19
「――Erusaruto(錆びの教会)――」
先に動いたのはウルトだった。
片目を手で隠しての大きな魔眼幻視で氷を手繰り、集めていく。瞬く間に氷が屋根を、壁を作っていく。出遅れたことを慌てるように、ヒコがウルトの傍らで、同じく幻視の光を手繰りウルトの構成する骨ぐみに重ねていった。
――なにか言葉をかわす二人――。
完成しつつあるそれは氷の館だった。とてつもなく凝ったカマクラ、とも言えるかも知れない。
ウルトの魔眼幻視を、ヒコが錬金術師式の『氷使い』で手伝う。
一言、二言、不満そうにウルトがヒコを咎めた。雪での造形はウルトの最も得意とする魔眼操作で、同時に最も好きな趣味愛好にすらちかい分野でもあった。
せっかくの作品に他人の手を入れられるのが、いかに『両陣営が共同する』というのが星夜の習わしがあっても、ウルトには少し面白くなかったのかもしれない。
何度か、ヒコはウルトに叱られた。――嬉しそうだった。
「これは誇らしい……」
完成した館の出来栄えに、グリフォニカが笑みをこぼす。
雪と氷の館は、この星夜かぎりの仮初の議事堂だ。
終われば儚く砕いて溶け沈めるそれだが、ウルトが作り上げた純白の館の造形は素晴らしく、繊細な装飾すら刻まれていた。
「見くびっていた。僕らの『氷使い(ラヴィオレッタ)』は、凄い魔女だ」
ウルトに隠しきれない自負の笑みが溢れる。
その笑顏に見惚れることをもはや少しも隠せていないヒコが重ねて称賛する。最初から最後までひたすら従順だった彼だからこそ、ウルトの魔眼操作が高度で、しかも建築的に妥当性があることに気づいていた。
――僕は将来は表の世界で建築の道に進みたいと思ってるんです。大学でも、だから建築を選考していて、それで――。
懸命に話しかけていたヒコをマダムが遮る。あからさまに眉間に皺をよせて、その大きな身体で窮屈そうに二人の間を通り、氷の議事堂に体をねじ込んだ。
雪の館に魔法使いたちがぞろぞろと詰め寄せる。風を遮り、ある程度のまとまった人数がいれば、氷の壁でもそれほど寒くはならない。
ウルトが無言のまま、自らの陣営にもどろうとして。
ふいに、ヒコにむきなる。
――あなた、魔法使いより建築家になったほうがいいわ――。
およそ殆どの魔法使い、特に魔道士であれば、侮辱にしか受け取られないであろうその言葉に、しかしヒコは破顔したのだった。
信条を異とする錬金術師の、まして男などとは、たとえ星夜会という特異な場であっても、必要以上に口を利かないようにするべきと、ウルトは思っている。――思っていた。
ウルトのデコルテが紅潮していた。
ヒコと幻視を重ねたウルトには分かっている、嫌というほどに彼の補助は適切で自分のちょっとした穴をすばやく埋めていったこと、その錬金術師式の幻視操作を美しいとは思わなかったが、彼のそれが誠実であることだけは分かる。
愛し倣ってきたものは違っていても、とても大きなところが共通していて、そこに費やしている志の熱も分かってしまっていた。
トウスイが実弟の肩を小突いた。
本当なら茶化して笑いたいようなことなのに、時と場所と相手が悪すぎて不安のほうが遥かに上回る。
「ヤアー! ヤアー! はじめまして、グリフォニカ!!!」
そんな空気を全く読んでないかのように、わざとらしいほどの甲高い声で、笑顔のタナベがグリフォニカに握手を求めた。
「あ、あの――」
「はじめましてだよねえグリフォニカ君! でも本当ははじめましてじゃあないんだ! お菓子の国の王子様グリフォール! 君が赤ん坊のときに見たことがある! 魔道士さんのところに一度だけ行ったことがあるんだ! 大きくなったなあ、ハンサムだなあ! なんだか嬉しいよ!」
「そ、そうなのですか。おそらくは――僕か、僕の姉か誰かの誕生日、とかかな。グリフォール家は錬金術師とも表家業の関係で交流が――」
「うふふ。みんなに聞こえるように説明しないといけない、『私が錬金術師と関わるのは仕方なくでーす!』って。面倒くさいなあ魔道士は! なら僕もきちんと名乗らなきゃダメかな。えー、僕はタナベ・クリスケイプ! 向こう岸にあるペンションのオーナーだよ、よわーい錬金術師さ。――いじめないでね」
まるで部屋着のようなカッコウのタナベに、魔道士のいくらかは眉をひそめたが、グリフォニカは屈託なく笑顔を作り、両手で握手を返した。
「高名なる『夢使い』。お会いできて光栄です」
「君は礼儀正しいよねえ」
「生意気がすぎぬよう、心がけます」
「でも、なにか悲しいな。子供が礼儀正しすぎるのは、なにがとはいえないけど、なにか悲しい」
「……いま、なんと……」
「ああ、気にするなよ! ねえ、いつかペンションにおいで。ホテルではないのでサービスはイマイチだけど素晴らしいベッドと素敵な夢を保証しましょう! あ、じゃあ! 僕は隅っこのほうで、ほぼ寝てるから!」
タナベはくるくるダンスでも舞うようにホールを横断しながら喚きつつ、本当に奥の方で横になってしまった。
氷の館、といえば寒々しいが、そこはやはり魔法のあれこれがあり、温かいとまではいかないものの、風邪をひくような室温ではなくなっている。
中央に進みいで、グルフォニカが声を上げた。
「――『はじめよう』!」
グルフォニカがそのピアノの声で宣誓する。これも議長が発すると決められた文言――次の瞬間、ダンスホールに、人が増えた。
増えたのだ。
何の比喩でもなく。突如として数多の魔法使いたちが、この星夜の社交場に、その姿を表したのだった。
ある者は黒い影の固まりが人の、おそらくは男のカタチをしていて、またある者は、虚空からフワリとまるでそこに初めからいるみたいに、白いローブ姿を表した。
中にはそんな来場者の一人が掲げる手鏡から寝むたそうな眼を覗かせる魔女もあって、その鏡を持つ男もまた魔法使いらしく、一見して何もない空間に向けてなにか言葉をなげかけていて、たしかにそこには何者からしき気配? があったりもした。
ユナの表情が青ざめていた。
虚空から、ぼう、と浮かび上がる魔女達の姿がトラウマであるエレノアを思わせたからかもしれない。
「もう『どんなふうに在るか』なんてことが、それほど重要なことじゃなくなってるみたいな連中ね。いきなりボンと現れたり出来ない私らのような魔眼は二流ってことよ」
「ソウデモバカリデ、アリマセンヨ」
トウスイの声にローランドが応える。
「消エル、ワープスル。出来ナクテモ、ツヨイノトップ魔女イルデス。カワナ師匠、ススキノハラ先生、キエタリ得意ナイデショ? タイプノ理由デス」
「――まあ、喧嘩はしてもいいけど、戦争はしたくない。これはどちらも本当よ。だから、そこまで危険すぎるようなヤツは来させないはずなんだけど」
「YES。ダカラ」
ローランドの碧眼が険しく、
「アレハ、ルール違反デスネ」
胡座をかく『毒使い』睨めつけていた。
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