第6話


モニターの中は、まさに地獄絵図だった。

要求が有ったからには、対応しなければならない。それが、遙か上空におられる、我々より更に高尚な存在の意思だ。

審議だ。

その要求を認めるのか、どうか。

認めるなら、それはなぜか。認めないなら、それはなぜか。


俺は、ただ呆然としていた。

モニターの通信が途絶える直前、祖母が放った言葉が脳内に響いている。

「私はね、孫の為だったら地獄に落ちても構わないよ」

ポツリ。ポツリ。

おばあちゃん。


一般的な人間が、人間界の時間に換算して、平均十五分ほどで終える査定。

斉藤裕一は今宵、人生で二回目の査定を受けた。

その青年の査定は、およそ四時間にも及んだ。

そしてそれは、彼の祖母である、斉藤かなえの最終査定も同様だった。


査定には、気の遠くなるような、長い歴史がある。

その中で、最終査定で特異な要求があり、判例として残された物は、数えきれない。

しかし、その多くは、地獄行きが決定した者が、悪あがきで述べた要求を、正当な理由で却下した記録に過ぎない。

天国行きが決まった者が、要求を述べる。それも、自分以外の者の為に。

そんな前代未聞の出来事に、天界はその後しばらく大いに揺れる事になるのだが、差し当たって、一つの判例が暫定的に設けられた。


【天国行きが確定した者が、人生に置いての「善行」を今尚生存している者に譲り渡す事は、余剰分に限り、これを認める】


孫に最期の小遣いを渡せた。

その事を知ると、斉藤かなえは天国に旅立った。

人間を舐めるなよ。と。けらけら笑って。




目を覚ます。

暗がりの中で、2人の男が話している。

走行中のパトカー。自分がその車内にいる事を思い出す。

俺は後部座席でうたた寝をしてしまったらしい。

長い夢を見たような気がするが、どんな夢だったかは、目覚めと共に忘れてしまった。

運転席と助手席で、警官たちが小声で話している。

「被害者が病院で目を覚ましたらしい」

「瀕死の重態だったんじゃないのか?」

「奇跡という他ない」


俺は、それを聞いて、胸を撫で下ろす。

祖母の笑顔が脳裏に浮かんだ。

俺は、今宵、祖母に会えなかった事が、何故か少しも悲しくなかった。

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善悪の天秤は宵の内に傾く もぐら @moguraDAT

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