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クルセスカが船をそのまま島に突っ込ませたことに、特に理由はない。

 どうせもう限界を超えさせた船体であるし、景気づけにもいいし、港にぶち込むというのは挿入感があって気持ちよさそうだったから程度のことだ。

 港がなければ船は泊まれないし、更にはカワナ達が乗ってきた小さな舟は巻き添えになってすでに大破していた。島からの脱出および島へ外から誰かが助けに入ることが難しくなったのは間違いなかった。

 ぽぽぽぽぽ。

 と、ラムジェシカがあの音を奏でて『人形使い』の魔眼を閃かせた。『人』から『死体』をへて『屍人形』へと作り変えられ満載された屍人の軍兵団がワラワラと、這いずり、走り、あるいは泳いで、島を蹂躙するべく進む。

「泳ぐゾンビって新鮮ねえ。あ、マジ新鮮マジ新鮮だから出来ることよね、腐りが進んでたら溶けちゃうものね」

 数ミリずつ沈みゆくクルーザの甲板上でクルセスカが仁王立ちに笑った。

「ねえラムねえラム! ゾンビ映画つくらなぁい!? スペインとかでさあ! 土地ならあるわよお!? 下手すると儲かるわよお!?」

「これ、こんなにデカい船でしたのね。あーあーあー、もったいないですわあ、要らないならくれれば良いじゃないですの……」

 とん、と革靴の音を立て降りてきたフアヌ・ノリーズが呆れたように言う。指に絡め持つ日傘はゆるくクルクルと回っていた。

 暗黒の夜海を滑走していた時は実感できなかったが、陸地と比較できる場所にあると船体の巨大さは際立つ。中規模のホテルビルがそのまま横倒しにされて沈んでいくかのようにも見えた。

「でっかくでっかく見えるでしょうー? でも船ってそんなもんなのよお、陸だと大きく見えるの。ほんっとに。でも海だと小さくなるの。おチンチンと同じ。――ごめんなさいごめんなさい。処女(オトメ)に言うジョークじゃなかったわね」

「処女(ガキ)に見えてますの?」

「ガキになんて見てないわあ。素敵すぎるくらい素敵なレディーよ、グラマラスだし、ねえ? セクシーかつ美人かつKAWAIIわよぉ、モテるでしょ?」

「モテまくりですわ」

「やだもう素敵」

 フアヌの体がノーモーションに、キュン、と音を立てて浮いた。浮かぶ傘に指の力でぶら下がっている――ようには、見えない。あるいは『傘を手にしたフアヌ』というので一単位の飛行体として操作しているのだろうか。

「では、そろそろ。――ご武運を、クルセスカ様。ラムジェシカ様。あたくしもちょっと、ヤル気がでてますの」

 一礼し、飛び立つノリーズの『傘使い』による傘の飛行は、とにかく恐ろしいほどに緩急が鋭い。ゼラの箒を戦闘機の軌道とするなら、こちらはまるで蜻蛉(トンボカゲロウ)――恐らくは、最高速度ではゼラが上回るが、機動性ではフアヌが上ではないだろうか。

「……今のウソよぉ!! 今のウソよぉ!!!。あの子バージンよぉ絶対よぉ!!! 全財産かけてもいいわあ!!!」

 クルセスカがラムジェシカに向かって叫んだ。返事は一切ない。


###


 豆のスープにオイル揚げのジャガイモ、薄切りの牛肉を炒めて鮮やかなピクルスを添えたもの、ラザニアはミルクとパスタの純毛品、ゼラの釣った魚は深く切れ込みを入れ骨まで食べられるように揚げられて、仕上げにデザートは芋と水飴を絡めた中華風。

「この島のケータリングサービスはちょっとしたもんだね」

スミが呆れたように言った。

「食い道楽のキミのことだ、食事には手を抜かないのは知っていたが、にしても気張ってる。ずっとこの調子で暮らしてるのかい」

「命を無駄にしない出来るだけの努力をしたいだけ」

「この肉団子はフィンランド風だな。じゃが芋も。せっかくゼラが喜びそうなのに……無国籍で、まるでアラブの食卓だ」

「大袈裟だわ。作りおきも多いんだもの。せめて品数くらいは……それに、けっこう長く、この御晩餐だけを頼りに、待つしかないのよ、私達」

 マーガレットがかすかに憂鬱そうに、固く閉ざされた扉を“見た”。

視界が、視点が、どこまでも動く。

 まるで幽霊のドローンカメラでも飛ばしているようだ。

 当然のように扉も壁も通り過ぎ――博物館を“外から見る”と、玄関にはつっかえ棒に南京錠と、そしてこちらにも叩き潰されたコンクリート。まあ効果のほどはともかく、とにかく出てくるなというカワナの意思、あるいは怒りが並々ならぬと伝わってくる閉じ込められっぷりだった。

 島の上空から“見下ろす”と、東の岸に船が、銀色の大きなクルーザー船が着岸、もとい島に激突させてそのままという感じでめり込んでいた。ワラワラと今もまだ船から人影、動く屍体の人形たちが這ってでてきている。

 箒で滑空するゼラが“見えた”。すでにセイジがその傍らに乗っている。

 マーガレットが“見ている”前で、カワナがゼラの箒に跳躍――『風使い』の魔眼でまるで飛行するように飛びあがり、箒に片腕でぶら下がった。

「どうしてる?」

「スミちゃんも見ておく?」

 そういうとマーガレットが自分の眼に映ったものを、そのままスミに“見せた”。

 視界共有――とでもいえばいいのか。

スミの視界のなかに、いまマーガレットが見ていた3点の視点と、さらにゼラやセイ ジにクローズアップした様子が、立体映像かなにかみたいに写し込まれている。

――これが『眼使い』の魔眼。その力の、ほんの、極一端。

なんという異様、万能。神の視点。

「……この魔眼を、マーガレット、君以外が持っていたらと思うとゾッとするよ――『眼使い』が君であることは、君以外の世界の幸運だ」

「……」

 喩えるなら、まるでVRカメラで楽しむゲームのような視点なのだが、この喩えが出来るようになるまで『眼使い』の誕生から半世紀以上たっているのだった。

「食事をしながらライブ中継。優雅な軟禁だ」

「なるべくゆっくり、食べ進めましょう。それと、あとで皆さんが帰ってきてから温め直せば美味しく出来るメニューは、残しておくように」

「どうしようかな」

 歌うようにいただきますを言って、スミがスープを一口、食べた。

「――美味しい。マーガレット、素晴らしい。……ゼラよりもサミ君の好きそうな味つけだな。健康的というか、ロハス風というか」

「そうなの? サミさんって」

「こういう時だけは若い体でいれることが嬉しいね」

 ススキノハラがそろりと帯を緩めた。

スープの水面が微かに波たつ。

 島ごと揺らすかのような闘争の騒音が、遠巻きに届いてくるなかで、スミとマーガレットがユッタリと食事を始めた。


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