第10話 ギルドの登録で日本語を下書きする

 冒険者ギルドのヨシュア主任の執務室は、飾り気の無い役人の仕事場然とした部屋で、助手の女性が一人いた。


「早々に災難でしたね…… あの男ゴートは、当ギルドでも問題のある者で、度々トラブルを起こしていました。怪我がなくてなによりです。

今カードの行動確認と目撃者の証言をとっているところですので、

しばらく収監されることになるでしょう」


「素早く駆けつけていただいたので助かりました」


 カードの行動確認?

 まさか、そこまで出来上がった監視社会なのか……

 それもしっかり確認しておく必要があるな、と思った。


 設定した素性はもとより、可能な限り真実を語った方がいいだろう。

 彼らがどこまで事情を察知していたのかによるが、あまりにも情報が無さすぎた。


 ヨシュア主任はカミオから伝聞した、ミノタウロス討伐の一件を話した。


 この町フーガは、帝国の数ある都市のひとつで皇都にほど近い衛星都市、交易の要所として栄えているが、最近近郊の森林にて魔獣の被害が頻発していた。

 

 それまで近隣では見られなかった強力な魔獣であるミノタウロス出現の情報を得て、Aランク冒険者であるカミオのパーティに討伐依頼が出ていたとのこと。


「カミオ冒険者からも聞いていますが、一洸さんのスキル、というか魔法力については当ギルドから他言はいたしません。

ただし、先ほどのトラブルを見ていたゴートの仲間から漏れるかもしれませんので、その辺りはご了承ください」


「わかりました…… 仕方ありませんよね」


 隠してもいずれは知られてしまうのだろう。

 が、可能な限り今後も秘匿しておこうとは思っていた。


「この度のことは当ギルドとしても感謝の極みです。

上級の空間魔法をお使いとかで……

現在では魔法使いの数も大分と減っており、使い手は今や貴重な存在なんです」


「そうだったんですか。

実は山里から降りてきたばかりで、世相には全く明るくありません。 

そんな所へカミオさんたちのパーティの戦闘に出くわした感じです」


 ヨシュア主任は、初めて表情を緩めた。

 役人としての顔以外に初めて見せた素の表情といった印象。

 魔法のいろはもわかっていないが、相当買いかぶってくれているようだ。

 

 自分が知らないだけで、あの魔導士の女性が言っていた“召喚者の権能”は実はとんでもないものなのかも、とオレは予想してみた。


「今回異例の措置なのですが、討伐完遂と人名救助の協力ということで、

ギルドから特別報償金を出させていただきたいと思います」


 オレはミノタウロスへの岩落としが金銭に繋がるとは全く予想していなかったので、正直驚いてしまった。

 貨幣の価値観覚もままならない状態での報奨金は、それがどれほどのものかもわかっていない。


 女性職員が袋に入れた報奨金らしきものを持ってきて、ヨシュア主任に渡す。


「お受け取りください、20万G入ってます。討伐の相当対価としては決して多くありませんが、今後ともギルドネットワークの職務にご協力いただければと思います」


「ありがとうございます、ですが自分たちは右も左もわからず住所や拠点も決まっていない状態ですので、正直どうしていいものやら……」


 20万G。

 そういわれても価値がわからなかったが、取り敢えず礼を言っておいた。


 受領証にサインをしたが、日本語で書いたものがこの世界の文字でうっすらとカバーされたので、それをなぞらえて日本語には斜線を引いた。



「ところでお二人はまだ冒険者としての登録はまだなんですよね?」


 そのまま冒険者登録へと話を持って行かれた。

 彼らの喫緊の課題が、強力な力を有する冒険者の獲得なのだから当然だろう。

 

 冒険者と言ってもラノベ程度の知識しかないので、この世界でのそれが何をすべきなのか詳細は何もわかっていない。


 今わかっていることを整理すると、


 魔法使いは不足している、特に上級。

 ギルドは魔法使いや強者の登録者を増やしたい。

 強力な魔獣が町の近隣に出没している。


 実力がある人間なら未登録者でも報奨金をだして登録させ、がんがん討伐してくださいといったところか。




 オレたちは階下の受付に案内された。

 受付の女性は美人ではあったが事務的な役人といった風情で、無駄なことは一切言わない印象。

 名札の表記はうっすらと“イリーナ”と読めた。


 ミーコはずっとオレの腕をしっかりつかんで離さないままだ。



「登録ですが、この子も一緒でいいでしょうか?

なにぶん世間知らずで人見知りだもので……」


 受付の女性は気のせいかもしれないが、

 ほんのかすかに笑みを浮かべたような気がした。


「本日登録を担当するイリーナです。

大丈夫ですよ、まずこちらにお名前をお書きください」


「すみません、イリーナさん…… 

いらない紙のようなものはないでしょうか、試し書きをしたいので」


 イリーナは、うしろの机から不要であろうメモ用紙のようなものを渡す。



 オレは、まず日本語で表記してみた。

 するとうっすらと異世界文字がカバーされる。

 その下に異世界文字をしっかりとなぞらえて書き、同様に登録用紙にその異世界文字をそのまま書き記す。

 用紙は普通の厚紙で、ペンは太字の鉛筆のような筆記具でとても書き易かった。


 イリーナは何も言わなかったが、興味深そうにしていたのは間違いない。


 登録者のランクは、無限級からS、A、B、C、D、E、Fで通常はFから始まるのだが、オレは上級魔法保持者であり討伐協力の措置としてDからはじまるとのこと。

 それはいくらなんでもと思ったが、やり方はどうあれ初事でミノタウロスを倒すということはありえないほど規格外らしく、今回特別にそうするようであった。



 まずは適性検査。

 魔法属性は火、水、風、土、氷、雷、金、闇、光、無の10属性。

 魔法威力の度合いは属性や魔法種の組み合わせによって異なり、一概には判断できず、討伐などの実績から判断されるそうだ。


 年齢や住所を書く欄がなかったのが助かった。


「一洸さん、それではこの玉に手をかざしてください」


 イリーナは全く表情を変えずに言った。


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