08


「坊ちゃま。そろそろ泣き止まれませんと……」

「な、泣いていないよ……! ちょっと、まだ落ち着かないだけさ……」

 ウェットタオルで顔を拭きながらグリフォニカが応える。

 ミスウィックの運転する車は、曲がりくねる山道を、まるで峠を攻める走り屋みたいなスピードで下っていた。大切な幼い主を乗せているとは思えない運転だったが、グリフォニカは慣れている様子で、上手に後部座席で小さな体を落ち着かせている。普段からこういう運転なのだろう。

「同じ魔法使いでもこんなに違うなんて思わなかったよ。知らないわけじゃなかったけど、知識として知っていることと感じて知ることは違うって、再確認しました」

「錬金術師たちの態度は場が場なら大騒動になっていたところです。坊ちゃま、よく頑張られましたね」

「務めだから」

「ご立派です。――ああ、そういえば、坊ちゃま。明日の飴姫高原までの旅程ですが、シンカンセンに乗れますよ」

「えっ! ほんとうッ!?」

「はい。もちろん窓側のお席です」

「ありがとう! 嬉しいよ!」

「光栄の極み」

 普段、グリフォニカは移動といえば車に押し込められて、目的地までをひたすら飛ばすことばかりだ。

 その身を狙う者が少なくないことも勿論だがグリフォニカの風貌はどうしても目立ってしまう。公共交通機関など本当に数えるほどしか乗せてもらえたことがない。

 異国の超特急に乗ることは、王子様のちょっとした悲願だった。

「ねえねえ、知っていますか秘書さん。エキベン、というものを買って食べるんですよ。シンカンセンの中にレストラン(食堂車両)はないからね」

「まあ、そうなのですね」

「エキは『駅』という意味の日本語で、ベンは『ベントォ』のことなんだよ」

「坊ちゃまの博学に、いつも私は驚かされます」

 年相応の子供然と、身を運転席にまで乗り出しそうにして、はしゃぐ主に、ミスウィックが柔らかく笑んでいた。

「セイジはシンカンセンに乗ったことはあるのかな?」

「それは、あるのでは?」

「羨ましい。シンカンセンに乗れるって分かっていたら、彼に美味しいエキベンの名前を教えて貰えばよかったな。知っていますか? エキベンは数え切れないくらい種類があるんだ。けど、美味しいのは一握りしかないんだって」

 どこで仕入れたのか、しかし妙に当たっている情報だ。彼のシンカンセンに対する興味が昨日や今日始まったものではないことが見て取れる。

「坊ちゃま。差し出がましいことを申し上げるようですが――」

「分かってる。セイジのことは秘書さん以外に話さない。でもセイジは僕のことをミスター・グリフォールと言ってくれた。それに一度も僕を子供扱いしなかった」

「当たり前のことです」

「僕の周りは、その当たり前をしてくれない大人ばかりだ」

「坊ちゃま、それは」

「もちろん秘書さんは違う」

「勿体無いお言葉」

 いくらか、夜の明かりが賑やかな道にでた。

 グリフォニカは窓の外の景色を興味津々と見つめている。

 12月の下旬であるというのに雪が積もっていないだけでも、欧州の寒いとこ育ちな王子様にはとても珍しい。

「楽しみだな。シンカンセンも星夜会も」



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