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今日はなんだか我がオーナーの機嫌が良い。


往々にして起源が悪くなることなど少ないヒトだ。


それでも時折なにかを思い出すように寂しそうな匂いをさせていることもある。


その頻度は一般的なヒトよりも多いと我は知っている。


我が雇い主(オーナー)はその生きてきた過去が恐らく想い返すと悲しいのだろう。


この島にはオーナーとツガイになれそうな雄が見当たらない。


子もいない。


寂しくて当然だ。


我とてそれは同じこと。


ゆえに愛しい我がオーナー。


美味い食べ物を愛すところが我とじつに合う。


我は美味くなければ腹が減っても食わぬ。


たいがいの者は飢えれば食う。


しかし我は飢えても舌が許さねば牙を立てない。


これを解しあえる者にはなかなか出会わない。


それにオーナーは目が良い。


鼻が利く、何にでも気づく。


我よりもだいたい早く、我よりもだいたい賢く。


そんなオーナーの近くにいれば、安心でき心地よく眠れる。


よい仲間だ。


ーーダッキ。


名前を呼ばれたので、我は眼差しで返事をする。


それにしても本当に、今日は機嫌が良い声をしている。


これは、なにかあるな。


食べ物が美味しかったくらいでは、なかなかこうはならない。


食べ物だけでも極上ならば、ならないこともないが。


ーーお客さんが、来ましたよ。

 

客、か。


つまり来訪する他所からのヒト、恐らくヒト。


なるほど、めずらしい。


ーー一人ではありません。魔眼がいくつか……おや……まあ、二人も魔女を連れてきたのかしら……。ほらダッキ。あなたのよく知る人ですよ。


オーナーの歯が見えた、嬉しい時の表情だ。


……――聞き違えていないか?


我、の、知って、いる。人か。


ーーススキノハラスミですよ。わかる? ス、ス、キ、ノ、ハ、ラ。戻ってきたのです。何年ぶりでしょうか。


おお!


喉が勝手に咆える。


嬉しい。あれは強い。


強い仲間は心地がいい、いっそう心地よく眠れる。


古い! 


懐かしい!


もう死んだかと思っていた!


ーーダッキも嬉しいですよね。

 

ならばもう、この島に。


来ている、来るというのなら早く。


ーーススキノハラをお迎えに行って下さいますか?


嬉しいことを命じてくれる。


駆け出す。


久しぶりに飛ぶ風よりも早く走ろう。


気を深く吸い込めば、なるほど。


なるほど。


島に四つ増えているヒトの気配、匂い。


たしかに一つが、懐かしい。

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