閉じ込められて出てきた後にすごく元気になった。


 顔色がとっても良くなっているのが特徴かな。

 まるで別人みたいに明るくなった。


 あたしも白いけど、レイラちゃんの色の白さは他に比べようもないほど。


 まるで桃のジュースみたいに、ほんのりかかった血色がすごく目立ってる



「レイラさぁ、なんかいいことあったでしょ?」


「え? ……いや、あの、べつにないよ」



 レイラちゃんはアンナちゃんに突然聞かれて、狼狽えてる。

 あたしでもわかるよレイラちゃん。



「レイラちゃん、背中洗ってあげる!」



 あたしは丁寧に体を洗ってるレイラちゃんの後ろをとった。

 傷ひとつない背中…… すごくキレイ。


 あたしのクリーム色の髪よりさらに眩い銀色の髪が濡れて、まるで蜘蛛の糸みたいにキラキラしてる。



「ねぇレイラちゃん…… 閉じ込められてる時、おにいちゃんどうだった?」



 あたしはストレートに聞いてみた。

 おにいちゃんは無暗に無駄なことはしないはずだし、あたしが何かやろうとしても必ず止めるから、大体わかるけど。



「え…… あの、すごく冷静だったよ。

他のメンバーも彼の指示通りじっとしていたし」



 そうだろうけど、そういうことじゃなくてさ。



「おにいちゃんのことだから、閉じ込められたままになったらどうしよう、なんて言わなかったでしょ?」


「う、うん…… 言わなかったよ」



 レイラちゃんは、あたしがそう聞いたらすごく赤くなり始めた。

 後ろからでもわかる変わりようだし。



「レイラぁ、そういう時こそ怖がっていいんだからさ、思いっきり抱き着いたっていいんだよ!

ね、ミーコちゃん!」



 なんでだろう、あたしは“ダメだよ、おにいちゃんはあたし以外は慣れてないんだから!”って言うはずなんだけど、言葉にならなかった。


 おにいちゃんが抱き着かれる、レイラちゃんに……


 背中を優しく洗ってたあたしの手が止まりかけたので、レイラちゃんが振り向いた。



「ありがとうミーコちゃん、もう大丈夫」



 レイラちゃんの横顔、真っ赤だった。

 やっぱりおにいちゃんと何かあったんだろうな。



「そうだよレイラちゃん! そんな時は抱き着いてもおにいちゃんはきっと避けないから!」



 あたし何言ってんだろ、なんでそんな心にもないこと言うの……



「ミーコちゃんもそう言うんだしさ、次は狙っていこうねレイラ!」



 アンナちゃん、まるでみんなに言質とってるみたい……



「わたしも抱き着いちゃおっかなぁ…… なーんてね!」



 アンナちゃんは歌うようにそう言ったけど、多分そうするつもりなのはわかった。

 あたし今どんな顔してるんだろう。


 この浴室には鏡がないけど、自分で顔を覆ってみても、表情はわからなかった。



「ミーコちゃん…… あの、背中洗うから」



 レイラちゃんがあたしの後ろに回って背中に布を当て始める。

 あたしはお腹がキューっとする感じがした。


 この感じは…… そうだ、おにいちゃんにしがみついた時、ネフィラ先生の香りがした時になったあれだ。


 お腹が締まるような感覚は、しばらくとれなかった。



 これって何?



 アールがわかればいいけど…… あとで聞いてみよう。



    ◇     ◇     ◇



 私は保管域に帰った。

 早速アイラを見つけて、表情で返した私。


“早く私の身体を返して”


 アイラの気持ちが手に取るように伝わってくる。



「アイラありがとう、大切に使わせてもらったから」




 私は早速、やってきたアイラと額を合わせて座っている。

 急に力が抜けた私たち二人は、座りながらも倒れそうになる。


 片手をつきながらも、互いを支えた。



「姉様……」


「大丈夫よアイラ。

体に残ってる記憶を辿ってみればわかるわ。

それより気づいたことがあるの、あなたの属性魔法、それほど難なく使えるのよ。

これまでの経験だとそんなことはなかったんだけど」



 互いの身体にもどった私たちは、自分の感覚を再確認するように体を押して回った。


 アイラは頬に手をあてて、自分の顔を確かめている。

 微笑み返してくるアイラ、でも言い出しそうなことはわかる。



「姉様…… 姉様はこれからどうしたいの?

姉様の気持ちはすごく伝わってくるし、偽りのない想いも感じられるわ」


 私はアイラのまっすぐな視線を受けて、軽く目をそらしてしまう。

 どうしたんだろう、そのまま応えればいいだけなのに。



「私ね、試してみたいことがあるのよ。

あの場所あるでしょ?」


 私は、一洸さんが引き継いだバルバルスの権能の品が置いてあるブースを指した。



「よく見てないけど、何があるの?」


「あそこにね、ネクロノミコンがあるのよ」


「え?」


「そう、失われた“死者の書”よ」



 アイラはポカンと口を開けたままになっていたけど、すぐ理解したようだった。


 私の深い決意も一緒に。

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