03


『煙使い』のイザラ・チャンドラー。

『砂糖菓子使い』のグリフォニカ・グリフォール。


 二人が初めて出会ったのはイザラがセイジを襲ったあの秋の日の、ほんの二ヶ月ほど前のことだった。

 いまだ所謂ところの『前時代的なあれこれ』を重んじる魔道士にあっては、結婚もその例外ではなく当人同士より家だの組織だのが前に出る。

 グリフォニカは13歳になったばかり。二人の年齢差は十を優に超えていたわけだし、さらにグリフォ―ル家とチャンドラー家では、グリフォールが遥かに格上だ。

 それでもこの縁談が成立していたのは、ひとえにイザラ・チャンドラーという魔女、というよりイザラという一人の女性に寄るところだった。

 イザラは高潔だった。

 強者に怯えず、弱者を軽んじなかった。聡明で、穏やかで。しかし義に反することには苛烈なほど厳しい一面も持ち合わせていた。

 イザラ・チャンドラーは魔法の方こそ凡たるものだったが、良き魔女だったのだ。希代といえたほどに。

 年齢差など問題になるまい美貌というのも、あるにはある。単純にイザラはその外観だけを理由にしての求婚が実は若い頃には跡を絶たなかったくらいだ。

 だがそのあたりは殆ど全く重要ではなかった。

 グリフォニカは若く可愛らしい王子様だ。

 そのせいで、まだ『男』どころか『男子』にも届かぬ『子供』のころから、連日連夜と、まさに腐るほどの数の魔女達が彼を狙って、あるいは恋い焦がれ押し寄せていた。

 見場の美しさなど、そんなものあって当たり前。そんな熾烈を極めていた王子様争奪戦(シンデレラの舞踏会)だが、そもそも名乗りすらあげていなかったイザラに、遠縁を通じ、ある日突然に声がかけられた(カボチャの馬車が届けられた)のだった。

 王子様を狙っていた魔女達と、その家々からすれば青天の霹靂だったろう。なにせイザラはいくら美人といっても二十代半ばを超えていたのだから。

 ニコチアナ(煙草の白花)をあしらった花束を手に、グリフォールと初めて顔を合わせた時。

 イザラは、まだ自分の胸のあたりまでしか背のない少年を相手に、本当に恥ずかしそうに頬を染めていた。

 グリフォニカはそんなイザラのことが、ひと目で好きになった。

 彼は、まだ男女の恋愛とその先の関係というものが、じつのところ実感を伴うまでには分かっていない。

 まだ『女』というものがピンときていない。そのうえ幼き日から連日のことで、女性そのものに、というかつまり『男女』という関係を強いられることに嫌気が差しかかっているといっても良かった。

 そんなグリフォニカが、それでもただ一人、十歳以上も上のこの魔女をのみ『好い』と思ったのだ。

 気持ちはイザラにも伝わったようで、二人は年齢も立場も、生き方も超えて、尊敬しあうことが出来ていた。

 周囲も喜んだ。

 なれば話は早い、あとはグリフォニカが18歳になるのを待つばかり。なんなら先だって子供が授かりでもすれば、尚の事良い――。

 イザラが非業の死を遂げたのは、そんな矢先のことだった。

 凄惨な死の詳細は、グリフォニカには伏せられた。

 しかし彼は『伏せられた』ことから察することが出来ない少年ではなかったし、イザラが消えることを望んだ数多の魔女達とその家々の存在が…‥確信には至らないまでも、そんな連中の画策や悪意が想像できないほど、幼くもなかった。

 そして、そうだとしたなら。

 イザラに降りかかった非業と不幸、その原因の一端は自分にあるのではないのか、と。

 グリフォニカ・グリフォールは、不幸にも、そういったところにまで想いの端が届いてしまう子供だった。

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