60話
「ねぇ、渚っち。私のクラスにめっちゃ美人な子が転校してきたのって知ってる?」
久しぶりに部活に行った俺は、すでに部室にいた
「いえ、知らないですけど……」
あまり友達のいない俺はそんなことを話す人がいない。噂であっても俺が聴くことはない。まあ、噂に振り回されないだけいいけどさ。
か、悲しいとか思ってないぞ!
俺が返答すると伊縫先輩は目をキラキラにして、興奮し話を続けた。
「それがさ。めっちゃ可愛いのよね! まあ、可愛い系じゃなくて、美人なんだけどね!」
「へー、そうなんですか」
「むぅ、興味なさげだね」
「実際興味ないですから」
容姿が良かろうと悪かろうとどうでもいいっていうのが本音だ。人の容姿で騒ぎ立てるのはあまりよくないことだと思うしね。
まあ、伊縫先輩は可愛い物、人に目がないからな……しゃーない……わけではないか。
「渚っちって、枯れてんの? 何がとは言わないけど」
「それもう言っちゃってません? 人並みに生えてますよ」
「ぷっ、は、生えてるってなにさ」
俺の言葉に大爆笑する先輩。
枯れてるの対義語で言ったつもりなんだけどな……先輩にとってツボだったらしい。ようわからんけど。
「いや、まあそれはさておき。この時期に転校ってあんまないじゃん?」
「まあ、そうですね」
11月になった今時期の転校は確かに珍しい。親の転勤とかなら別に珍しくないんだろけど。
「それで、その子にどうして転校してきたのって言ったの」
「はい」
本を読みながら俺は適当に相づちをうつ。先輩は話し始めて、どんどんテンションが上がっていったのかトーンが高くなっていく。
いつもテンション高いけどここまで高いのは珍しいな。
「そしたらなんて言ったと思う!?」
「はぁ……。親の転勤とかじゃないんですか?」
無難にそう言うと、先輩はわかってないなぁと馬鹿にした顔で見つめてきた。苛つくな。
「まったく……。渚っちは柔軟な思考というものがないんだから……」
何事も一直線な性格の先輩に言われたくないんだけど。
まあ、話の腰を折るのもなんだし、そっすね、と適当に言う。増長するのは目に見えてるけど、適当に流そう。
「それでね? その子はなんと! 人に会うためって言ったのよ~!」
「え、それで?」
「へ? それだけだけど」
いや、だからなんだよ! 確かに会うために転校してきたってのは珍しいかもしれないけど、ここは公立の高校じゃなくて私立だ。多少はそういうこともある。
そんなにカッチリしてる高校でもないしな。
「いや、オチがないなと」
俺が思わず口に出すと、心外な! という顔をし、机をバンッと叩いて立ち上がった。
「いや、馬鹿なの? 人に会うためって、絶対オトコに決まってるでしょぉぉ! そのためにわざわざ転校してきたんでしょ? ロマンチックやろがい!」
あ、忘れてた。この人究極の恋愛脳だったんだ……。
だからロマンチックを求めるがあまり彼氏も……ヒィッ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「き、気のせいです」
「ふーん……」
す、鋭い……。ってか怖い。
先輩はまだ疑ってるのかジト目で見てくる。まあ、その通りのこと考えてたんだけどさ。
「ま、まあ、男に会うためとは限らないですよ」
「いやいや、絶対そうだって! あ、その子、六道さんっていうんだけ──」
「えぇ!? あ──うぉっ」
思わず驚き、椅子から落ちてしまった。
え、あの人まじでやりやがったんか!? お、俺のところに転校してこなくていいだろうが……。
「いててて。……楽しみにしててって、そういうことかよ……」
やられた。一杯食わされた……。
「だ、大丈夫?」
尻もちをついた俺を心配そうに見る先輩。それに大丈夫ですと返し座り直すと、先輩が再びジーと見てきた。
「な、なんですか」
「いや、知り合いなんだなって」
「ゲホッゲホッ」
先輩の核心を突く言い方にむせてしまった。はぁ……これじゃあ肯定してるようなもんじゃん……。まあ、バレたところでなんだって話なんだけどな。
「ほら」
「ま、まあ、知り合いではありますよ」
しどろもどろになりながらもそう答える。その瞬間、先輩のテンションが最高潮になったことを感じた。
「え!? 本当に? じゃあ、会いに来たのって渚っちのことじゃない!? やー、妄想広がりますわ。グヘヘヘ」
乙女にあるまじき姿を見せてらっしゃる!? 妄想って言ったか? 常日頃からなんの妄想をしてるやら……。
「いや、俺が目的ではないと思いますよ」
どうも俺は顔に出やすいらしいから、ポーカーフェイスを意識してきっぱりと否定する。まあ、十中八九俺が目的なんだろうけど、瞳さんの感情には、好いた惚れたとかはないからな。
だから先輩の思ってるようなことはない!
「えー、つまんないの。でも、もしかしたら!」
「ないです」
「ちぇっ」
そんな拗ねた顔しても無駄無駄! 俺のポーカーフェイスは進化して──
その瞬間、ガラガラと部室のドアが開いた。きっと、他の部員だろうと、扉の方向を向くと、
「え」
「失礼するわ。狭山くんはいるかしら?」
瞳さんが、扉の前に立っていた。
伊縫先輩もつられて扉を向き、瞳さんの姿を確認し、俺が目的であることがわかると、その口角をイラつくくらい、ニヤァと歪ませ俺をチラチラと見てきた。
くそっ、なんてバッドタイミングで来たんだ……。
「と、とりあえず行きましょうか」
先輩のいるところで話す気にはなれないため、瞳さんの手をつかんで、人のいないところを探す。
「あ──」
理科準備室。それが目に入った瞬間俺はその中に入った。
「はぁ……」
思わずため息を吐く。
ふと、瞳さんを見るとニヤニヤとしていた。
「それで、ワタシの手をそんなに強く掴んで、その気になったってことでいいのかしら?」
「え? あ! すみません!」
ずっと手を繋いだままだったことを思い出した俺はすぐさま離した。それになぜか瞳さんは残念そうな顔をしたが、どうせ弱みを握りたかったからだろうし、気にしない。
「それで……驚いた?」
「驚きましたよ。椅子から転げ落ちるくらい」
「ふふふ、ならよかったわ。ドッキリ大成功ってところね」
口元に手を当てて笑う瞳さん。こうして対面すると改めて綺麗だなと感じる。
窓から射し込む光にキラキラと反射する銀髪に、どこか妖艶な雰囲気を感じる仕草に赤い目。
確かにこんな人が転校してきたら、騒ぎ立てるのも仕方ないかもしれない。
「? どうしたの?」
見とれていた、などとは言えない。
「いえ、なんでもないです。それで、なんでわざわざ俺のいるところに転校してきたんですか?」
「あら、渚くんがいるからって理由はダメかしら?」
グッとその整った顔を寄せて、そんなことを言う瞳さん。例の許嫁のためだというのはわかるが、やりすぎだ……。
「か、からかうのもいい加減にしてくださいよ」
「顔、真っ赤よ」
「~~!」
あー! もう、年上の余裕とやらなのか、恥ずかしいことをした自覚がないらしい。
「まあ、渚くんがいるからってのも理由のうちだけど、別の理由もあるわよ」
「それはなんですか?」
「秘密よ、まあ時がくればわかるわ」
この前に会った時の隙のある姿など微塵も感じさせない完璧さで、俺を手玉にとる。
結局秘密と言われたまま、瞳さんは理科準備室を出てしまった。
「はぁ……」
最後に、これから起こるであろう面倒くさいことを想像して、もう一度ため息を吐いた。
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