第112話 急転する現実

 ゴーテナス帝国第13都市フーガの執政庁舎内にある、魔法転移陣が輝き始めた。


 それほど頻繁には使われない転移陣が、長距離転移を示す光の粒子を大量に生じさせ始める。


「セトレーギア連邦からの転移です、現れます」


 宮廷付き魔術師がそう答える。

 光の粒子が舞う陣の前には、苦悶の表情を隠しきれないガイアス議長の姿があった。



 転移陣から現れた二人の使者のうちの一人、耳の尖った長身の男性は、ガイアスに握手を求めてきた。


「お久しぶりですガイアス議長、講和会議以来ですね」


「お元気そうで、オーガス委員長…… 失礼、大臣になられたのでしたな」


「ガイアス議長、早速ですが先のものをお見せしたい……」


 頷いたガイアスは、二人をそのまま執務室へ案内した。




 ガイアスの執務室に入り、厳重に扉を閉める秘書。


 セトレーギア連邦オーガス大臣の傍らに立つ魔術師であろうか、彼は手で四角を作ると、その先に映像が映し出された。


「通信でお伝えした、例の映像です……

昨日、セトレーギアの南方にある都市を襲った異形の化け物は、街の半分を覆いつくし、建物も人間も踏みつぶして壊滅させました」


 蠢く赤褐色の化け物に飲み込まれるセトレーギアの都市、人……

 それは、いずれ起こるであろうゴーテナスの未来を見るようであった。




 しばらく見ていると、虚空から飛来する光を纏ったゴーレムが出現。


 あれだ、あのゴーレムだ。


 だが、つい先ほど魔伝スクリーンで見た3体のゴーレムとは少し違うようだ。

 空中で停止したそれは、おおきな手振りで手を上下に時計を回すように回転させ、ぼんやりと巨大な魔法陣を3つ、自分を囲むように出現させた。


「……ここからです、眩しくなるので、気をつけて見てください」


 オーガス大臣は、恐らくは何度も見たであろうその映像を前に、固唾を飲んでガイアスに伝える。


 とてつもない大きさの3つの魔法陣は、虚空に浮かぶゴーレムの大きさとの対比からわかった。


 映像を記録した魔法使いが、その様を大きくズームアウトするが、まだ魔法陣を治めきることが出来ない程である。


 一瞬、映像が眩しさで見えなくなった。


 眩しい映像の後に映し出された映像には、蠢いていた異形の化け物、大地を覆いつくすネクロノイドが、ほとんど消え去ったまっさらな大地の絵であった。


「こっ、この光が、一回であれを消し去ったというのか……」


「光が異形を消滅させる瞬間は、あまりに眩し過ぎる映像故、完全に捉えておくことが出来ませんでした。

ですが間違いありません、あの空に浮かぶゴーレムが異形を殲滅し、わがセトレーギアの都市を完全な壊滅から救ったのです」


 ガイアスは、先ほど自分が見せられたフーガの映像により耐性ができていたとはいえ、空飛ぶゴーレムのあまりの攻撃力に、立っていることすらできないほど、力が抜けてしまった。


「……大丈夫ですか、ガイアス議長」


 ガイアスを支えようとするオーガスであったが、そんな彼でさえ自分が正気を保っているのが不思議であると自覚している。


「あの空飛ぶゴーレムですが…… あれは貴国の、ゴーテナスに属する冒険者のものと聞き及んでいますが、それは誠なのですか?」


 ガイアスは一瞬固まったが、既に事実としてベリアル公から声明が出されている。

 その部分に沿った回答をするしかなかった。


「……ええ、おっしゃる通り、あのゴーレムはわが国の冒険者が、異界の協力者の装備を使用して対処しております」


「それはまた……

なんと礼を申し上げて良いか、言葉もありません……

是非、その冒険者に一言礼を申し上げたいのですが」


 オーガス大臣のその目からは、偽りのない感謝の念が伝わってきた。


 長らく政界の権謀術策にまみれてきたガイアスにとって、オーガスのその様子は新鮮な驚きでもあった。


「プルートニアのベリアル公の声明をお聞きになっていると思いますが……

その冒険者は、衆目に晒されることを極度に避けております。

この私ですら姿を見る事は適っておりません。

出来得ることは、彼を良く知るものに感謝の意を伝えておくことくらいです」


 オーガスの落胆は、手に取るように伝わってきた。

 恐らくは、十万人レベルの自国の民を救ったのだ、無理もない話か。


 オーガス大臣は、襟を正してガイアス議長を見据えた。


「見ていただいた通りです、わが国も防共協約に正式に加盟を願い出たい。

セトレーギア連邦は、三か国に対して最大限の協力と、人員及び資材の提供を惜しみません」


 ガイアスは、今自分が見せられた映像による可能性を考えていた。


 あの光、あれを自由に操ることが出来れば、自分が考えていた理想の国家、夢のような治世を行うことが出来る。

 戦争もなくなるだろう、それはこのゴーテナス帝国の名の下に統合される、新たなる世界の新秩序だ。


 だが、それは今自分の手の中にはない。

 目の前に、ほんの少し手を伸ばせば届くところにありながら、だ。


「オーガス大臣、皇帝への上申と、プルートニア及びアルデローンには、新規加盟の意思を伝えておきましょう」


「大変ありがたい、よろしくお願いします。

追って急ぎ声明を出しますので…… あまりにも急転する現実に、全く手続きが追い付いていないのです」




 なんとしても、如何なる策を用いても、あの力を手に入れなければならない。

 ガイアス議長は、拳を強く握りしめ続けた。

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