第106話 新しい力
闇魔法の一つ、閾影鏡。
最上位の闇魔法で、属性に関わらず魔法を鏡のように重複して実行、魔素量に比例して作用するので、膨大な魔素をベースにした場合は極大の副次効果が期待できる。
発動したそれは、一瞬で体内魔素のほとんどを失わせ、オレは虫の息で保管域に戻った。
泥のようにベッドに身を沈める寸前までの記憶はあったが、ただ倒れ込むことしかできなかった。
どのくらい倒れていたのだろう、夢の中で逢っていたネフィラそのままに、眼を開けたオレの顔を覗き込んでいる。
「もっとしっかり休んでいいのよ、残りはリロメラがみんな消してくれたわ」
「……もう、大丈夫です。
あの、どのくらい眠ってましたか?」
「一時間も寝てないわ…… 本当にここ、すごいわね」
いつもの保管域効果で、オレはほとんどの体力を取り戻しつつある。
「今思うと、もしあなたと始めて逢ったあの時に私がここにすぐ入れたら、死なないですんだかも」
ネフィラは笑いながらそう言った。
彼女はいつものようにオレの手をしっかり握っている
「本当におつかれさま、いつものことだけど、よくやったわ一洸さん」
彼女は、半身を起き上げているオレを抱きしめた。
こうして体温を感じるのは、本当に久しぶりだな。
夢の中で感じる体温とは、また違った生々しさがあった。
今回の感じは、ミーコが抱き着いてくる感覚に似ている。
この保管域の中では、魂の存在でも肉体とほぼ同じものを持ちうるということか。
「……わたしも、あの子たちみたいに、あなたと買い物したり、食事したりしたいなぁ...」
「……」
オレは、恐らくは涙で潤んでいるだろう彼女の目を見ることができず、ただこの胸と肩を貸し、その背中にそっと手をあてることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
“映像送ります”
連邦軍のネクロニウム採取を目的とした部隊は、セトレーギアでの一洸の戦時情報記録を本体まで送信し始めた。
兵装を外したラウンドバトラーが特異空間から放った量子魚雷で、ネクロニウムの元となる異形の存在を殲滅する様子が一部始終記録されたものだった。
その量子魚雷は、本来の戦闘に使用されるものとは違い、何かの魔法効果によって、威力が数倍に上げられたものであることも確認されている。
殲滅されたネクロノイド、そのバラバラになった組織を淡いレーザー光のようなもので消去している存在も映っている。
その姿は、古い絵やコンテンツの中にある天使の姿そのままの存在であった。
軌道上の航行群旗艦にて、映像を見ているホワイト大佐とエイミー少尉、その他の尉官たち。
「……あれは、天使だ」
「あの量子魚雷、射出する時は3門だった。
鹵獲戦艦は、特異空間からの射出で増幅装置を使っているというのか……」
「いや、恐らくは彼らの使う魔法の力だろう。
検証時に量子魚雷の砲門は一つ、増幅装置のような機能のものは確認できていない」
ホワイト大佐は、大きく息を吐きだした。
エイミー・ロイド少尉は、ホワイト大佐の口元に目線を絞ったまま、その次を待っている。
「諸君、降下の準備だ」
一斉に敬礼した彼らは、揚陸艇のあるデッキへ向かった。
「ロイド少尉、残ってくれ」
エイミー・ロイド少尉は、そのままミーティングルームに残った。
「一洸のいた帝国の街、フーガに潜らせておいたエージェントからの映像だ。
今回の任務とは別に、君に知っておいてもらいたいものでね」
「はい」
見たこともないラウンドバトラーの機体、それは地表を駆るバトラーのスピードをはるかに凌いだ機動力で移動している。
何かの光源だろうか? スラスター以外の腕、足から漏れ出る淡い光、粒子……
それが、なんとも幻想的な輝きを持って機体を囲み、エイミーの知っているラウンドバトラーとは、まるで違う印象を持たせていた。
腕から発出される粒子ビームは、通常の連邦のものとは明らかに違っている。
もう一つは、光の弾丸のようなものを連射。
さらにもう一つは…… あれは弾丸だろうか、レーザー弾でないのは、地上に当たった時の大地の砕け方が、実体弾のそれだとわかった。
これは魔法?
そうか…… あれは、あの女の子たちの使う魔法…… まさか。
「……これは」
「今回のネクロノイドの出現とは別に、あのフーガに現れたものだ。
このバトラーは、もちろん我々のものではない」
一洸、鹵獲戦艦と一緒になって、あの子たちのバトラーを作ったというの……
「一洸の特異空間の鹵獲戦艦が製造したものだろう……
複製を造るな、などと約束したわけではないし、我々の協力者である一洸の動きを制約できるものでもない。
他の尉官たちにはまだ話す段階ではないのでね。
今回の降下任務、君にはこちらを頼みたい」
「了解しました」
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