第6話 自動洗濯機と食器洗い機を手に入れる


 そのスライムは中華まんじゅうほどの大きさで、透明な見栄えながらよく見ると小さな目のような器官が2コついている。

 ぱっと見はプレゼントされたら、子供が喜びそうな感じといったところか。


「え、ナニコレ? 超かわいいっ!」


 ミーコはスライムの愛らしさに激しく反応してしまった。

 彼女は顔を近づけると、匂いを嗅ぐような仕草をしてそのまま触れようとしている。


「ミーコ! 危ないからまだ触っちゃだめだっ」


 オレが言うのが遅かったのか、ミーコが触るのが早すぎたのかそのぷるぷるの生き物はミーコの指をすっぽり受け入れていた。


「大丈夫だよ、危ない感じは全くしないし、それにこの子お腹が空いたから、もっと頂戴って言ってる!」


「……何言ってるかわかるのか?」


「はっきりじゃないけど、気持ちが伝わってくるの」


 オレは、この元ネコの娘の基礎能力をまだ全て知っているわけではなかったが、そのポテンシャルは恐らく自分の想像を遥に越えているのではないか。

 少し考えを改めようと心にとめた。


 汚れた皿とコップ、フォークがきれいになっており、しかもまるで磨いたようにピカピカであった。

 これは目の前にある歴然とした事実であり、疑いようもない。

 

 ミーコはぷるぷるのスライムに頬ずりまでして、すっかり愛玩動物化している。


「そのスライムはさ、どんなものが好物なのか聞いてみてよ」


 ミーコは自分が言ったことをそのままスライムに向かって喋っていた。

 スライムはぷるぷると軽く震えたようだ。

 意思を表明する時は微動するのか。


「この子ね、生き物の死骸とか排せつ物とか、今は生きていないけど元は生きていたものが好物なんだって」


「……そ、そうか」


 オレはちょっと考えて、


「それじゃ、生きている物は食べられないんだな?」


 ミーコはまた、スライムにそのまま聞いた。


「そうだって」


 オレは服を脱ぎ始めて、下着とシャツをまとめてアイテムボックスから出した洗濯かごに入れる。

 ミーコは興味深そうにそれを見ていたが、ひらめいたような表情になった。


「おにいちゃんが何しようとしてるのかわかった!」


 ミーコはそう言うと、そのスライムを洗濯かごに入れた。

 スライムはお礼をいうようにぷるぷる震えると、オレの脱いだ衣服を少しずつなぞらえ始める。

 それはゆっくりとした丁寧な動きであった。


 代わりのジャージ上下とTシャツに着替えたオレは、スライムの動きからは目を離さないようにしていた。



 時間にして30分くらいだろうか。

 その様子を面白げにみていたオレたちだったが、スライムが仕事を終えて震えている。

 何か表明したようだ。


「この子、ありがとうって言ってるよ、もっとあればうれしいだって!」


 かごの衣類を広げてみたが、溶かされたとか食べられたようなことはなく、洗い立てのまっさらな状態である。

 もちろん洗剤の臭いはなく、完全な無臭。


 あくまで仮定だが、これは共生の一形態であろうと思われた。

 食べ物の安定供給が不安定な世界では、強者に寄生して安定供給を得る必要があり、その方法の一つとして排せつ物がある。

 排せつ物や皮脂などを食物とすることにより、強者との共生にて存命を図る存在、それが異世界でのスライム(の中の一種?)なのであろう。


「こういうものがほぼ毎日でるんだけど、これから安定供給できる、

やってくれるか聞いてみて」


 ミーコはそのまま伝えると、間髪をいれずスライムは震えた。


「よろしくお願いします、だって!」


 ミーコは嬉しそうにスライムを手にして、その感触を楽しみ始めた。


 まさか、こうも早く自動洗濯機と自動食器洗い機が手に入るとは。

 少々出来過ぎなのではと思うほどの状況の展開に、何らかの意思を感じずにはいられなかった。


 ボックスから昨日空き瓶にいれた花を出してみたが、全く変化していない。

 ひょっとしたら単に時間経過が遅いだけなのかもしれない。

 念のため、もう少し様子を見てみることにした。



「ねぇおにいちゃん、森に行って木の実とってこようよ!

あたし一杯あるとこ見つけたんだ」


 ミーコがそれは嬉しそうに言うのでもちろん否定する理由はなく、食糧採取にでかけることにした。

 

 先ほど見かけた集団のこともあったので、何らかの武器になるものは用意しておくかな。



 ボックスからアウトドア用のサバイバルナイフを出してベルトにホルダーごと装着する。

 まさかこんなことに使うとは思わなかったが、ミーコにも何か持たせないと。


 非常用折り畳み十徳ナイフを取り出した後、少し考えてベルトのナイフを外す。


「ミーコ、これを持っていようよ」


 小さなナップサックを取り出してミーコに背負わせる。

 サバイバルナイフをだしてミーコに説明した。


「この先何があるかわからないから、君にこれを持たせる」


 ナイフをだして使い方を説明する。


「おにいちゃんは?」


 そう言いながらも、ミーコはナイフ使いのように片手でナイフをまわし始めた。

 オレは自分の十徳ナイフを見せると、


「あたし、この小さいのがいい! 

おにいちゃんが大きい方を持ってて、ミーコを助けてね」


 彼女はオレから十徳ナイフを素早く奪ってナイフを引きだし、再び拳銃を回すようにさらに早くナイフを回転させる。

 

 助けるって、どっちが助けるんだか。

 ミーコを敵に回すと、きっと…… いやこういう想像はやめておこう。



 ベルトにナイフを装着し直して、森を進む。

 森は特段危険を感じるような気配はなく、アウトドアで普段目にする日本の林野と変わらない様相である。

 

 木立を抜けると少し広い原っぱのような場所にでて、その周囲に赤いキイチゴもどきがなっていた。


「とりあえず今日食べる分だけでいいからねー」


「はーい」


 キイチゴもどきを摘んでいると、キノコが生えているのを見つけた。

 かなり群生していたが、自分にはこれが食用可能なのか分別がつかない。


「ミーコ、これって毒があるかどうかわかる?」


 ミーコは生えているいくつかのものの一つに顔を寄せる。


「これ大丈夫、多分美味しいよ」


 少し離れたところにも群生している種類があった。

 オレンジ色の見るからに毒々しいものがあり、それは顔を近づける前に、


「これは絶対だめみたい、近寄るのも危ないよ」


 ミーコはその後も、大丈夫なキノコを摘み続けてくれた。

 あとでキノコスープを作ろうかな、そんなことを考えていたその時だ。


 聞いたこともないような禍々しい咆哮。



 本能に問うまでもない、命の危機が迫っているようだ。


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