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そして、夕食が出来上がるころに、上階から呼ばれ私はゆっくりと狭い階段を上がった。
食卓には派手ではないが手間のかかる和食のご馳走が並んでおり、そのどれもが美味しそうな匂いで私を誘い、
「どうぞ」と言われて口に運べば、白ご飯ですら驚く程美味しかった。
「に、しても。誰かとご飯を食べるなんて久しぶりです」
「そうか、僕もいつも一人と一匹だからね。人と一緒に食べるのは久しぶりだよ」
そう嬉しそうに言う夢見坂さんだったが、その声には少しだけ寂しそうな色が見えた。
夕食を食べ終わり、少ししてから夢見坂さんが「銭湯に行こうか」と言って立ち上がった。
「ごめんね。ウチ、お風呂無いんだ」
「えっと、私、銭湯はちょっと……」
右足がズクリと鈍く疼く。
「そっか、ごめんね。でも、せめて体を拭くくらいはしたいよね。蒸しタオル作ってくるよ」
やがて蒸しタオルが運ばれてきて、夢見坂さんはというと、体洗いタオルや着替え一式などをもって銭湯へと行ってしまった。
私は、熱いタオルを少し冷ましてから丁寧に体を拭いて、新しい服に着替えた。
しかし、何もすることがない。
ふと、私は、そういえば夢見坂さんは食器を洗わずに行ってしまったことを思い出して、まぁ、一宿一飯の礼くらいはと思って皿洗いをすることにした。
スポンジに洗剤を出して泡立てて一枚一枚食器を洗っていく。
すすいで、軽くふきんで拭いて食器棚に入れようとした時だった、手の中からガラスのコップが落ちて床の上でカシャン! と音を立てて割れてしまった。
私は慌てて他の食器を先にしまうと、割れたコップを片付けようとしたが、箒もちり取りも見当たらない。
仕方なく素手でガラスの破片を拾っていると手のひらにチクリとした痛みが走った。
「っ‼」
「あさぎさん、戻ったよ」
そう言ってにこやかに帰って来た夢見坂さんの表情が一瞬にして固まった。
怒られる! そう思って謝ろうとした時だった。
夢見坂さんは慌てた様子で私に駆け寄り、
「大丈夫⁉ あぁ、こんなに血が、手当てをするからこっちに!」
割れたコップなど眼中に無いかのように血の滲んだ私の手からガラスの小さな破片を洗い流させ、傷口を見ててきぱきと手当てをしていった。
「済みません、私、お礼をしようと思ったのにこんな事をしてしまって……」
「良いんだよ、そんなの。それより傷が思ったより小さくて良かった」
と、心の底から安堵した声で言った。
「布団を敷くからお休み。あとは僕が片付けておくよ」
「済みません……」
「良いんだよ、あさぎさんは僕の大切な人なんだから」
頭を撫でられ、真新しい客用布団にに寝かしつけられる。
眠りに落ちる中、夢見坂さんはどこで寝るんだろう? などと考えていたが、その考えも眠気に食べられてしまった
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