第4話
異様な光景だった。
いつも笑顔で明るく、温厚な祖母。
そんな彼女は今、おそらく閻魔大王だと思われる大柄な男の首を、物凄い形相で締め上げている。
回りを取り囲む大勢に揉みくちゃにされながら、大声で喚いている。
「あんたら、血も涙もないのかい!」
一体、何をしてるんだ。
「何が査定だい!そんなもので測るんじゃないよ!」
何を言ってるんだ。
もしや、と思った。祖母の地獄行きが決まったのだろうか。そんな考えが過ぎる。
しかし、すぐにその思考を、否定する。
ありえない。他人を傷つけることなど決してしない、自分が何をされても、笑って許すような祖母だ。
彼女が地獄に落ちるなら、地球上に天国へ行ける者など存在しないだろう。
では、なぜ。
祖母は、周囲から白髪を引っ張られ、細い身体を押し倒され、立ち上がったところを蹴られてまで、こんな騒動を起こしているんだ。
その疑念の答えは、彼女の叫びで判明し、俺に強烈な衝撃を落とした。
「私の孫を、いじめるんじゃないよ!!」
祖母は死の間際、思ったらしい。
自分が「死にそうだ」と伝えた孫が、遅い。
もしかしたら、自分を看取る為、急ぐがあまり、不運な事故でも起こしているのかも知れない。
ほどなく祖母は天に召され、最終査定が始まる際に、閻魔大王に尋ねた。
「私の孫が、先程、二十歳の誕生日を迎えました。孫は今、どうしていますか?」
閻魔大王は、死して尚、自分以外の人間を気にする、その気概に胸を打たれて、問いに答えてやることにしたらしい。
「ちょうど今、査定を受けている。素晴らしい好青年だが、どうも希望が通らないらしい」
孫が事故を起こし、女性を跳ねた事、その女性が瀕死の重態である事、孫は自分の全てを差し出したが、女性を救うには至らなかった事。
それを静かに俯いて聞いていた祖母が、顔を上げると、そこには鬼神のような怒りがあった。
エンマ同士の慌ただしい通信を聞く内に、祖母が何故、これ程、ずたぼろにされてまで、恐ろしい閻魔大王に掴み掛かるのか、分かった。
声を上げて泣いた。
祖母は、死に際まで、いや、死んでも尚、俺を気にかけてくれていたのだ。
目の前でB35番エンマが、苦虫を噛み殺したような顔をしている。
「なんたる無礼を」
吐き捨てるように言う。
モニターの中で、誰かが叫んだ。
「貴様!その方がどなたか分かっておるのか!我ら数万という数を誇るエンマ勢の絶対的な頂点!全人類の死後の行く末、その裁量の一切を、神々により一任された!閻魔大王様であるぞ!」
祖母は、昔話のイジワルばあさんの様に、
「何を仰々しく言うかと思ったら。裁量を任されてる、だとさ」ふてぶてしく、笑った。
閻魔大王に向き直り、まっすぐ指差す。
「こいつは、ただ、正しい事と間違った事を、定規で測って、どっちが多いか見てるだけじゃないか!」
どよめきが起こる。
なんて無礼な。なんて無礼な。なんて。なんて。
「黙な!」
祖母は、大きく息を吸うと
「私はこれから一つ、要求するよ」と宣言した。
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