第11話 ミーコ、生まれて初めて文字を書く

「一洸さんの魔力は…… 適性は闇ですが、体内魔素量がほとんどありませんね」


 魔素。


 おそらくは魔法を使う力の源のようなものか。

 あの岩石落としを行使できる眩いばかりのチートな数値、をちょっと期待していたがそうではなかったようだ。


「ここでいう魔素とはなんでしょうか?

自分が教わった時には、その用語の説明がなかったので」


 下手に取り繕うより、この場で吸収しておいた方がいいに決まっている。


「……魔素とは、簡単にいいますと魔法を使うのには魔素という力の素となるものが必要で、それを行使する力を魔力といいます。

魔素は体内にもあり、大気中にも漂っています。

詠唱や集中思念によって体内や大気中から集められた魔素を物理現象に変化させるのが魔法、魔法とその行使を体系化した学問を魔術と呼んでいます」


「集中思念とは?」


「詠唱せずに魔法を使う事で、無詠唱魔法のことですね。

適性のある属性魔法は、大抵詠唱なしに発動できます。

しかし、使用魔素量が膨大になる場合や、複合魔法の場合は詠唱が必要でしょうね。

大規模複合魔法が使えるのは、名のある魔術師や魔導士くらいでしょうか」


「ちなみに、魔導士とはどういう人でしょう?」


 イリーナは、“魔導士”の単語を聞き返したことによってわずかに表情を変えた。


「魔導士とは魔法、魔術を極めた人で、この世界には4人しかおりません」


 4人のうちの一人だったのか、魔導士ネフィラ。

 ネフィラの名前は別のところで聞いた方がよさそうだ、と直感した。



 あとはカードの行動確認か。


「ヨシュアさんの話に出てきたのですが、カードの行動確認とはなんでしょうか?」


 イリーナは軽くうなずいて話し始めた。


「ギルドに登録を済ませますと、ギルドカードが発行されます。

このカードは、登録した冒険者が討伐した魔獣の死亡を自動で記録します。

討伐当事者を確定し、保管庫を持たない冒険者のために討伐を自動記録するための魔道具でもあります。

怪我や暴行は記録されませんが、相手が死んだ場合のみ発動する魔道具なので、

殺人なども記録されます」


 犯罪抑止効果を合わせ持ち、ある意味地球の社会より安全なのかもしれない。

 魔法行使者でありながら未登録者の自分に登録を促す理由もよくわかった。


 オレは今の説明で全て理解した。

 さあ、次はミーコだ。



「すみません、この子は読み書きがまだよくできませんので、補助しながらでいいでしょうか」


「かまいません、お願いします」


 彼女は慣れた感じで応じる。

 恐らく読み書きの不自由な人間は珍しくないのだろう。


 オレは、さきほどのメモ紙に“ミーコ”と書き、すぐ下に異世界文字をなぞらえてからミーコに見せた。


「ミーコ、ここでちょっと練習しよう」


 ミーコは文字を書くという動作は、これが最初のはずだ。

 彼女は一洸からペンの持ち方を教わると、メモ書きの余白にぐるぐると円を描き始めたが、しばらくして止めさせた。


「そんな感じでいいよ、これをそのまま同じように書いてみようね」


 ミーコは初めて文字を筆記した。

 ぎこちなくゆっくりとであったが、それは生まれて初めて彼女が筆き記した自分の名前だ。


 “これでいい?”


 感情そのままの顔で見上げたミーコは、本当に嬉しそうである。

 軽くうなずき、微笑みと頭ポンポンで返した。



「次は玉に手をかざしてください」


 ミーコはオレから手を離すと、うながされて水晶玉の前に立って手をかざす。

 イリーナは水晶玉からポップアップした文字盤を見ている。


「ミーコさん、適正は風と水、……光もです。

通常だと適性は1つで多くても2つ、3つもある人は大変珍しいですね。

体内魔素量も平均値を大きく上回っていて相当なレベルです。

この数値ですと、武器レベル扱いですので、使用する際にはくれぐれも注意してください」


 驚きの表情は嘘ではないようである。

 彼女はミーコを何度も見て、確認するように言った。


「失礼ながら、ミーコさんはキャティア… ですよね。

通常亜人種に適性を多く持つ人はあまりいませんが、彼女は特に別格のようです」


 キャティア。


「キャティアとは亜人種…… つまり、獣人を総称して言うのでしょうか?」


 ここである程度“キャティア”に関する内容をはっきりさせておこうと思った。

イリーナは、少し驚いた表情を見せた。

 ”なんでそんなことも知らないのか?”といった風であったが、答えてくれるようだ。


「……ネコ科属の獣人はキャティアと呼ばれ、昔から愛玩種として普通におります。

他にイヌ科属のフレディアも同じくらいの数がいますが、

その他の属種はあまり数が多くありませんね」


「キャティアは、つまり奴隷的な扱いをされているのでしょうか?」


「いえ、確かに以前そういった時代もありましたが、現在そのようなことはありません、奴隷制度は随分昔に廃止されました。

ですが、特にキャティアを必要以上に愛でる人たちが一部いるのは事実です」


 あのごろつきの言い放った内容がこれで大体わかった。

 ミーコを独り歩きさせるだけでその危険度は計り知れず、手軽に誘拐されたり、その後は恐らく見つけることも困難になるだろう。


 通常ギルドの登録料は一人1万Gかかり、今回2人で2万Gになるそうだが、主任権限で免除になると言われた。


「こちらが登録カードになります。

なくされますと再発行料が3千Gかかりますので気をつけてください。

……ミーコさんは、年齢ギリギリでしたね」


 そう言われて、オレとミーコに登録カードが渡された。


 年齢を書く欄が用紙になかった理由がわかった。

 水晶玉が読み取ったのであろう、カードには年齢が記載され、自分の年齢は24歳でDランク。

 これはいいが、ミーコは13歳でFランクだった。


 13歳?


 どうみても17歳前後の外見であったが、ネコ娘として変異転生したからなのか、それともネコそのものが17歳の生体年齢では、実年齢13歳換算だということか。


 いずれにしろオレにはわからないことだったが、ミーコの挙動はあきらかに13歳、もしくはそれ以下の幼さなのは疑いないようである。



 見た目通りの扱いができない……

 自分には経験のないことだった。


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