第8話 街まで行って冒険者登録する

 冒険者たちの一人が魔法であろうか、指でフレームのような四角い枠を作り、詠唱していた。


 おそらくこの世界のカメラのようなものだろう。

 その辺の情報も確認しておかなければならないな。


「カミオさん、おれ達はまだこの先の町の掟や規則に明るくありません。

学ばなければならないことが多すぎて……」


 カミオは表情を変えずにオレの目を見ながら言った。


「そうだろうな…… 危惧していることは予想がつくよ」


「……スキルというか力のことですが、

ギルドに報告する以外は内密にお願いしたいのです」


「わかった。

自分のスキルを明かさない冒険者は多いし、ぼくもそうあるべきだと思ってる方さ」



 カミオは冒険者たちを集めると、オレたちの事情を話して今回のことをギルドに報告する以外、行使した能力は他言無用にする旨を告知した。

 冒険者たちは了解してくれている。


 他のランクレベルが未知なので比較しようもないが、これがAランクならではの所作なのかもしれない。


 カミオは続けた。


「つかぬことを聞くが…… 彼女、ミーコちゃんは君のパートナーなのか?」


「いえ身内なんですが、ちょっと事情があって一緒にいます」


 カミオは頷くが、それ以上は詮索してこなかった。


 よかったと思ったが、言外の黒いもやのようなものを感じる。

 ネコ耳獣人の身内と同行しているという現実が、この言い知れぬ不安感というか、闇を導いているのだろうと。


 ミーコから採取したキイチゴもどきとキノコを受け取って保管域に入れておく。

 彼女は終始うつむいて、オレの手を離さなかった。


 自分以外の存在と一緒にいたこともなく、また集団で行動した経験など皆無なミーコにはこの状況は結構なストレスであろう、と思っている。


「街までは1時間半くらいかな。休みなくいくけど大丈夫かい?」


「大丈夫だと思います」


 カミオはそう言って気遣ってくれた。

 ミーコは小さくうなずく。


 彼はミーコの状態を察してオレとミーコを隊列の最後にし、少し距離をあけてその後ろをカミオが歩いた。


 話をしても聞こえない程度の絶妙な距離感。

 気遣いの仕方で人間性は見えるものだが、カミオのそれは地球に近いものを感じ、この世界の価値観の一端が推し量れたような気がした。



 しばらく歩くと、街の境界が見えてきた。

 昨日もここにある城壁を通ってきたが、門番がいて厳重に入出管理をしているわけではなく、要事の際に閉鎖できるようになっているようだ。


 手を離さないままのミーコだが、周囲の状況はしっかり見ているように見えた。

 カミオ達は街並みの中、慣れた道をサクサクと進んでいる。


「もうすぐだよ、ミーコちゃんは大丈夫かい?」


 カミオが少し心配そうに気遣ってくれた。


「ミーコ、大丈夫か?」


 ミーコは前よりは元気よく頷いている。



 見上げると城が見え、あの円形闘技場も見えたが、既に煙は出ていない。

 街は一見、平穏を取り戻しているかのように見えた。


 喧噪ぶりは大したもので、中世というよりは18世紀初頭程度の文明レベルだと思われる。

 

 服装は極端に貧相というわけでもなければ上等ということもなく、シャツとボトムにジャケット、ブーツが大半で、特に奇抜な恰好は見られなかった。

 

 ごく稀に獣人らしき存在が歩いていたが、なんの獣だろう、やたら毛深く感じられた。

 ミーコはネコ耳と尻尾持ちだが、それ以外は人間と変わらない。

 獣の度合いに随分と個体差があるのだなと感じさせらえた。


 昨日は気づかなかったが、蒸気機関もすでにあって、鉄道が走っている。

 たまに車のようなものも走っていた。市民の乗り物でないのは、数の少なさからわかった。



 かなり歩いたと思う。

 城のあるあたりはこの国の要所なのだろうか、城郭の周囲は平たんな街区だったので助かった。




 ギルドに到着すると、そこはラノベでみるような小さな建物ではなく、まるで現代の市役所くらいの大きさの建物である。


 一階の広いホールにはざっと20程度の受付カウンターがあり、多くの冒険者たちがやり取りをしていた。

 

 カウンターの正面スペースには幾重にも掲示板が連なっており、おそらくは仕事の依頼であろう掲示物が一面に貼りつくされている。

 アニメや漫画でみる冒険者ギルドとは、大きさも規模も全く違っていた。


 カウンターでは、カミオが係員に事情を説明しているようだ。


 オレは、ミーコへ予め立てた設定を話す。


1. 山奥の集落で育ち、都会の常識には疎い

2. 名乗りは“イッコウ”、腹違いの妹の“ミーコ”と一緒

3. まだ街にいったことがないので、身分証明をするものがない

4. お金もしくは対価に関する知識がない


 ミーコは了解するが、“妹”の部分の設定に不満そうであった。


「ね、パートナーって、妹とどう違うの?」


「パートナーは… 一緒に行動して利益を分け合う相棒みたいなものさ」


「……恋人、じゃないんだ」


「恋人である場合もあるかな、解釈は状況によっていろいろかもよ」


「あたし、パートナーがいい」


「ミーコ、これは設定なんだ。

別に妹設定だからって、死ぬまでその設定なわけじゃないよ、当面は妹にしておいた方が色々便利だと思ったからさ」


「どういう風に?」


「例えば、兄は妹を守るのが当然だし、宿が一緒の部屋でも不審がられないし、

ずっと一緒にいても変じゃない」


「それ、恋人でも変じゃないよ」


「そうか…… それもそうだな」


 ミーコはオレの手を強く握った。


「恋人設定にする人のところを空けてるみたいな感じがする……

あたし、そんなのイヤ」


 ミーコは怒っている、というか自分の感情を制御できていないようだった。

 確かに、妹設定にこだわる必要はなかったか。

 

 大体“おにいちゃん”なんていきなり呼ぶから先入観を植え付けられたわけで…… とオレは思っていた。



「あたしが…… 恋人になる」


 ミーコは珍しくオレの目を見ずにうつむいたまま言った。

 設定に固執する必要はなかったが、この子のこだわりの理由はなんなのだろうか。


「それだと、“おにいちゃん”って呼び方は誤解されるよ。

恋人はおにいちゃんなんて呼ばないし。

おれの名前は一洸だからさ、“いっこう”って呼んでみよう、

“いっこうさん”でもいいよ」


「い、いっ……」


 ミーコの顔は真っ赤になってしまう。

 白い肌とクリーム色の髪を持った彼女が赤面すると、露骨にわかって面白かった。


「……だって、おにいちゃんはおにいちゃんだよ」


 ミーコはうつむいたままだったが、顔から火がでるくらい赤くなっている。

 ただ名前を呼ぶのが何故そんなに恥ずかしいのだろう。


 ミーコはうつむいたままギルドの入り口に向かって走り出す。


「ミーコ!」


 オレは止めたが、ギルドの外へそのまま走り出てしまった。


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