第120話 逃げろ

 警戒態勢下の第7航行群旗艦は特に慌ただしくもなく、普段通りの静かな艦内であった。


 それは表面上だけで、実際は違うのだろうが。


 オレは展望デッキから、アール、ネフィラとグループ通信で、ミーコたちの機体について話している。


“今回の調整は、搭乗者の不必要な魔素被爆を回避するための措置で、必ずしも性能や効力を低下させるものではない。

リミッターの制限値を上げ、極大な攻撃の場合にのみ制限を選択解除できるようになっているだけだ”


 アールの自信のある声調から、間違いない措置なのだろう。


“そうね、平常使用時の値は可能な限り上げた方が無難ね。

それに解除後は、魔法による魔素被爆除去術と平常空間への一日程度の滞留により、かろうじて行けるのはわかったわけだし”


 ネフィラはオレやミーコたちの状態を見て、ほぼ問題ないと判断したのだろう。


 ただし、その値を超えた場合はまだわからない、ということか。




“再び量子爆発があった。

かなりの大きさだ…… これは空間消滅レベル、つまりグレード6によるネクスターナル戦艦の自爆だと思われる”


 アールは言った。


 自爆レベル?

 グレード6とは、ネクスターナル戦艦の自爆だったのか……

 空間消滅など、今のオレからは想像すらできない。


 これは尋常ではない何かが、ネクスターナルに起こっていると見て間違いないな。




「一洸、ミーティングルームに来て、現状を伝えるわ」


 エイミーの深刻な様子は、今の現状をよく表していた。



 その映像は、オレには衝撃であった。


 アールの船殻とほぼ同じ型のネクスターナル戦艦、ジャンプ機能を破壊されたのであろう、被弾した惨たらしい傷を晒したまま空間にただよっている。


「……私もスタンバイするわ。

あなたも必要な準備をお願い。

恐らく、出ることになる」


 エイミーは、覚悟を決めたような態度で、オレの目を見て言った。




 オレはアールの生の意見を聞くべく、一端保管域に戻った。



“ネクスターナルが、連邦以外の何かと戦っているというわけだ。

残念だが、私には思いつくデータがない。

やはり私が並列リンクを外れた後に起こった、何かによるのだろう”


“……その、アール。

あの仲間を助けなくていいのか?”


“……”


 アールは何も言わなかった。

 オレは続けた。


“オレにとって連邦とネクスターナルの抗争は、はっきり言ってそれほど重要ではないんだ。

アールと話していて、オールドシーズであるオレもアールも、元は同じ人間で、普通に意思疎通ができる相手でしかない。

その一つが瀕死の状態なら、オレには助けない道理がないんだ”


 まるで思いつめた張りを破るように、アールは声を出した。


“……私も、私も可能な限りバックアップしよう。

やってくれるか一洸”


“行くよ、オレも出来る限りだけどね”




 ジャンプ機能のある宇宙艇を一機借りるべく、オレは旗艦に戻る。

 そこにはホワイト大佐もいたので、都合がよかった。


 オレは思っている自分の考えを、ホワイト大佐とエイミーにぶつける。


「一洸、君の考えはわかった。

だが、現在の我々連邦はネクスターナルと交戦状態にある。

そのネクスターナルだが、なんらかの事情で、未知の勢力から攻撃を受け、瀕死の状態だということは間違いない。

こちら側でできることはほとんどないが、君が行ってくれるというなら、こちらとしては阻む理由は…… ない。

ただし記録及びこの航行群からの物理的距離は最低限とらせてもらう。

あくまで、今次戦闘における調査という名目で、機体を貸与しよう」


「ありがとうございます」


「大佐、私も同行します」


 ホワイト大佐はほんの少しだけ表情を崩したが、すぐに襟をただした。


「エイミー、危険が伴うが…… 軍属一洸の調査任務に同行を命じる」


「ありがとうございます」




 オレとエイミーは、ネクスターナルが浮遊している空間付近まで一瞬にしてジャンプした。


 そのネクスターナルは、ミーコたちがスラスターを破壊した時とは比べ物にならないくらいの損傷だ。


 先鋭的なフォルムは見る影もなく、その船体は真っ二つに裂け、内部が半分以上むき出しになっている。


 付近に船影はなく、反応も皆無であった。


 オレは戦艦に語りかけた。


“……こちらは、連邦の軍属イチコウスギモトだ。

何があったのか説明を乞う”


 エイミーは隣にいるが、オレに任せてくれそうなのでそのまま進めることにした。


 反応はなかった。


 反応できないほど、内部が破壊されていると思った方がいいか。



“……に、逃げろ”


 逃げろ? その戦艦は確かにそう言った。



 その瞬間、強力な振動波のようなものが宇宙艇を制御し始めた。


“一洸、小型艇は重力波制御されている、すぐに保管域へ戻れ”


 アールの声音はいつもと違って、人間らしく焦っている。

 おかしな話だが、アールのそんな人間らしさが、オレは少し嬉しかった。


“オレは大丈夫だよ、この保管域を信じてるし…… それにお前もな”



“この知性体と同根の知性種だな。

分岐したもう一つの系類か”




 その時、随分と横柄な声がオレの頭に響いてきた。

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