第5話 7月18日

 朝、難なくずる休みに成功した。

自分で学校に休みの連絡を入れて、その後テレビを付けた。いつも見れない時間帯のニュース番組を物珍しさで見ていると、あの件についてのニュースをやっていた。


 ガラの悪い男が車の中でうなだれている映像。


――先日、東地区で起きた強盗殺人容疑で男性を逮捕。


――犯人は警察に自首。


映し出されていたのは知らない人だった。ヴィシュワさんの疑いは晴れた、ということでいいのだろうか。


 それを見て思い出した、昨日はいろいろあった。

重の家に行けそうになったのに、警察が来たり、停電したり、重がスリにあったり、何よりも自分は一度死を覚悟したんだ。


 電線に体が触れて、感電した。体がおかしくなるような痛みを感じて意識を失った。

しかし何事もなかったかのように、今生きている。


 いろいろなことがありすぎて、気に留めていなかったが、日を跨いで考えてみると、それが不思議で仕方なかった。


 携帯に二通、メッセージが来ている。


一件目は重だった。


――ヴィシュワさんからの伝言です。制服ができたのでお店まで来てほしいんだって。わたしもいるよ。


 こんなに早くできるなら学校休む必要なかったかもしれないな、と少し気になったが、「わたしもいるよ。」という文言がもっと気になった。重も学校休んだのだろうか。


疑問に思いつつ、「俺も学校を休んだのですぐ行く」と返信し、二件目を開いた。桑原だ。


――お前、重ちゃんとついにやったな?いっしょに帰った後、重ちゃんと、お前が一緒に休む。つまりそういうことだろ?


俺は桑原を無視し、再びダーマカレーに向かうことにした。



 扉には準備中、と書かれたプレートが吊るされている。まだ営業時間外だ。


 昨日の落雷で折れた電柱は既に撤去されているようで、クレーン車と作業員たちが復旧作業にいそしんでいる。


 中に入ると、重がカレーを美味しそうに平らげていて、いつも出迎えてくれるヴィシュワさんはいない。


朝ごはんにカレーとはなかなか重いもの食べるんだな、と思ったが言わない。


 そういえば彼女の私服を始めてみた気がする。

動きやすそうなスニーカー、青いデニム、白いパーカ、バックパック、シンプルなファッションだがよく似合っている。


エプロンもせずにカレーを頬張っていた。


カレーが服に跳ねるのが怖くないんだろうか、と思ったけど言わない。


「あ、やっときた。やっほー、璇臣くんもカレー食べる?」


「頂こうかな、ていうか重も学校休んだの?」


「うん、ヴィシュワさんと一緒にちょっと調べたいことあってね。でもヴィシュワさんは朝は仕込みで忙しくて、準備ができるのが夕方ぐらいだから、それまでカレーでも食べてちょっと待ってて」


「調べたいことってなに?」


「あとで教える!」


夕方まで時間があるならもう少し遅くに呼んでもよかったんじゃないか、とも、夕方なら学校を休まなくてもいいのではとも思ったが、一緒の時間が増えるわけだから、言わない。



 朝飯、昼飯、と二人でカレーをパクパクと平らげて、夕方になった。ピークタイムが過ぎ、客がいなくなると厨房の中に入っていいと許可が出た。

 

 電線の復旧作業は終わったようで、クレーン車と作業員たちは元通りになった電柱を残して、いなくなっていた。ヴィシュワさんも忙しそうに仕事をしていた。

そうやって大人が仕事をしている中で、堂々とさぼるのは罪悪感と少しの快感があった。


 ヴィシュワさんに「このさきです」と案内されたのは厨房の隅にある扉だ。

鉄製の扉を開け中に入ると、いろいろな機材、鉄の塊が所狭しと並べられている部屋だった。


 ヴィシュワさんがいて、防護眼鏡を掛けて機械をいじっている。

俺たちに気づくと「あ、いらっしゃいませ、じゃないか」と言い間違え照れ笑いする。


「ヴィシュワさんそのあと大丈夫ですか、また、警察が来たりとかしてませんか?」


「はい、ぜんぜん大丈夫みたいです。あのたいどは怖かったですけど、犯人も捕まったようなのでほんとうによかったです」


「停電も直ったんですか?」


「はい、きのう夜に」


「それならよかった……あ、そういえば、なんですかここ」


「わたしのじっけん室です。わたししゅみでいろいろなもの作ってるんです。おかげでいつも貧乏ですけどね」


 ここはスクラップ工場の中にできた居住空間といった感じで、妙にわくわくする。

まず目に入ったのは、タイヤが外された、バイクのボディだった。スポーツタイプで流線型のボディがカッコいい。そのバイクのエンジンには太い電線が繋がれており、メーターが3つ付いた機材に繋がれている。その傍には通学カバンぐらいのサイズのエンジンが何個か、無造作に置かれていた。


「バイクにきょうみがあるんですか?」


「いや、あんまり、でも、かっこいいなって」


「お目がたかいですね、これは修理ちゅうなんですけど、かんせいしたらかくやすで売ってあげましょうか?」


「いやいや、まだ高校生ですから」


「だからこそじゃないですか」


「いやあ、お金が」


バイクだなんて親から許可されるわけもないし誤魔化した。


ヴィシュワさんが言う。


「これはまあ、おこずかいかせぎですね、わたし工学けいの大学でたので、修理とか、こういうのはとくいなんです。あ、修理といえば、制服、てつやで完成させましたよ。はい」


と言って夏服のベストとスラックスを誇らしげに広げた。


確かに完ぺきに復元されていた。襟のラインや胸の校章までばっちり元に戻っている。


「これも、ここにある機械で直したんですか?」


「いや、わたしとにかく手先が器用なんです」


「すごい、この校章とかよく元に戻せましね!何を参考にしたんですか?」


「それはまあ……せいふくっていうのはいろいろなルートでとりひきされているものなんです。そこで手にいれました。」


なんだか聞いてはいけない世界に足を踏み入れそうだったので、聞かないことにした。


 重が突然、大声出した。妙に興奮しているようだった。


「昨日の璇臣くん、私の見間違いじゃないなら手から火花出てたよね?それに、スリの人が痺れたみたいに倒れたし。私の見立てでは手から電気を出していたよね?」


 あの時、拳から火花が出ていたように感じた。

それは人を殴った痛みのせいかとも思ったし、興奮しすぎて幻覚でも見たのかと思っていたが、重も見たというのなら本当に火花が出ていたのかもしれない。


 記憶を思い返すと、スリの男は不自然な脱力の仕方をしていた。


 だが、その理由が体から電気が出て相手を痺れさせた、だと考えると、それはまったくありえないことだと思いなおす。


「それ、もう一回できる?」


「いや……わかんない……けどやってみる?」


 昨日を思い出して、右拳を空に突き出してみたが、何も起きなかった。

何も起こらなかった様子を見て重は少し落胆した表情をしたが、すぐに戻していった。


「璇臣くん、ヒーローになったと思ったのになー」


「ヒーロー?」


「そう、ヒーロー、誰もがうらやむスーパーパワーを持ったヒーローだよ」


「重、映画の見すぎじゃない?」


「でも憧れないひといる?」


「そりゃ昔は……でも高校生だし」


「つれないなー、まあ、いいか。そうだ、今日、学校休んだからさ、勉強しようよ」


 話を変更した重はリュックから筆箱と参考書を取り出した。

話題の急ハンドルぶりに少し驚いた。しかし、意中の相手と二人きり、ではないがそれに近い環境で勉強するのも素晴らしい、と思うので賛成だ。だがあいにく筆記用具を持ってきていない。


「あー俺、書くもの持ってきてない」


「そう?じゃあ、これ貸してあげるよ」


と言う重はメタリックな重量感のあるボールペンを差し出す。


「ありがとう」と礼を言ってそのペンを受け取ると、ぱちんっという音が鳴った。その直後、手のひらが小さく爆発したような感覚に襲われた。


 思わず「いでっ!」と叫んでいた。そして重も「いたっ!」と叫んで尻もちをついた。

よくある、触ると電流が流れるペンを使った悪戯だった。だが何故か重にも電流が流れたみたいだった。

確かにびっくりはしたが、尻もちをつくほどではないと思う。


「あれ、そんなに痛かった?」


「いや……これはこのペンのせいじゃないよ」


 このやり取りを見ていたヴィシュワさんが驚いた様子で言う。


「センシンさんの手から、たしかに火花がでてました……やはり、これは……?」


 彼は火花が出ていたと言う。

自分の体が変になったかもしれない、というのが飲み込めなくて「いやいや、そんなはずは……ありえませんよ」と、とりあえず否定したが、重がさらに疑問の投げかけてくる。


「そうだ、まだ疑問あるよ、昨日あんなにボロボロだったのにどうして今は平気なのかな、腕とかすごい赤くなってたのに、今はなんになってないし。やっぱスーパーパワーもってるんじゃ?」


「それはボクシングやってたからかな……」


「ボクシングにそんな効能は無いよ……。ちょっと上、脱いでみてよ」


「え?いや……」


「「いいからー」」


 重だけではなく、ヴィシュワさんふざけて催促する。二人の好奇心の目の耐えられず、俺はTシャツをまくり上げた。


「たしかにいっさい傷がないですね。ちょっといいですか?」


 特に意識していなかったが、二人の言う通りで、昨日、電線に接触してできた傷は無くなっている。


 ヴィシュワさんが、いつの間にか手に持っていたシールを、俺の頭、肩、胸、足に張った。シールからは線が飛び出しており、それは、もともとバイクと繋がっていた機械に繋がっている。


 そんなことされたのだからさすがに不安になって、今から何をするか尋ねた。

ヴィシュワさんによると、これは流れる電気を調べることができる装置で、これで先日の状況を再現して俺が体にダメージを受けたときの神経の働きを調べる、とのこと。


 昨日、電線に触れて触れて強い衝撃を受けてから体がおかしくなった。

つまるところ俺のことを、殴るなりして体を痛めつけて、体の反応を調べようというわけだ。


 こんな装置どこで手に入れたのか聞いてみたら、こういう機械類は正規のルートで処分するとかなりお金がかかるので、不法投棄されているのだという。違法な業者が不法投棄を繰り返してゴミの山になっているスポットを知ってるらしい。


 幸い俺はこういう痛みには慣れている、それに痛めつけるのは重だ。全く問題はなかった。


「最初は軽くいくよ……えいっ」


重が腹を軽く蹴った。


「どう、痛い?」と聞かれ「うん、そんなに」と返す。


 すると、小さく飛びはねて体を暖め始めた。


「なら少し、強くするねっ!」


体幹を使ってローキックを放つ。それが腹にあたってぱんっと音が鳴った。


「今のは少し痛かった……」


体重が乗ったいい蹴りで、腹を見ると赤くなっているようだ。ヴィシュワさんがメーターを見ながら言う。


「だいたい、わかってきました。次はほんきでやってください」


 重は何回か素振りをしながら申し訳なさそうな声で言った。


「璇臣くん、ごめんね?」


「大丈夫、慣れてるから」と返す。


「行くよ、えいっ」


蹴りが腹に入った瞬間、パチン!と音が鳴り、閃光とともに重は悲鳴を上げて飛び上がった。ヴィシュワさんが感嘆の声色でいう。


「これは、すごいです……。センシンくんのからだにダメージをあたえたとき、とんでもないつよさのでんあつがかかるみたいです。いまは五万ボルトのでんあつがかかりました。だからなんですね。微弱なでんりゅうというのは体にいいえいきょうを及ぼすことがあります。きんにくの疲労回復や、きずの治りがはやくなるなんて研究もあるぐらいです。でんきで、からだもすぐになおるんじゃないでしょうか」


 そんなはずはと思い、自分の腹を見ると赤くなっていた部分はもう治まっていた。


「やっぱりスーパーパワー持ってたじゃん!」と何故か重が得意げに言う。


「そうみたいだね……」


 重はなぜか俺以上に興奮していた。彼女はポジティブにとらえていたようだが、どうも自分がおかしくなったような気がして不安だった。


「顔を隠してさ、強きをくじいて弱気を助けるって感じで、悪者をやっつけるんだよね?」と重は目を輝かせる。


「今後を勝手に決められてる……それは映画の中の話でさ、実際はそんなことするやつは変人なんだよ」


「でた、その言い方!ヒーロー嫌いな人が言うやつ!それだからいいのに!」


「だいたいヒーローって顔隠すけど、いいことしてんなら顔出せよって思う」


「それは人がうらやむヒーロも中身は一般人という夢のある話だからっ。それに顔を隠すことで自分の身を守るという合理性もあるし」


「変な格好のスーツを着たりするのもリアリティが無くてさ」


「それは、慣れで何とかなるから、最初はダサくても、最終的にかっこよく感じるし」


「やたら変なガジェットが出るのも、おもちゃ売りたいっていうのが透けちゃってさ」


「それは、その通りだけど。でもそれが楽しいじゃん」


「じゃあ……敵が大体……」


「璇臣くん、もしかして、めっちゃ好きでしょ?」


「まあ、ガキの頃はね?」


「だったら、そのころを思い出して、実験再開!」


「ためしに、つかれるまでうでたて伏せして、ぱんちしてみてください」とヴィシュワさんに言われた通りに五十回、腕立て伏せして、腕を前に突き出すと拳からばちばちと火花が弾けた。


 メーターによると今回は十万ボルトの電圧がかかったらしい。つまり筋肉を動かしたり、外部から物理的に衝撃を受けると、体が強力に発電するようだ。とすると、昨日、スリを殴った時に動かなくなったのは感電していたのか。電気が出るなんてやはり俺の体はどうにかしてしまったみたいだ。


 重が言った。「その帯電した状態で人に触れるとどうなるの?この前みたいに気絶させられるの?」


「さあ、やってみる?」


「分かった、私にやってみて、さあ!」


「ほんとに……いいのかな」


 かなり不安だったが重が覚悟を決めた目をしていたのでこちらも覚悟を決めて、重の肩を軽く小突いた。


 ばちんっと音が鳴って重がまた悲鳴を上げた。幸い気絶することは無かったが、膝からがくんと崩れ落ちた。


「いた~」と呻く。


 これは確かにスタンガンのような使い方ができそうだ。もっと強く電流を流すことができれば気絶させることも可能なのかもしれない。ただ、こんなこと使う機会が来て欲しくない。


 まだ不安なことがある。これが体にどう悪影響を与えるかだ。


 ヴィシュワさんに聞いてみると、「あくえいきょう?それはそうぞうできないですね……もうすこし長く見てみないと」とのこと。


 重が興奮してかぶせ気味に言う。


「そんなネガティブなこといわないで!これはすごいことだよ。スーパーパワーを手に入れたんだよ?超回復能力に、発電能力!もっと喜ばなくちゃ!」


「でも体がおかしくなっているんじゃないのかな」


「そんなことじゃないよ!能力だよ能力?ひとより秀でているの。もっと大切なことに使わなくちゃ!人助けだよ!」


「そういうのは警察の仕事じゃ」


「昨日の有栖刑事を見て、警察を信用できるの?」


「それは……確かに。いやで――」


 最初は何かが爆発したのかと思った。突然の轟音で会話がかき消されて、心臓が跳ね上がった。建物が揺れるほどの衝撃音と、人の悲鳴が聞こえる。


「こ、これはとなりから聞こえましたね、金貸屋の方向です!」

とヴィシュワさんがあたふたしながら言う。


 隣には地方銀行の小さな支店がある。金はトラブルを呼び込む。結構な音だったから物騒なことがあったことは間違いない。


「見に行かなくちゃ!」と重が出口に吸い込まれていった。


 俺がまごついていると、ヴィシュワさんが真面目な顔をしていった。


「モモさんはお人よしすぎるんです。自分がそんをすることなんて考えずに他人をたすけてしまう。お父さんそっくりです、だからお父さんみたいに、このせかいのやみに引きずりこまれて、いつか消えてしまわないか心配なんですだから、あなたがみまもってほしい、とわたしはおもいます」


 重の父に何があったか気になった。だがそれは聞かなかった。ただ俺にできることがあれば役に立ちたいと思った。


「分かりました。俺も行きます」


 その言葉にヴィシュワさんは笑顔になる。


「よくいいました。そうだ、これで顔をふくといいでしょう、決意の顔がよごれているのはもったいない、ずっと顔にカレーがついてましたよ」と黒い手ぬぐいをくれた。


「それ、いま言います?」


手ぬぐいで顔を拭き、重を追いかけた。



 表通りに出る。

夕方だが、空は黒い雲に覆われ、より暗く感じる。辺りには瓦礫が散らばっており、音に誘われたやじ馬が数人いた。


 彼らの視線の先には、金庫を守る金属製のシャッターに、軍用車のような巨大なSUVが突っ込んでいる光景がある。シャッターは衝突の衝撃で引き裂かれている。


 これは恐らく銀行強盗だ。

車で強引に金庫の中に侵入したようだ。


 建物の粉じんが空気に舞っているようで喉がざらざらする。

 

 やじ馬の中に重がいるか探すが、いないようだ。もしかして中にいるのか、と思い入り口を探すが、入り口は車に塞がれて入れないし見張りがいる。


 重が言っていたことを思い出した。


「ヒーローと言えば、顔を隠す。身を守るために」

だから俺も重の言う通り顔を隠すことにした。ヴィシュワさんからもらった手ぬぐいで鼻から上を覆い、後ろで結んだ。少し視界が暗くなるがよく見える、許容範囲だ。


「どうやったら中に入れますか!」とやじ馬の一人に聞いた。


「何だ、そんな覆面付けて、あいつらの仲間か?」


「いや、違います。僕は人を助けに来ました。中に入る方法を教えてください」


「何言ってんだお前?裏通りにつながる裏口からなら入れるのかもしれねえが、無茶言うな覆面野郎。あいつらでかい刃物をもってて数人の従業員が人質に取られている。よくある普通の強盗じゃねえ。プロだぞ」


「大丈夫です。俺も普通じゃないですから」


「ヒーロー気取ってもろくな事ねえぞ。貧相なたっぱのくせして、死にてえのかよ」


そこまで言われると、逆にやってやるよ、という気持ちになった。


 裏通りの入り口に向かった。


 入り口から四棟先が銀行の裏口で、そこにバットを構えた強盗が一人いた。裏口を守っているようで、念入りに辺りを警戒している。


 だが、この通りは身を隠すものが多い。


 俺と逆方向を警戒している隙に、一棟目に置かれている自販機の陰に隠れ、さらに一棟と二棟の隙間に身を隠した。


 顔だけ出して様子をうかがう。

五棟目より先は行き止まりになっている。そこには業務用のごみ箱がありその陰に、まさか、重がいた。


 突然、スマートフォンが居場所を宣言するように振動した。幸い強盗には気づかれていないようなのですぐに設定を変更して、振動を消した。見ると重からメッセージが届いたようだった。


――せんしんくん?


――マジで危ない!バレるとこだったよ


――ごめん、ほんとうにごめん!


――状況は?


――中の人が人質になっているみたい、私も動けない


 重は行き止まりと見張りに挟まれて動けなくなったようだった。助けるためには武器を持っている見張りをどうにかするしかない。


 何故か全能感にあふれている自分がいた。


重の前でいい格好をしたいのか、やじ馬に馬鹿にされたのが頭に来たのかは分からなかったが、人質を助けたいという気持ちが確かにあった。


――ここは俺に任せて、ぶん殴ってくる。重はそこで絶対に隠れていて


――相手は武器を持ってるよ、警察を待ったほうが


――能力を人助けに使う、って言ったのは重だろ


――でも本当にこんなことが起きるなんて思ってなくて


――大丈夫、もし殴られても回復するって!


――でも相手は刃物やバットだよ


――大丈夫


 心配する重を無理やり説得させるために壁から顔を出して手を振った。その様子を見た重は諦めたようだった。


――分かった、でも絶対に死なないでね


 気を引き締めて拳を握り締めると、呼応するように火花が散った。

重によると、裏口から長さ10mほどの廊下を経て、窓口に繋がる。そして、その廊下を守るように強盗が一人いる。


 裏口を守る強盗が一人、廊下を守る強盗が一人、そして室内に何名かの強盗がおり人質を取っている、とのことだ。


 これはつまり裏口で異変があれば、廊下の守りを介して、室内の強盗がすぐさま異変に気付くということになる。しかも中に強盗が何人いるかは分からない。武器を持った人間に囲まれてしまったら、電気を使っても命は無いだろう。


 なるべく一人づつ無力化するようにしよう。

さっき重と実験したように、俺の能力を使って、スタンガンの要領で気絶させることはできるはずだ。


 ぶっつけ本番にしては規模が大きすぎるが、重が危ないのだから、もうやるしかない。とにかく、まずは廊下の強盗に気付かれずに裏口の強盗を倒すことだ。


 なんとか不意をつき裏口の強盗を気絶させる。そのことを重に伝えると「分かった、ここはわたしに任せて」と返事が来る。

重はするすると建物の隙間の奥に消えていき、しばらくすると携帯にメッセージが届いた。


――10秒後にいくよ


――分かった。あとは任せた


1、2、3、4、5、6、7、8、9、10


からん。


 空き缶が地面に転がった音が鳴った。


その合図で俺は強盗まで一気に距離を詰めた。


 そして、同時に強盗が「誰だ!」と叫び、音が鳴った方向、つまり重の方へゆっくりと近づいていく。俺に背を向けているこの状況は、奇襲にはもってこいだが、重に危険が迫っているということにもなる。俺はいいが、重が傷ついてはいけない。


絶対に失敗はできない。


もっと早く動けと強く念じる。


 裏通りに足音がこだまし、接近に気付いた強盗は体を後ろに向けた。手に持っていたバットを振りかぶり、俺に狙いを定める。そのまま殴るつもりだろう。


だが俺は既に射程距離圏内にいた。


彼は振りかぶったことが仇となった。顔ががら空きになっているからだ。


そのまま左フックを頬にあてると、輝くスパークと共に強盗は崩れ落ちた。


意識を失い瞼が痙攣している。


 向こう側で重は腕を上げて喜んでいる。だが、少なからず音を立ててしまっているのだから、すぐに他の強盗が来るだろう。


 ここで重と逃げるのが一番安全なのだろう。だがこの電気の力を使えば何とかなる気がした。


 突入して人質を助ける、その為に先手を打たなければ。


窓口の方から男の怒鳴り声が聞こえて、荒々しい足音が向かってくる。


何か考えるより先に重が叫んだ「廊下にブレーカーがあるから、それを使って!」


「分かった!重は安全な場所に隠れていて!」


 倒れている強盗を飛び越え、廊下に入り壁を確認すると銘板に分電盤と書かれている1m四方の金属のカバーを見つけた。開けようとしたが、鍵が必要なようだ。


廊下の強盗が俺のことに気付いた。


時間がない。


 俺は開けるのを諦めてカバー上から拳を叩き込むと、ばんっ、と音がして建物内の電気が消えた。夕方ではあるが、建物の中ということもあり身を隠すのには十分な暗さになった。


「「なんだ!?どうした!」」


「「見張りがやられた!誰かが入ってきた!」」


「「おい懐中電灯を持っているか?明かりを付けろ!」」


 強盗は光を点けたようだ、光線が俺のことを照らす。


「「ここにいるぞ!」」と強盗が叫ぶ。


 これは先手を打たないとやられる、と思い、右足に力を込めて一気に踏み出す。光源の位置に飛び移り、軽くジャブを打つと、強盗は感電し倒れた。


上手くいった。


神経が研ぎ澄まされていて体が驚くほど軽い。まるで稲妻になったようだった。



 窓口フロア入口には誘導灯が緑色に光っている。それを頼りに窓口に走った。


「「何があった」」


「「邪魔が入ったみたいだ!どうにかしろ!」」


「「暗くて見えねえよ!」」


 ライトを乱暴に振り回している様子からかなり混乱していると見える。

光源の数は三つ、つまりあと三人の強盗がいるようだ。


 物陰に隠れて様子を伺う。非常用の誘導灯でなんとか様子を把握できた。

三人は結ぶと三角なるように立っていて、その中心には人質が数名。俺には気付いていない。そのまま近づいて一人を倒すことはできるだろが、他の二人がどういう行動をするか分からない。矛先が人質に向くことを考えると不用意な行動はできない。


「「誰だか知らねえが、近づいたらこいつらを殺すぞ!」」


と、怒鳴った強盗が人質を殴りつけた。


殴られた人質の悲鳴がフロアに響く。


――あるいは三人を瞬時に仕留めるかだ。


「うるせえ!」


 強盗が悲鳴に気を取られているうちに接近する。その悲鳴がきっかけとなり、混乱が人質の間に伝播する。


「「だまれ!殺すぞ!」」


強盗が威嚇のように大声を出して、もう一度人質を殴りつけると、静まり返った。


その声と同時に一人を打ち倒す。


「「おい!どうした!何の音だよ!」」


と叫ぶ男は、俺が後ろにいるのに気付かない。


腰に一撃を食らわして、もう一人を無力化した。残るはあと一人。


「「なんか光ったぞ!何が起こったんだ?」」


 最後の一人は狼狽し、闇雲に武器を振り回した。その刀身に光が反射する、形から見ると日本刀のような刃物だろう。状況は完全にこちらが有利だ。あらぬ方向を攻撃する強盗に最後の拳を叩きこんでやった。


 終わった。


 そう思うと、体中の力が抜けてその場にへたり込んだ。懐中電灯を手に持って辺りを見渡す。人質は皆、小さくなって震えているか、大きな怪我をしている者はいなそうだ。


「あなた、ありがとう……」


 人質から感謝の気持ちを貰うが、脱力からか返事の言葉が全くでない。


「どうかお礼を……名前を教えてくれませんか?」


「……」


ようやく出た言葉が「奴らが起きる前に早くここから出た方がいい」だった。



 人質たちは強盗の懐中電灯を使い、裏口から逃げた。俺が少し遅れて裏口から外へ出ると、重が隠れて待っていた。


「璇臣くん!無事!?よかったー」と喜びのあまりか抱きついてきた。


 普通だったら喜ぶところだが、疲労のせいか痛みしか感じなかった。

 

「重……痛い……」


重は「あ、ごめんね」と言いゆっくりと体を離した。辺りに警察のサイレンの音がけたたましく鳴り響く。


「早くここから離れよう。警察には会いたくない」


「そうだね、ヴィシュワさんの店に行こう」


 重に肩を貸してもらい、この場を離れようとしたが、何か違和感を感じる。何かを見落としている、そんな気がする。

いや、そんな事より早くこの場を離れよう。思うように動かない体に鞭打って歩く。


 重が言った。


「この先に警察がいないかみてくるよ、ここでちょっと待ってて」


というと小走りで裏通りから離れていく。


「あ、まって、離れないほうが」と言うが聞こえてなかったようだ。


 出口付近できょろきょろと辺りを見回し、警察がいないことを確認すると、腕で丸を作り、戻ってきた。しかし、その途中で物陰から何者かが飛び出してきた。

 

 気絶していた、銀行の裏口を守っていた強盗だった。


「くそ!俺達はお終いだ!お前らも道連れにしてやるよ!!」


唸るような大声を声を上げ、バットを手に、重を狙って突進してくる。こいつの姿が消えていたことを見落としていた。


重までの距離は5mほど。


 俺が盾になれればよいが。力が抜けたこの状態では、重のところまでは間に合わない。


「死ね!糞餓鬼!」


 強盗はバットを重に向かって振りかざした。


「頼む、避けてくれ」と願うが、重は驚いて硬直している。


このままでは重が危ない、そう思うと反射的に叫んでいた。


「やめろ!」


 その瞬間、強い閃光が走り、強盗は地面にうずくまっていた。

俺と重は無傷。強盗は這いつくばり地面に転がったバットを手に取ろうとしている。動きを取り戻した重がバットに駆け寄り、それを蹴飛ばして言う。


「今、手から……電撃が出たよ!すごい、新能力だよ」


「新能力?そんなことより、とにかく無事でよかった……」


 反射的な行動で自覚はないのだが、その新能力とやらの電撃を受けて強盗はさすがに力尽きたようだ。その場で仰向けになり、虫の息で言葉を発する。


「た…のむ。捕まるくらいだったら、いっそのこと、俺のことを、殺してくれ……」


「そんなことするわけないだろう」


「……甘ったれめ、だったら、バットをよこしやがれ、それで自分でけりつけてやる」


「もうすぐ警察がくる。あきらめろ」


「糞野郎が……」


パトカーのサイレンが鳴り止んだ。警察が着いたようだ。


強盗はもう動けないようなので後は警察に任せよう。


 パトカーから出てきたのは、先日あった松野と言う男性刑事だった。ここで見つかったらややこしいことになりそうだ。逃げるようにダーマカレーに戻り、ヴィシュワさんに強盗を撃退したことを伝えるととても褒めてくれた。


 ご褒美にカレーを作ってくれると言ってくれたのだが、料理の最中に警察がやってきたので、トラブルを回避するために例の実験室に二人で隠れることになった。それにカレーは三食目だ。そんなに気が進まない。


部屋の中で重が俺の顔をジーと見て、口を開いた。


「それ、よく見えてるね?」


それ、とは顔に巻き付けた手ぬぐいのことだろう。


この手ぬぐいは生地が薄いから視界を確保できる、と説明するとにわかに信じがたいという表情をして「ちょっと見せて?」と手ぬぐいを要求する。


言われた通りにそれを渡すと、自らの顔に巻き付けて実験する。


「うーん、うっすら見えるは見えるけど……これで璇臣くんみたいにぴょんぴょん動いて狙いを定めるなんて絶対無理でしょ。じゃあ、これはどう見える?」と重は細くて長い手のひらで俺の目を覆った。


 普通、手のひらで目を隠すと視界は黒くなり何も見えなくなるが、今は手相がしっかり目視できる。


「見える、手のひらの色や手相が見える」


「思った通り、視力が良くなっている、というか弱い光量でも知覚できるようになっているみたい。どうりであの顔を隠した状況でも自由自在に動いていたわけだね。これはまだまだ能力が隠されているとみた、もっと実験が必要だね。あとさ、あの手から放電したのはどうやってやったの!?」


「それは分かんないんだよ、無意識に出てたからさ」


「それも実験したいね……今から璇臣くんの家に行ってもいい?実験の計画練ろうよ」


「いや、い、家?ダメでしょ、今日、学校休んでたんだから。俺、さぼったんだよ。そうだ、そろそろ帰らなきゃ!親にずる休みしたことバレちゃう」


「そっかーそうだったね、忘れてた、じゃまた今だね」と残念そうな顔を見せる。


 そんな顔見せてくれたということに対して、少し嬉しい気持ちを抱きながら帰路に就いた。


 

 誰もいない家で、学校に行ってきた感じを出すために制服を散らかしていたら、スマートフォンが振動した。見ると重から「璇臣くんのことのってるよ」というメッセージとURLが送られていた。


 URLを開くと動画サイトに飛んだ。動画のタイトルは、銀行強盗を”稲妻男”が撃退。今日の銀行強盗のニュースの動画だった。


――本日、穀京市の穀京銀行東地区支店に強盗が人質をとり、立てこもる事件が起こりました。


近所の住民からの通報を受けた警察が駆けつけたときには、強盗は全員気絶していました。


現場ではいったい何があったのでしょうか。


その一部始終を目撃していた人に話を聞いてみました。


「いきなり電気が消えたと思ったら男が現れて、強盗がばたばたと倒れていったの。強盗が倒れる瞬間に落雷みたいに稲光が光って、まるでその男が雷を操っているみたいだったわ」


――実際に強盗は体に電流を受けた痕が残っているようで、その稲妻男は改造したスタンガンを使っているのではないか、と警察は見解を示しています。


また、現場では顔を布のようなもので隠した男の姿が目撃されており、警察はその男が関係があるとして調査を進めています。犯行に及んだ二十代の男性ら五名は現行犯逮捕されました。犯人は東地区で活動する火喰鳥と名乗る半グレ集団に所属しているようです。けが人は暴行された従業員の女性二名でいずれも軽症です。



稲妻男だって?なんだか恥ずかしい、と返信した。


しばらくして返信が帰ってきた。


――これから人助けするならもっといい名前を考えなくちゃね。やっぱり動物の名前とかを付けるのがセオリーだから、電気と言えば電気ウナギだからイールマンとかどう?


 これからも人助けするのかは分からないが、稲妻男は少しダサいよな。とは言っても、イールっていうのはウナギの英語か。それもちょっとかっこよくない。


――ウナギはちょっとダサいよ。


――じゃあパンチが得意だからカンガルーマン?


――うーん、なんかオーストラリア感がつよいよな、オーストラリアのマスコットかっておもう


――なるほど、わたしからは以上かなー、カンガルーマンはなんかいいアイデアある?


――俺はその名前納得してないぞ。神鳴とかは?カミナリって読む


――当て字だったら名前を名乗るときに困るよ。神様の”神”と、漢字の口に、飛ぶ鳥と書いてカミナリだ!っていうのは大変でしょ


――うーん、そう言われたらそうかも


双方しっくりくる名前は全く思い浮かばない。


「ただいま」と玄関から声がした。父が帰ってきたようだ。


 このまま議論は平行線をたどりそうだったので、これをきっかけにお開きになった。

 

 リビングから父と母の会話が漏れ聞こえてきた。内容は聞こえないが声の調子からいい話ではなさそうだ。好奇心から耳を澄まし盗み聞きした。


「一か月家に帰らない?なんでそんな急に。このまえは旅行にでも行こうって言ってたのに」


「ああ、ちょっと研究がうまくいかなくてな、ここで追い込みかけないと完成しなさそうなんだよ」


「なんで……いつも、そう……」


「ああ、すまない」


 二人はそれ以降、黙ってしまった。そのせいか、いつもより一時間遅く夕食が出た。食事中、父親の口からも一か月帰ってこなくなることを聞いた。

 

 食事中は、父と母は何事もなかったように仲睦まじく会話をしていたが、どこかぎこちなさを感じた。

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