第9話 7月25日

 パトランプの光がやじ馬の背中を照らしていた。

 

 狭い車道にパトカーが列をなして停まってるため、警官が一般車が入らないように交通整理をしている。

それを見た住民たちが何事かと、家から出て様子を見ているようだった。

 

 ここを通らないと、重の家にたどり着けない。だが、警察や、やじ馬が妨害していた。


 焦燥感に駆られ、パトカーの隙間を塞ぐように、見物していた男を強引にどかしたので、睨まれた。

 

「なんだ、お前?」


男は好戦的な態度を見せるが、大勢の警察がいる前で電撃を出すわけにもいかなかった。

俺は無視して、そのまま突き進んだ。 


「無視してんじゃねえ、ふざけんじゃねえぞ、てめえ!」と後ろで怒鳴り声が聞こえる。


 何事かと、整理にあたっていた警官が、男に近寄る。

男は事情を警察に説明していたようだが、聞き入れてもらえなかったようだ。


 俺はアパートの手前まで来た。

だが、重の住むアパートはパトカーに囲まれていた。


 後ろからはヒートアップした怒鳴り声が聞こえる。まだ男の怒りは収まっていない。

それどころか強くなっている。今にも暴れだしそうだ。

アパート前にいた警官も、男を抑えるため、その場を離れた。

 

 そのおかげで警察の目線を逸らすことができた。


 そして、重が住む三階建てのアパートの中に入った。

一階では不安、恐れ、または好奇の目をした住人が部屋から顔を覗かせていた。


「二階の重さんのところが襲われたらしいわよ」


「もしかしてまた旦那さんの仕事関係?あの人結構危ない橋渡ってたって噂だから」


「それなら自業自得じゃない。まったく厄介ごとを持ち込まないでほしいわ」


「怪我人はいるの?」


「さあ、お父さんに続いて娘さんでしょ?お母さん一人でどうするんでしょうね」


住人は勝手なうわさ話をしている。


 なんでこんなことになったんだ、とさらなる焦燥感に襲われた。


 とにかく無事か確認したい。


 二階に上がるための階段は黄色い規制テープが張られて、部外者が侵入しないようになっている。

それを無視して二階に行くと重の母が立っていた。


「君が璇臣くん?」と憔悴しきった声だった。

重は、俺のことを母に話していると言っていたので知っているようだ。


「はい、桃ちゃんは?」と聞くと首を横に振った。


「朝、男が押し入ってきて、桃が……桃が……」


 重の母はそれ以上何も言えず、身をすくめてうずくまった。

彼女の腕には痛々しい青痣ができている。

重が何者かに攫われた。いま分かることはそれだけだった。


 部屋の中を覗き見ると、嵐が通ったかのように荒らされている。


 何らかの手がかりを探したいのだが警察が何人かいるため中には入れないだろう。



――重の家に何者かが入り込んだと知ったのは十二時頃だった。


 今朝、彼女が連絡もなく学校を休み、先生は驚いていた。

先生は重の母と連絡したようで、詳細は聞いたようだが、それが何か決して言わなかった。

彼女の友達も何も聞かされていないようだったし、俺も知らなかった。


 とてつもない不安に襲われて、居ても立っても居られなくて、学校を休もうかと考えた。

 

 昼、突然、先生に別室に呼ばれると、そこに私服の警察がいた。

何事かと聞くと、重が何者かに誘拐されて、前日に連絡取っていた者から情報提供を呼び掛けている、と言った。


 それを知って俺も覚悟を決めた。


 体調がすぐれないと、嘘をついて学校を早退することに決めた。

他人に捜査を任せる気にもなれなくて、独自に調査しようと思い、ここまで来た。


だから、何もわからないまま、帰るわけにはいかない。


 なんとしても手がかりを得るために、住人に聞き込みをしている物腰の柔らかい警官に話を話を聞いた。

彼は、聞き取ったことを丁寧にメモに残している。


「君は?」


「重桃の友達です」


「そうですか、重桃さんは最近変わった様子はありませんでしたか?いつもと違う人と遊んでいたとか……小さなことでもよいので」


「いえ、特に」


「最後に話したのは?」


「昨日の夕方です」


「そのとき変わった様子は?」


「いえ、いつも通りでした……犯人は分かっていないんですか?」


「今のところが不明です。ただ必ず見つけますので、ご安心ください」


「必ず、見つけてくださいね」


と会話をしてる隙に、警察のメモを盗み見した。


――午前七時、刃物を持った二人組の男がベランダから押し入ってきた。


――叫び声をあげた母親に暴行を加えたうえに、刃物を突き付けて、去年の八月七日に発行の新聞記事の原稿はどこだ、と恫喝した。


――原稿とは記者であった重敏が所持していたものであると思われる。


――重敏は今年の二月に失踪しており、その際に原稿のデータも持っていったと思われているため本宅には原稿の類いは一切ないと返答。


――男らは家を探し回ったのち、重桃を拉致した。


とのことらしい。


 俺が考えられる犯人はあいつらしかいない。火喰鳥だ。

なぜ新聞記事を探しているか、その新聞記事に何が書かれているか、新聞記事が何を意味するか、それは分からない。

他の可能性の一つとして、俺が奴らの邪魔をしたことに対する報復はあるかもしれない。


狙うなら俺を狙うべきなのに、よりによって重が。


そう思うと怒りが湧き上がってきた。


「くそ!!」


 階段を下りる時間すら、勿体なく感じ、二階から飛び降りて、その場を去った。

 そのまま、激情に身を任せ、俺は南地区にある奴らの会社に向かった

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