01  

「Hyvää joulua!! (※フィンランド語の『メリークリスマス』)」

「ひゃーッ、発音良すぎてなんて言ったんだが全然わからないぜゼラちーん! メリクリー」

「フィンランド語って難しいのねレーベさん! メリークリスマースっ」


 やっぱり本場の掛け声のほうがご利益とか高いって思うの。

 タズネのそんなリクエストに応えたゼラのフィンランド語での掛け声に、パン、パンパン、とクラッカーの弾ける音が重なった。

 今日は12月24日。クリスマスイブ。

 とりあえずはいつものメンツ。ゼラ、サンゴ(折本三行)、タズネ(帆立尋音)の、儒心館大学付属高校1年2組進学科、誰が呼んだか『ブライト(非黒髪)ヘアー三人娘』。

 仲の良い女子校生の友達同士が『ちょっと広い家』にあつまって、庭でクリスマスパーティ。

 そう記すだけなら平和だが、問題はその『ちょっと広い家』だ。


「コーヒーをいかがですか」


 静かな声に、JK三人の動きが止まる。

 慇懃に珈琲を手に現れたその給仕は、魔女。メイドみたいなエプロンドレスに、細巻きの咥えタバコ。

 ユナ・タチバナ。

 そう、ここは魔女の城。姦しくも平和にきゃいきゃいするゼラたちJKのクリスマス・パーティ会場にされているのは、あろうことか『煙使い』チャンドラーの邸なのだった。


「ありがと。おつかれ」

「……お気遣いなく」


 ほんの一瞬。二人の魔女が、その虹彩の魔法陣を交差させた。

 本気で命を奪い合ったこともあるというのに。不自然なくらいにゼラは自然体で、ユナの方もまた笑顔こそ見せないものの、敵意は感じさせなかった。

 ユナは片目に眼帯をして隻眼の装いだ。

 だが革の眼帯の下にある孔は洞ではなく、失われた(ゼラが奪った)眼球の代わりに錬金術士が式の義魔眼が収まっていた。

 魔道士ユナ・橘。

 あらため『魔道士ユナ・チャンドラー』。

 あるいは同時に、『錬金術師ユナ・タチバナ』。

 魔道士としての『ユナ・橘』は既にこの世にいない。先代のイザラ・チャンドラーからの遺言に従い、魔道士としてはチャンドラーの義姉妹として『ユナ・チャンドラー』を名乗っていた。

 だがそれは、今はまだこのチャンドラー邸のなかでだけ。

 魔法使いとしての地位も魔眼も血統も失った『チャンドラー』を守護るため、ユナは同時に『錬金術師ユナ・タチバナ』としてススキノハラおよびALIの慈悲を受けている。

 城の中では魔道士の城主、城の外では錬金術師の最下層、しかし心は未だにチャンドラーの忠実なる誇り高き下僕のまま。

 少々、いや、かなりややこしい。意図的にややこしくなるようしているのだから当然ではあるのだが。

 全てはイザラのため。遺されたイザラの家(チャンドラー)を守るため。ユナが選んだのはそういう茨の道だ。


「こちらの葉巻きとチョコレートはコーヒーと風味をあわせてありますので、ご一緒にどうぞ。もし葉巻でなく紙煙草をご所望でしたら、お申し付け下さい。銘柄はそれほど多く揃えておりませんが」

「ユナ。あたしらみんな未成年だよ」


 レンズで微かに輪郭の歪むゼラの明るい色をした瞳を、ユナの黒い眼が、すこし細くなって見つめる。

 今日は学校からの帰りそのままだったのもあり、ゼラの顔にはメガネが乗っていた。

 もともと一度は失敗した魔眼手術のせいもあって、ゼラは義眼でないほうの目もふくめ視力はあまりよくない。学校生活ではメガネかコンタクトが必要だった。

 もともと「メガネはダサい」という理由でコンタクトばかりだったが、ファッションリーダーでもあるサンゴから、おしゃれメガネはファッション上級者になるために避けては通れない、と力説されて以来、メガネも嗜むようになったのだった。


「……左様でしたね。それでは、ごゆっくり。メリークリスマス」


ユナがくるりと背を向けると、エプロンの裾が紫煙を扇いだ。


「ね。私ちょっとだけ、ううん、すっごく感動してるわレーベさん。まさかメイドさんのいるお邸でクリスマスなんて……。今日ホンっトありがとうねっ! かっこいいねえ、あのメイドさん。レベル高すぎって思うの、コスプレの」

「メイドじゃないってタズー。メイドって女中さんって意味じゃん? あの人むしろ雇用主の側でしょー? 似合ってるけどさエプロン」

「メイド長さんよきっと」

「聞けよ。違うって多分。……たしかになんかコスプレっぽくないでマジっぽいけどさ、エプロンがヤバい。高価そう」

「服がメイドさんだったらメイドさんでいいと思うの」


 タズネはハシャギっぱなしだが、いっぽうでサンゴのほうは意外にもというか、礼儀正しいというか。要所々々で行儀が良かった。ドレス的なのを着なければいけないのでは? といったタズネを、学生は制服でいくのがあらゆる文化圏で間違いないフォーマルなのだ、と諌めたのもサンゴだった。


「うちもさ、なんだかんだ言ってゼラちんカンペキ外国人だからちょい期待とかしてたわけなんです、けど。マジで凄いよココ。うわ、このチョコおいし。なにこれ外国の?」

「私にも頂戴。ねえ、不思議じゃない? 私、タバコの臭いって苦手なんだけど、あのメイドさんの吸ってるタバコはそんなに嫌じゃないって思うの。むひろひいにほい」

「葉巻だハらじゃない?」

「ホうなの?」


 左手に皿、右手にコーヒーカップ、ほっぺのなかにチョコレートを詰め込んだ二人の友人を傍らに、


(――セイジ……)


 ゼラの意識と視線は、今日何度目か、ぐるりと屋敷のなかを見回す。

その眼に刻まれた魔眼『箒使い』は、邸内、庭内、あちこちにばら撒いてある下僕の箒たちと、それらへ絡め号令を下す幻視光の糸を、もう幾度となく確認している。

 幸せな日常を紡いでくれる友人達。もちろん恐ろしい魔女の自分も、血なまぐさい魔法の世界も、知られたくない。

 けれどゼラは、もし何かが今この時に起こったなら、一瞬だって迷わない。友達や学校なんて全て顧みず、箒の魔女として飛ぶ覚悟はできている。


「ア―ッ!!!! ハーイっ!!!! ズェッラ! サンギョ! ターズー! 楽シメテルカナ―ッ!?」

「わっ」「うぶっ」「ぎゃうッ」


 ちょうどプロレス技のフライング・ボディ・アタックな感じで飛んできた女にJK三人が巻き込まれた。

 むしろ轢かれた。巻き込み型の悲惨な交通事故みたいだった。


「静カニスギルマセンカヨ? オ三人サマAHAHAHAH!!!」


 轢いた女性は金髪で、あきらかに白色人種。ちょうど女子大生くらいの年齢にみえた。

 染髪ではなしえない自然な色のブロンド、遠目からでも人種が分かるくらいの目鼻立ちと大きな青い眼、赤みのある白い肌。そばかすも健康的で可愛かった。


「ヤングデスダカラMOTTOモットー、食ベテ食ベテ! ミルクとポティト、カロリーソレナシデ大キク育ツナイデスヨー? ノハ。HAHAAHA!」


 そして――大きい。

 大きい。

 大きい。あまりにも。胸が。

 それはもう『巨乳』とか『大きい』とかいう言葉では日本人がイメージできないであろうサイズ感で。


「……っ、……ッ! ……っ!?」

「あ、うわ、タズーが、タズーが死にそう! てかすげえ!」


 そんな胸と比べると思いの外にホッソリしている腕がタズネの首根っこにまわり、分厚く深い谷間に顔を、というか頭をほぼ埋めていた。

 タズネは完璧に窒息している。このまましばらく固定していれば冗談ではなく失禁するだろう。


「シッケ―シッケー。ヘッドが小サーイ、デスネ。カワイイ」


 谷間から開放されたタズネがガフガフ咳き込む。

 そんなタズネの背中をポンポンしつつ、その大きな女性は金髪を豪快にかきあげて、手にしていたスペアリブに齧り付く。味の濃い肉を咀嚼も半ば、缶が凹むくらい強く握りしめた冷たいバドワイザーライトを流し込んでいく。

 ふはあ、と気持ちよさそうな笑顔。

 そのままコマーシャルにできそうなくらい絵になっていた。

 口からあふれこぼれたビールが谷間をつたって、下の方に。

 彼女の袴を、少し汚した。

 袴。

 袴だ。

 何かの見間違いではない。安物の剣道着みたいな、化繊でテカテカの光沢がある袴だった。

 このくどいほど白人な女性は一応『和装』姿だった。これを果たして『和装』といっていいのかは少し微妙だが。というのも正しい着付けが分かっていないのか、わざとやっているのか、バックルつきの皮ベルトで帯代わりにウエストを締めている。さらにそのベルトの脇には、それこそ外国人が京都旅行とかで買うようなあの手の木刀がつき刺さっていた。

 なんだか服装(ファッション)というより、仮装(コスプレ)だ。

 そういえばポニーテール風な髪型も、ひょっとするとなにかチョンマゲ的なものを意識しているのかもしれなかった。

 ーー日本に遊びに来た外国人観光客……の、非常に残念な部類というか。あるいはアメリカンコミックの実写映画あたりに出てくる『日本刀っぽいものを振り回す』たまにいるキャラクターの枠とでもいうか――。


「セイフク―、ジョシコーセー。エンコー、リョウテニハナ」

「エンコーはちがうよローランド。それ、やばい日本語だって」

「ン、デスカ? Merry Christmas。ズェッラ。ン―? フッフー、今日ノアナタ美シィデスネ。クリスマスの夜、恋人トノハッテン期待カナ?」


 バチン、と音がしそうなほど鮮やかなウィンクをゼラに飛ばす、その長い睫毛にひらめく碧眼にはーー魔法陣が刻まれていた。

 ――魔眼。

 そう、魔女なのだ。

 これでも、こんなのでも、間違いなく『魔女』。

 名をポップリンド・ローランドと言う

 それっぽすぎて逆に疑いたくなるが、いちおう見たまんまアメリカ出身だ。錬金術師の魔女で、蒼瞳に刻まれた魔眼は『風使い』。

 泉川魚と同じ『風使い』ではあるが、その特性はもはや別物といっていいほどに違う。にも関わらず、ローランドは泉川魚を師(マスター)と仰いでいた。


「あ、あの……ローランド、さん?」

「ノーノー! PLEASE。『ポップ』マタハ『リン』呼ンデ下サイ」

「じゃあ……あの、リンさん」

「ハイ。私リンサンデス」

「……さ、さっきから、ものすっごいふかふかっていうか頭きもちいいんですけど……これブラ忘れてませんか? チェストのコレ。ブラジャー。……アーユーノーブラ?」

「乳ガンリスク」

「へ?」

「へ?」

「ブラハ女ノ敵デスヨ?」

「……」

「……インターナショナルだ……」

「サンギョ、ターズ。二人ボーイフレンド、モチマスカ? ワタシ、ハ、ストレートデスヨ。ガールズトークヲ、シマショウ」

「ああー、ええーっとー、私いません。NOボーイフレンド」

「私もー」

「オーウー。残念デスネー。仲間デス。私モ今ハイナイデス」

「ええーっ!? うそだあっ!!!」

「死ぬほどモテそうなのにっ!!」

「モテルケドツヅカナイ」

「ああ……」

「ああ……」

「アナタタチハー、ドンナタイプ好キ? 私ノ好キハ男ノ子。ボーイ」

「ぼーい?」

「ベビーフェイス分カリマス?」

「ああはいはい童顔好きね。へー」

「ダンシ、ダンシ。歳上トテモ苦手デスネ」

「おー、イエスイエス」「あたしもー。お姉さんキャラぶりたいの分かるなー、ロマンだよねロマン」

「チュガクセ、グッド。ショガクセ、ベスト」

「……」

「いや、それは……」

「私ハロリコンデスカ」


ローランドが、スペアリブの最後を骨ごと口にいれて器用にくるくる舌で肉をスジまでキレイに剥ぎ取って、ツルツルになった骨だけを口から出した。

ビール缶を垂直に立てて最後の一滴を飲み干して、ふらりと立ち上がる。この上なく機嫌良さそうにまた肉と酒を補充しに行った。


「――犀楽(ゼイラ)さん。これ」


 そのタイミングを見計らっていたかのように、ゼラのその日本名としてあてられた漢字にやたらと正確な発音で呼ぶ声。

 声の主はゼラ達と同じ制服の女の子だった。


「フライドチキン。……よかったら」


チキンを盛り合わせたお皿には、ちょっと彩りに野菜も添えてある。


「ヒノイケさん、それあたしに?」

「犀楽さんさっきフライドチキン、美味しそうに食べてたから……。でも、ローランドさんが全部食べちゃいそうだったんで、とっといた」

「マジ? ありがとうっ!」

「……へ、へへ。いいって」


 眩しいくらい笑ったゼラに対して、不器用そうな笑顔を返す女の子。

名前を陽池琴(ヒノイケコト)という。

彼女もゼラのクラスメイトだ。ただ適当に切ってあるだけという感じの黒髪。線が細い体つき。顔立ちは日本的というか、すこし目元がぼんやりとしているような印象がする。

サンゴやゼラとはこれまであまり多く話したことはなかったが、今回ゼラの親戚の家(ということになっている)でクリスマスパーティをするという話になって、タズネ経由で誘われたのだった。


「あ。ちょっとコト。変なタイミングで抜け駆けするのってズルいって思うの」


 タズネはコトを下の名前で呼び捨てにしていた。

ゼラがサンゴにそのことを尋ねると、あの二人はキョウダイ(ブラザー)みたいなもんだから、なんて答えがあった。


「さっきまで一人でもくもくと食べてばっかりだったのに」

「見たことない料理が沢山あって夢中になった。外国のっぽい味付けだけど、どれも美味いんだ。あのメイドさん、やるな。パゾ・フロンティエ(料理に国境はない)」

「一緒にいなさいよ。コトはそうでなくても人見知り気味なんだから」

「私はお前と違う」

「そういうこと言ってるから、クリスマスに誘ってくれる友達が私以外に出来ないって思うの。クラスでも基本一人だし」

「……私に言わせると、エルフとアイドルの美少女ユニットに『私も友達よ』みたいな顔で常時ひっついていられる剣道メガネのほうが神経おかしい」

「殴るわよ木刀で」

「凶器に抵抗ないのか」

「へっ、剣道家が剣つかって何が悪いんでい……って思うの」

「まあ、タズネくらいなら武器ありでも怖くないけど」

ちなみに、ゼラが転校してきたあの日。セイジの写真を『微妙』と言った女子が、このコトだったりするのだが。

「ねえサンゴちゃん、ヒノイケさんてなんか格闘技やってる系?」

「合気道。なんか天才なんだって。あー聞いた話だけどー?」

「どー?」

「ヒノイケさんの実家コンビニでさあ。なんか前に酔っ払った大学の柔道部かなんかが飲み会がえりに来たらしくって、店の前で騒いだり散らかしたり、迷惑したんだって。で、それ注意したら逆ギレされて、だまれガキー、みたいな展開?。でも、そしたらヒノイケさん、その男に襟首つかまれたんだけど、その『掴まれたまま』の状態で交番にまでそいつを引きずってったんだってさ」

「すごい……」

「手が離れないー、指が動かせないー、凄く痛い―、許して下さいー、って泣いてたって。『正当防衛だけど、ちょっとやりすぎ』って逆に警察の人から言われたんだってよ」

「すごい。ヒノイケさんの家ってコンビニなんだ。いいなあ羨ましい」

「そこかよてめえ」

「ピザはいかがですか」


 どかん、と音をたて、テーブルにチーズとサラミの塊が現れた。ユナが持ってきたピザはテーブルのど真ん中でズバズバ切るタイプ、パイ生地のアメリカンピザだ。


「タバスコあるー?」

「お持ちします」

「オー。TABASCO。ゼラハ和風デスネ」

「タバスコって和風?」


 ローランドが肉と缶ビールをまたたっぷり運んでくる。


「ズェッラ」

「ん?」

「愛シノサミーサン、大丈夫、スグニ来ルヨ」

「うん」


三人の魔女が、ピザの上で視線を交差させた。


「あ、そうか。いまここに彼氏もちって犀楽さんだけか」

「ゼラちん羨ましいなあ」


 再び『魔法使いではない』三人が混ざって、場の空気が、ただの女だらけのクリスマスに戻る。


「ねえ、今夜が勝負って思うのよレーベさん! 頑張って! クリスマスだもの! ハレだもの! ハレの日はなんでも許される!」

「このあとはチェリーパイがあります」

「も、もうお腹いっぱいですけど……」

「私ハクエルヨ」

「思ったより料理が減っていない。遠慮しなくていいのですよ」

「アー、YOU。ユナ。貴女モ飲ンデクダサイ、混ザッテクダサイ。OK?」

「ーーは? なにを……」

「アナタ私ラ、仲間デハチガイマスカ? トモ二、タノシミマショウ」

「わ、私……私は、まだ仕事が、後片付けもある――」

「あ、あの! うちらからもお願いします。ご一緒しましょうよっ」

 戸惑ったユナに、サンゴが思い切って声をかけた。

「ずっと一人だけで働いてもらってて、なんか、申し訳なくって……」

「そ、そうですよ、ご一緒に! そっちのがいいって思います! あ、私達もちろん、ちゃと後片付けを手伝いますから! ね? コト」

「それは当然だろ」

「…………」

「ユナ。ゲストノリクエストデス」

「――……わかりました。それでは失礼して」

「わーい」

「やった」

「シャンパンを下さい」

「WOW!」


 銜えていた細巻きを灰皿の端にそっと置いて、ユナがエプロンドレスを外しながら宴の輪に混ざった。



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