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「この足の話をしましょう」

私がどんな人間か知れば、目の前の得体のしれない男も心離れてくれるだろうと思ったのだ。


「先ず、私は身体障碍者です。きっと夢見坂さんの重しになるでしょう。

次に私は、障碍者年金と母の残した少しの遺産で暮らしています。いわば、血税と死んだ母の脛をかじって生きているわけです。この時点で持参金などのメリットも有りません。

障碍者扶養補助などを考えているのでしたら、私の重みにきっと後悔なさるでしょう。

私は今、通院と服薬が欠かせません。杖なしでは室内を少し歩くのが精一杯です。

雨の日は殆んど動けず家事一つもできなくなります。

それとも、外見だけで私を見ているのであれば、私の右足に有る大きな醜い傷跡に幻滅なさるでしょう。

はっきり言いましょう、私は夢見坂さんの荷物にしかなりません」


「違う、僕は、僕は……!」

否定しようとする夢見坂さんを制し言葉を続ける。


「私の重さも、醜さも、全てを受け入れられるというのであれば考えましょう」


「あさぎさん……!」

「ただし、私の夫になろうというなら、必ず、醜いモノを目にするでしょう」

私は重く、強く、言い放った。

「分かった、あさぎさんがそう言うなら僕の思いの強さを示そう。ただ、二つお願いが有るんだ。一つ目は、今日一晩で良い、泊って行って欲しいんだ。二つ目は、僕に少し時間を与えてくれ」

「分かりました、一泊だけして帰ります」


きっと次回はないだろう、と私は思った。

私には、他人にデメリットしか与えられないのだから、と。


静かになった部屋の外から猫の鳴き声が聞こえてきた。

「ああ! さくたろう、ごめんよ二人っきりで話がしたかったんだ!」

そう言うと夢見坂さんは階段へと続く方の襖を開けた。

すると、一階で見た黒猫がスルリと入って来て夢見坂さんは、猫を抱き上げると私の方へと連れてきた。

「彼の名前は、さくたろう。さくたろう、ご挨拶は?」と、夢見坂さんが言うと黒猫は「おわあ」と一声鳴いた。

「こんにちは、さくたろう」

「こんばんは、だよ」

夢見坂さんの言葉に私は、「もしかして、萩原朔太郎ですか?」と、ある詩人の名前を挙げた。

「いいや、彼は純粋に夜の生き物なのさ。つまり彼にとって今は夜なんだよ」と、夢見坂さんは答えた。


確かに夜を切り取ったようなその生き物は、ピンと尻尾を立て再び「おわああ」と鳴いた。

そうして夢見坂さんの腕から抜け出すと私の足元に身を寄せて心地よさそうに喉を鳴らす。

「さくたろうも、あさぎさんを気に入ったみたいだね。でも、さくたろう。その人は僕のお嫁さんだよ」

黒猫は素知らぬ顔で私に体を擦り付けるだけだった。


「さてと、僕は夕飯の買い出しに行くけど、あさぎさんは、何か食べたい物や苦手な物とか有る?」

「特に、何も……」

「そっか、じゃあ僕の作ってあげたい物にするね」

張りきった様子で夢見坂さんは言った。


それから、夢見坂さんに好きに見て回って良いよ。と言われ、私は、泊る予定だったホテルをキャンセルし夢見坂さんの出かけている間、暇なので言葉に甘えて少し見て回る事にした。


二階は、広い和室とミニキッチンが一つ有り、一階へと降りると、道に面した方に広い古書店のスペースと奥にレジカウンターと三畳程の小さな和室が、床を人独り通れるスペースを残して本に埋もれている。

奥の方には厚手の遮光カーテンが掛っていて、本を踏まないように気を付けながら歩み寄り少し開けてみると草ぼうぼうの荒れた庭があった。


一通り見て回った私は、古書店内で何か面白い本が無いかと見て回った。

に、しても奇妙な本の並び方だ。

一人の作家の本が纏まってはいるものの、その並びが一般的な五十音順の並び方ではないのだ。


例えば、谷崎潤一郎の本の纏まりの隣に佐藤春夫の本の纏まり、そのまた隣に太宰治と有ったり。

他の場所にも太宰治の本の纏まりが有ったと思ったら坂口安吾、織田作之助と並んでいたり。と、整然としているのか、していないのかよく分からなかった。


しかし、ふと萩原朔太郎の詩集の隣に室生犀星の詩集が置かれてあり、私はピンと気が付いた。

確か二人は二魂一体の親友だった。


そうか! この本の配置は、人物関係図と同じなんだ!

そのことに気づいた私は背表紙の著者名と自分の知っている限りの作者同士の逸話などを思い出しては、本の並びを観察して楽しんだ。


「あぁ、ここにも谷崎が有る。その隣は江戸川乱歩と坂口安吾、推理小説繋がりかな?」

などと思っていると、ふと乱歩の小説の纏まりの中に洋書が入っていた。

E.C.BENTLEYと書かれた本を引き出し、タイトルを見ると「TRENT‛S LAST CASE」とやや擦れた表紙に書かれていた。

「エドガー・アラン・ポーなら分かるけど、どうしてここにベントリーのトレント最後の事件が有るんだろう?」

そう、ポツリと呟くと、入口の方から「石榴、だよ」と声がした。

ハッとして振り向くとそこには、買い物袋下げた夢見坂さんが居た。


「お、お帰りなさい!」

「ただいま、あさぎさん。その様子だと退屈はしていなかったようだね」

「はい、このお店の本の並びは面白いですね。でも、なんで乱歩とベントリーが一緒になっているんですか?」

「あぁ、それはね」と、夢見坂さんが私の隣に立つと一冊の乱歩の作品集を引き出した。

そしてページを捲り「石榴」と書かれた小説を見つけ出す。

「この、石榴という作品の中には、ベントリーのその小説が出てきてね、この本を読んだ人の現実に虚構世界のキーアイテムが置かれていたら面白いかな?と思ったのさ。虚構と現実の交差点、なんだかワクワクしないかい?」

と、夢見坂さんは悪戯っぽく笑んだ。

なるほど、そういう意図があったのか。


「に、しても、まるで人物相関図のような並びですね」

「それだけじゃないよ。小説同士の関わり合いなんかも見ながら並べているよ。

例えば、志賀の「暗夜行路」の横に太宰の「如是我聞」を並べてその逆に芥川の「歯車」を置いたりね」

「……本当に文学に詳しいんですね」

「あぁ、僕は本が好きだからね。でも……」

「でも?」


夢見坂さんのあいまいな横顔に問いかける。

「いいや、何でも無いよ。夕飯を作るから少し待っていてくれるかな」

「あ、私も手伝います」

「いや、僕だけに作らせてくれ。今日は、二人のお祝いだからね」

「は、はぁ」

まだ結婚するとは言ってないんだけどなぁ、と思いながら私は夢見坂さんから受け取った石榴の小説を読むことにした。

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