13
「アリガトーネーっ! チョーメッチャ助カリマシタ―ッ! Hey、カモン。カモンボーイ、ア、ンー……」
とびっきりの笑顔。
上半身どころか下半身まで密着させるハグ。
そのまま繰り出すキスはもちろんおデコなどではなく、口に吸い付いた、
「Thank you. マタアエマショネ」
最後は耳元でウィスパー。
恐るべき四連コンボに、骨抜きにされた素朴そうな青年は、身体をカクカクさせながら軽自動車を運転し、フラフラ去っていった。
交通事故を起こしそうだな、とユナは思った。
「……まさかヒッチハイクで移動させられるとは……」
「節約デスヨ?」
グリフォニカとミスウィックが善良な女性運転手のタクシーを拾っていたころ。
つまり一歩先んじて、ローランドとユナは飴姫(アメヒメ)高原の森林地帯に到着していた。ただし最移動手段はご覧の通り、ヒッチハイクで。
「財政難なのですか? 交通費も出ないなんて……」
「交通費モライマシタヨ」
「へ?」
「デモ、ヒッチハイク楽シイデショ? アト、ランチ、私達ステーキハウス食ベマシタデショー?」
「そ、それで、昼からあんな豪勢に……っ!?」
「ワギュウ、土地デ違イマスカラ。シラナイ名前ワギュウ肉デスト食ベテミタカッタデスカラネー、オイシーデシタネー!」
「お、美味しかった、です、けど……! ……ヒッチハイクで聖夜会に参加するなんて魔道士が聞いたら腰を抜かす……あなた方には、魔法使いとしての美学とか、こう……良識というものが無いのか?」
「OH―。ハハー、錬金術師ミンナ私ミタイ不真面目ト思ウハ、間違イデスネ」
「……自覚はある……と……。あってやってるのか……!?」
ローランドのヒッチハイクは、凄かった。
駅前で突然のヒッチハイク宣言に、ユナが何を馬鹿なと冗談だと思ったのもつかの間、その1分後には3台の車が停まったのだ。
3分1台ではない。一分三台だ。都心のタクシーだってこんなに停まらない。
ローランドがやった手順は以下の通り、上着を脱いで、その真っ白な自分のTシャツの胸のあたりに目的地を水性マジックで描いたら、あとは両手を広げて笑顔を振りまきながら時々ジャンプしてアピールする。
停まった車のドライバーは当然みんな男だった。
掲げていた目的地はじつにそこから2時間以上先というのに、男ども三人が、三人とも自分もそこへちょうど偶然にも行く予定だと言って譲らなかった。
下手をするとそのまま殴り合いがはじまりそうなグーでジャンケンを制した大学生の青年が、栄光のドライバーに選ばれた。
落胆する残りの二人はしかし、ローランドからのハグとキスで見事に昇天し、笑顔で見送ってくれた。
「タクシーよりも効率がいいヒッチハイクなんて……まさかなにか、あなた魔眼を……?」
「ンー?」
「なわけないか……」
荷物を担ぐリュックで強調され、ちょっと動いたり歩いたりする度に、相も変わらず下着不着用でセーターが伸びそうなくらい躍動する上半身。
今、ローランドはさすがにあの無茶苦茶な和装でなくて普通の冬服なわけだが(ということはあのコスプレがローランドの「魔女としての服装」らしい)、マトモな服になって――その『珍妙』が薄れると――ようは顔と身体だけになれば、それはもう、華やかと言うか、文字通りあふれんばかりに魅力的というか。
「考エ方ノ違ウデスネ。目立ツ方ガ目立タナイコトアルンデス。ヘイ。イメージシテ。サッキノ私トアナタヲ、魔法使イト思ウ馬鹿イマスカ?」
「…………」
もし。
さっきの男子と、その友人Aいたとして、茶店あたりで、
――すごい可愛い外国人の女の子がヒッチハイクしてて、乗せたら別れ際にキスしてくれたんだ。
と話したとして。
それに、
――それって魔女だったんじゃない?
なんて言ったら、Aは間違いなく頭の病気を疑われるだろう。
ひどいことにもしユナ(魔法使い)が隣席でたまたま耳にしていたとしても「魔法使いをなんだと思ってるんだ」と内心で憤慨したはずだ。
そう考えると、このローランドの強烈すぎる個性というかビジュアルは、魔女として世を忍ぶ意味では実に有効だ。
「…………たしかに」
「ネ?」
「しかし……死ぬほど、釈然としない」
それでもユナはなにか喧嘩でも売られているような気分になる。
だというのに、しばし歩くと、
《ペンション魔法の家》
「…………」
「オオ。看板アリマシタ」
ペンションマホウノイエ、ワカリマスカ?
あ、わかります!
軽自動車の後部座席でその会話を聞いたとき、ユナはストレスで自分の耳がおかしくなったかと思った。
「魔法使いの邸が、カーナビで探せるなんて……」
「本当コレ魔法使イ居ル家ト思ウ馬鹿、絶対イナイデスヨ。HAHA―、クレバー」
「……でも……美学とか、こう……。――あるでしょうッ!」
ユナが手短な樹木を八つ当たりに殴った。
バサバサと粉雪が舞い、ローランドがまた笑う。
道は森の中へと深く伸びていく。
位置的には、魔道士達のいるあの七角館と、この高原湖の大きなワンド(入江)を挟んで、ちょうど左右に反対側なあたりだ。
ワンドといっても、この乃姫湖(ルビ:ノビメコ)は県内随一の湖水面積を誇り、全体からみればポッチみたいに飛び出したそのほんの一部でも、そこだけで対岸まで500メートル近くある。
つまり錬金術師と魔道士、どちらの陣地から見ても、広い水面の向こうに、相手陣地があるわけだ。
「雪ガ速イデス」
「雪の降る量が多くなってくる、と?」
「サムイナイデスカ?」
パチリ、とローランドが片目を閉じた。
ウィンクではなくて、魔眼の操作だ。
ほぼ同時、ユナの周りだけ雪がやむ。
ローランドの魔眼は風を、空気の流れを操って、まるで雪を届かせなかった、更にはその空気は外気の風を遮るのか、寒さまで和らいだ。
「……風の壁か……これが『風使い』……」
「 ―― 」
ユナのつぶやきに、ローランドが何か答えたが、その声はユナには聞き取れなかった。というより、この声は、この世でローランドにしか聞こえていない。
「あなたは同じ風使いでも『氾流』より防御に秀でたタイプですか」
「 ―― 」
「はい?」
ローランドがユナに何か言っている。ユナにはローランドの口だけがパクパク動いていることしか分からない。
「――。――! Oh, Oops」
なにかに気づいた素振りを見せて、ローランドがパチリと魔眼を閃かせる。ユナを包んでいた何かが消えた。
「ゴメンネ。コレヤルト、キコエマセン。ナニ言てました?」
「あなたは、攻撃よりも守りが得意そうだ、と」
「……アーハハハハハーーー!!!」
この時ユナは考えもしなかった。
「ンー、いつかそうなってみたいデスヨー! マジカッコイー、カテナチオ、ゴノセン! タツジーン」
ローランドの魔眼がどういうものか。
ポップリンド・ローランドという魔女が、あのイズミカワナの代役を。なぜこんなルーキーで任されたのか。
《長い道のり お疲れ様でした 魔女の住処にようこそ》
「…………」
二枚目の看板をユナは努めて無視した。
見えてきた《ペンション魔法の家》は、三角屋根の上に大きな時計が飾られていた。白いペンキが全体に分厚く塗られたログハウス風で、雪が本格的に積もれば保護色で遠目からは消えて見えるかもしれなかった。
「やーやーっ! ほーい!」
甲高い声と共に、ペンションから人影が出てきた。かなり小柄だ。声も甲高い、子供だと言っても通用するだろう音色だ。
「出迎えしなくてごめんねーっ! ちょっとトイレいってたパターンでーっ! て、あれ? なに? あっれ? 『時使い』さんは? ススキノハラさんが来るんじゃなかったっけー? 『時使い』がお弟子さん連れてくるパターンじゃなかった?」
日焼けしているのか生まれつきなのかは分からないが、ともあれほんのり小麦色の肌に、恐らくは脱色しているのだろう茶色の髪。そこにサングラスが乗っかっている。
そして、凄まじいまでの童顔だった。男女の区別がつかないほどに。
「やあやあ、兎にも角にもはじめまして。ボクはタナベ。タナベ・クリスケイプだ、よろしくね、ここのオーナーしてる」
「オ世話ナリマス」
「お。日本語うまいねえ。しかも二人とも美人さんじゃなーい! 舞い上がっちゃうなあ。ねえ、札幌にはいったことあるかい?」
「サッポロ? ホッカイドー? ノー」
「残念。ボクのペンション見て? 似てるでしょ? あれだよ札幌時計台に。でも現物みたことないんじゃわかんないよねー」
タナベが人懐っこそうな笑みで二人を見上げる。本当に子供が見上げるくらいの視線角度だった。
「あ。ほらほらボクの目、変わってるでしょ?」
タナベの瞳は左右の色が違う、いわゆるオッドアイだった。片方の眼球に施術をするわけだから、つまり後天的にオッドアイになることはそれほど魔法使いにとり珍しくないが、それでもタナベのそれは驚くほどに左右で色合いが違うのだ。
「カッコイイ名前がついてるんだよ。僕の瞳の色。右がライトコパーで、左はラスターオレンジっていうんだ。ね、おっしゃっれー。ね?」
そして。その魔眼はライトコパーのほうに刻まれていた。タナベの魔眼はその名が海を超えるほどに高名だ。全ての錬金術師どころか、魔道士まで見渡しても、指折りに『珍しい』タイプであるとされている。
それに、もうひとつ。
おそらくは、現状、全ての魔法使いのなかで『最も危険』な魔眼の一つである、ということも、実しやかに語られていた。
「君らが一番ノリだよ。あ、ボクがボクって自分のこと言っちゃうのは、ただのクセなパターンね。ボクっ娘じゃないからね? ちゃんと男の子さ」
そう言うとタナベは、少年を通り越し幼女にすら見えかねない表情で、舌をだして笑ってみせた。
魔眼の銘は『夢使い』。
夢揺香(ユスリカ)のタナベ・クリスケイプ。
「もう子って歳でもないけどね。三十路だよボク」
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