第7話 ざわつく森、ミノタウロスの恐怖
咆哮とともに、木のなぎ倒される音、剣と何かが打ち合う激しい音が聞こえてきた。
とっさに逃げるべくミーコの手をとろうとしたが、彼女はそれより早く、
「おにいちゃんはここにいて、様子見てくる!」
の一言で走り出してしまった。
「待てミーコ、だめだ!」
制止してもきかないミーコの後を追う。
だがやみくもに逃げるより、この世界での脅威の実状を知る必要もあったので、あながち無謀な行為ではないのかもしれない。
オレはミーコを追いながらそんなことを思った。
速い。
それほど足が遅い方でもなかったが、ミーコの俊足に追い付くには無理があるようだ。
見失わない程度に追いかけていると、討ち合いの音がすぐそばまで近づいてくる。
巨石が連なる河原のひらけた場所だ。
オレは岩場の物陰に潜むミーコの後ろに位置する。
荒んだ息を殺すようにしていたが、ミーコの息は全く乱れていなかった。
その先にある開けた場所で戦っていたのは、牛の頭を持つ4メートル以上はあると思われる化け物と、5人の剣を構えた人間たち。
河原で見た、恐らくは冒険者の人たちだ。
化け物は巨大な斧を持ち、打ち据えようと長剣を振るう冒険者たちの剣を圧倒的な力で弾いている。
“ガキィーン、ガキィーン”
剣と巨斧の弾き合う音が森に鳴り響く。
ただ見ているだけでいいのだろうか。
この場合当然味方すべきは冒険者なのだろうが、自分にできることなどこの場においてほぼないことは明白。
見るとその化け物は、肩先から脇腹へ斜めに大きな裂傷を負っている。
剣でつけられたものではなくこの戦闘で負ったものでもないのは、傷痕に生々しさがないことからわかった。
この化け物にあんな傷をつけられるものって……
討ち合いは膠着状態が続き、どちらかが決定打を出さない限り、勝敗はつかないだろうと思われた。
冒険者の一人が激しく攻めている。
その隙に別の冒険者が化け物の懐に入り込み、足の合間から後ろに滑り込み剣で背中を討ちつけた。
化け物は叫び声を上げ、振り向きざまにその冒険者の剣を横薙ぎに弾く。
彼は弾かれた剣と一緒に岩に強く打ち付けられた。
「グラート!」
グラートと呼ばれた冒険者は気絶しているのだろうか、全く動かない。
化け物は彼にゆっくりと近づこうとしている。
眼前に青い鎧の冒険者が躍り出て、激しい剣戟を交わし始めた。
あの知的な風貌の男だ。
彼が化け物からの斧を受けるたびに、胸のロケットが白く光っているのが、離れた場所からもうかがえる。
試してみたいことがいくつかあったことを思い出す。
このアイテムボックス、どのくらいのものを入れられるんだろうか。
体積、重量、質量……、わからないことだらけだったが、ここで試してみることにした。
オレはミーコをそのままに、近くに横たわる直径3メートル以上はあると思われる巨石を見つめる。
この巨石に触れて、ボックスへ収納するイメージをとってみる。
巨石は忽然と消えた。
空間に手をいれる動作で開くこのボード、内容表示版はイメージするだけででてくるようだ。
今はボードを思っただけで出現し、そこには“岩”の表示とサイズが表記されている。
3.5メートル×3.8メートル×2.5メートル 50トン。
オレは思わず笑ってしまった。
誰かが見ていたら、とても悪い笑顔だったと言われるだろうな。
対象に触れるだけで、この保管域であるアイテムボックスにあれを収納することができるのか。
ちょっとデタラメすぎるだろ……
もう一つの試したい事。
倒れている冒険者に迫りくる化け物、その頭上に収納物である岩を直接イメージしてみる。
この場合ぼんやりとイメージするのではなく、強く思わないとスイッチがはいらないようだった。
化け物の頭上10メートルほどの空間に今触れた岩を強くイメージする。
うっすらと空間の歪みが見えてまるで次元の扉が開くような映像、瞬間岩がぼわっと出現し、重力に任せて自然落下を始めた。
前方の敵に集中している化け物は気づく間もなく轟音とともに50トン岩の下敷きになってしまった。
呆然とたたずむ冒険者たち。
彼らの被害は、恐らくは気絶したであろうグラートだけだった模様。
「おにいちゃんすごぉーい!!」
ミーコが飛びついてきた。
最初から見ていたのだろうか、するとあの笑い顔も見られたのか。
迂闊だったと独り言ちたが、ミーコがあまりに激しく抱き着いてくるので反省する余裕はなかった。
冒険者達に気づかれたのは言うまでもない。
化け物の周りに集まる冒険者たち。
その中の一人、異彩を放っていた知的な風貌の一人がミーコに抱き着かれているオレに近づいてきた。
「……あれは、あの魔法は君がやったのか?」
その青い鎧を着た冒険者は尋ねてきた。
「ええ、あの人が危なそうに見えたのでつい……
すいません余計なことしてしまったかもしれませんね」
「余計だなんてとんでもない、本当に助かったよ……」
彼はそういうと右手を出してきた。
この世界でも挨拶は握手なのか、オレは同じく右手をだした。
この力のことは勿論秘密にしておきたかったし、これがあんなチートな力であったことなど予想もつかなかった。
もっとしっかり検証しておけばよかったが、後の祭りである。
「僕は冒険者のカミオ、このバーティ“白いたてがみ”のリーダーをやってる」
「オレは一洸…… です。この子は、ミーコ」
やはり冒険者というカテゴリーか。
騎士などではなく、もちろん盗賊でもないだろうし、村人には見えない。
ミーコは後ろでしがみついたままその様子を伺っている。
オレはカミオがミーコを見て一瞬固まったのを見逃さなかった。
なぜだ。
しかし、すぐにさりげなく微笑むと、
「ミーコちゃん、よろしく」
そう言って右手をだし、ミーコは恐る恐るその手を握った。
「すいません、この子は人見知りが激しくて」
握手をしてもすぐ後ろにいってしまうミーコに、カミオは優しい笑みを向ける。
カミオに促され、化け物が倒れている現場に立ち会った。
恐らくは首が折れたのであろう、角はとれて半身が岩の下敷きになっており、見る限りにおいては完全に絶命している。
ミーコはオレの後ろから伺うだけで、前にでようとはしない。
見える以上に本能的な危険を感じているのだろうな、と思った。
カミオはミノタウロスの斜めに裂かれた傷をしげしげとみている。
「この傷は…… どんな奴とやり合ったらこうなるんだろうな」
「ドラゴンでもない、もっと別の何かだ」
カミオと脳震盪を起こしていた冒険者がそんな話をしていた。
「君のおかげでまだ生きていられるようだ……
こいつが潰されるのは見れなくて残念だったが」
その冒険者グラートが握手を求めてきた。
つぎつぎに冒険者たちと握手をしていき、ミーコも続いてそれにならった。
冒険者パーティ“白いたてがみ”は、カミオをリーダーとする5人編成で、全員Aランクのエリートだそうだ。
突然のイベントに遭遇する前に予め取り繕っていた設定(昨夜の思い付き)。
1. 山奥の集落で育ち、都会の常識には疎い
2. 名乗りは“イッコウ”、腹違いの妹の“ミーコ”と一緒
3. まだ街にいったことがないので、身分証明をするものがない
4. お金もしくは対価に関する知識がない
以上をミーコに説明しようとした矢先で巻き込まれたアクシデントであった。
もう少し緊張感を持って準備すべきだったと後悔したが、何とか取り繕わねばならない。
オレとミーコが冒険者たちと挨拶をする時、一人が
「キャティアか……」
と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
“キャティア”とはなんなのか。
それはどことなく何か秘められた感触を持っていて、表立って言うのをはばかれているような印象を受けた。
「ぼくらはギルドにミノタウロス討伐を報告しなきゃならない。
君たちも止めをさした協力者として同行してほしいんだが、頼めるかな?」
カミオはオレに申し出てきた。
ギルド……
早速出てきた異世界定番用語。
早いか遅いかの違いだけでいずれは把握する必要があったし、街で生活基盤を整備する必要もあった。
「ええそれは大丈夫です。
ただ、僕たちは山里から降りてきたばかりで街の常識にも疎く、身分を証明するものを持っていません」
「冒険者じゃなかったのか…… なら、登録もしてしまうといい」
そう言うカミオは、オレたち二人の特殊な事情を相当な部分承知しているような印象を受けた。
この人、やはりただ者ではないな。
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