第122話 リロメラの願い

 保管域に戻ったオレは、アールの状態を確認した。


 ネフィラの遮蔽魔法は確実に作用していて、もとあった場所は何もない空間、先にある保管域の大地が広がるばかりであった。


 白銀の光子力ラウンドバトラーから降りてくるリロメラ。

 ミーコたちがバトラーから降りてくるリロメラを迎えていて、オレは歩み寄った。


「リロメラ…… 実験成功おめでとう、凄すぎて言葉もないよ」


「リロメラ、疲れてるんだね」

「向こうで休んだ方がいいです」

「あ、あの、ケーキ食べますか?」


 気遣う彼女たちを前に、それでもいつもとは違う様子だ。


「……お、おぅ ありがとよ」


 自分の撃ち出した光による圧倒的な破壊力に恐れをなしたのだろうか、それとも何か別の思いがあるのか、その時のオレにはわからなかったが、リロメラは言葉少なにそう言うだけだった。




 半壊したネクスターナル戦艦は、アールから少し離れた大地に鎮座し、痛々しい部位を晒している。


“この通信は大丈夫だよな…… その、”


“一洸、大丈夫だ。

ここにいる我々の通信は特殊な暗号に変換されているので、あらゆる外部要因からの感知は不可能だ”


 アールがそういうならそうなのだろう、オレは気兼ねなく通話することにした。


“このネクスターナルだが、どうすればいいと思う?

修理は確か…… アールも自己修復できるんだよな?”


 以前ミーコたちに吹き飛ばされたアールのスラスターの一部、知らぬ間に全て修復されていたようで、その威容を損ねるモノは皆無だった。


“前も話したが、現行のネクスターナルには自己修復の力が備わっている。

時間と程度の差はあれど、残存部位が10パーセントであっても、完全復元が可能だ。

なのでこの機体も修復までの間、ここで保護しておけば問題はないだろう”


 オレは、ネクスターナルを見た。

 その機体、まだ修復は始めていないようだ。




“オレは連邦の軍属で杉本一洸だ。

そちらが未知の知性体から一方的な蹂躙を受けていたので、解放させてもらった。

具合はどうだ?”


 オレは、アールとの意思疎通時を思い出す。

 ついこの間のことであったが、随分昔のようにも思われた。



“……わ、私はネクスターナル、SAT M-87 6734G4Hだ。

外敵の排除に…… 感謝する”


 アールの時とは、少し勝手が違うようだ。

 統合された意識の下に活動するネクスターナル、個性は表にでないはずだが、それでもアールとの違いは明らかだった。


“大変な状態なのは理解している、とりあえず何か出来ることはないか?”


“私は自己修復機能を持っている、よって可能なら航行可能な状態までの修復時間、先の外敵からの保護を頼みたい。

このような依頼ができる立場でないのは承知している”


 オレは、話の通じる個性であるのがわかって、少しほっとした。


“もちろん、直るまで保護するよ。

その間、少し事情を聞かせてもらっていいか?”


 ネクスターナル6734G4Hとの話が始まった。




“一つだけ聞かせてくれ。

ここは特異な空間だな…… その、何かのシールドで覆われているのか?

外部との通信が完全に遮断されてしまっている”


 不安そうなネクスターナルの声が、まず先にだされた。

 並列リンク、とアールは言っていたが、それのことだな。


 仲間との繋がりが断たれることによって不安になる個体もいるということだ。

 いや、こちらの方が彼らにとっては当たり前なのかもしれない。


“ここは保管域と言って、オレの所有する特異空間なんだ。

外界との通信は遮断されているが、元の宇宙空間へはすぐに接続できるので、心配はいらない”


 オレは、6734G4Hの前に次元窓を開き、外を見せた。


“……そうか、了解した。

ところで、一洸はオールドシーズ、連邦の人間なのだよな。

連邦の技術がここまで進んでいるとは、私の掴んでいるデータとは随分違いがあるようだ”


“話すと長くなるが、これは連邦の技術ではないんだ。

この近くにある惑星の文化遺産…… のようなものが由来なんだ”


 オレはまだ具体的な情報を明かす段階ではなく、この戦艦の状況確認が先だと考え、濁しておいた。


 彼? は話し始めた。




“この空域ではないが…… 我々の素体の一つに接触してきた異星種族があった。

自らを高位知性種と名乗り、ネクスターナルへの融合を強制してきたのだ。

我々ネクスターナルの目的は人類の統合意識への参加、それによる人類の統一だ、

異星種族との融合ではない。

断固拒否を表明したその素体は、一瞬にして破壊された”


 オレが話をしたあの横柄な声の主、そのままだな。

 高位知性種? どの口が言うのだろうか。

 科学の程度は上でも、随分とお粗末な精神性だことで。


 オレはまた無性に腹が立ってきた。

 何故だろう、普段は感情的になどならならい自分だったが、話を聞いているだけでムカついてきた。


“一洸に救助された時も、私の他にいた2つの素体が破壊された後だった。

我々のすべては並列リンクにより、見知えた情報は全て共有する。

全てのネクスターナルが、あの存在への否定の意思を表している”


“そうだろうね、オレもただの人間だけど、聞いているだけで不愉快になる話だ”


 話をしながらも6734G4Hの船体は、小さなドローンが修復作業を進めていた。

 目に見える早さで、外郭が覆われていく。

 人間などとても適うはずない高効率な作業だ。


 しばらくして、半壊した外郭は跡形も無くなり、元々の流麗な船体が表れ始めた。




“ありがとう、オールドシーズ杉本一洸。

今回の助力は、全てのネクスターナルが共有することとなる。

このことは忘れない、本当に感謝している”


 開いた次元窓から6734G4Hは巨大な体躯をゆっくりと動かし、外宇宙へと出て行く。


 この間アールは一言も喋らず、ただ聞き役に徹していた。

 当然のことなのだろうが、複雑な人間関係の一部を垣間見たような気がした。




 6734G4Hを見送った後、リロメラが話しかけてきた。


“お前たちには…… 本当に感謝している。

俺は前の世界で、“神”と戦った。

こんな俺にも守ろうとするものがあってよ。

でも神と戦わないと、それが守れなかったんだ。

お前たちにも目的があるように、俺にもあるんだ。

お前たちの目的を叶えるために、俺の力が必要なら使ってくれ。

ただ、ひとつだけ俺の願いを聞いてくれないか。

もし、もしも元の世界の神と戦う機会があったなら……

その時は、このバトラーを使わせてくれないか。

たった一度でいい、奴と戦うために、これが必要なんだ”


 オレはリロメラに対して、どういっていいのかわからなかった。

 アールは黙ったままだ。


“リロメラ…… オレはきみの願いを阻める存在じゃないよ。

その時が、いつか来るといいな。

いや、来ると思ってる”


“……”


 横を向いているリロメラの表情は、ここからではよくわからない。

 だが、その言葉はリロメラに言ったというより、自分自身に言った言葉に思えてならなかった。

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